本気の亜種記
エセラは、燃え尽きるように、後裔記を書いた。
それを、亜種記と呼びたかった。
だが、呼ぶ前に、燃え尽きた。
これを最後に、また暫く、後裔記のフォルダを閉じる。
天、{曰|いわ}く。
和の{民族|エスノ}は、先人たちの努力労苦をよく敬し、不便に不服を唱えることもせず、貧を文化に変えて、慎ましやかに生きてきた。
文明{民族|エスノ}は、ヒト種をこの星の頂点に据えようと{企|たくら}み、自ら己の頭脳をロボットに変えてしまった。
自然{民族|エスノ}は、古来悠久、自然の一部として、生あるすべての{物|ブツ}と共に、生き続けてきた。
頭脳が半無生物化した文明の奴らは、和の人たちを野蛮物であるかのように扱い、和の僅かな廃残者たちは、今や家畜以下の扱いだ。
それを断固{否|いな}として対峙してきた我ら自然の者たちに対しては、ただの一人も生かしてなるものかと、根絶やしを狙っている。
国難は、百年ごとにやって来る。
それを、亜種に分化する前の青人草……ヒト種の民々は、何十回となく乗り越えて来た。
その原動力であり武器になったのが、人間が生まれ持っている美質であり、学問であり、行動の力だ。
山陽少年は、十三歳で、父に宛てて漢詩を書いた。
佐内少年は、十五歳で、『啓発録』を書いた。
ぼくはまだ、幼い。
でも、十三歳になったとき、十五歳になったとき、ぼくはまだ、学ぶことを続けられているだろうか。
地、曰く。
密林……。
その南の彼方には、穏やかな海が拡がる。
{足下|そっか}に目を落とすと、半島の先端。
繁った枝葉の陰に隠れるように岸辺が線を描き、その途中、拓けた港町の西側に一点、突堤と沖波止が、谷川沿いの小さな集落をひっそりと包み込んでいる。
半島を越えた東の彼方には、平野が見える。
この僅かな、見渡した限りに見える陸地や海の上でさえ、文明、和、そして我ら自然の{民族|エスノ}が、{鬩|せめ}ぎ合いながら生き続けようとしている。
そこは、我ら列島国の、五百六十四分の一の面積に過ぎない。
その列島国も、地球儀を回してみれば、小さく{歪|いびつ}な形をした、一点の鼻くそに過ぎないのだ。
「現実が、現実である」ことに、なんの不思議もない。
それが、現実が秘めている、真の怖ろしさだ。
{物|ブツ}、曰く。
ぼくとは……。
粗末な平屋に住まい、いつも粗末な服を着て外を歩いている。
祖母が一人、妹が三人、そして、最後に産まれた弟が一人。
父の記憶は、薄らぎつつある。
母の顔は、まだ薄っすらと覚えている。
平野の都会には、嫁いだ{叔母|おば}が、{良人|おっと}と一人息子と一緒に住まっている。
その{従弟|いとこ}は、「今日も生きとった。良かった。おやすみなさい」と言って、無事に終わった一日を締め括る。
寺学舎や学園がある港町の{子等|こら}は、神秘的なものを見るような無邪気な表情をつくるという特技を備えている。
対して、その港町の西側の浦町に住まうぼくら{子供|こども}は、魅力も、魅惑も、神秘も、すべて作り話、ただの暇潰しの遊び道具としか考えていない。
子々孫々に繋ぐためだけに生き続け、ただそのためだけに食らう。
自分とは、そんな己を監視するために、この世に遣わされた特使なのだ。
それが、ヒト種の生態のすべてだと、信じている。
ぼく、曰く。
ある日、ぼくは、家から外に出た自分を、空から眺めていた。
いずれ彼も、掟の旅に出ることだろう。
万全を期するのが冒険ならば、掟の旅とは、なんだろう。
情勢、時節、辿る道、訪れる場所、運命の歩み方、不測の事態、突発の波瀾……そのいずれにも、まったく興味が湧いてこない。
彼にとって大事なのは、ただ一つ。
生きる、理由だ。
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発行 東亜学纂
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A.E.F. Biographical novel Publishing