MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

EF ^^/ 後裔記 第2集 第10回

EF ^^/ 後裔記 第2集 第10回

   嗚呼、迫る

 エセラ、十二歳。

 窓の外を見ると、今でもそこに、父さんが居るような気がした。
 実際は、雑木林が繁っているだけだった。
 その雑木林の斜面を少し登ると、半島の南端に辿り着く。
 崖の下には、ダキの浜がある。
 {磯女|いそおんな}が、住んでいるそうだ。
 だから、誰も、崖の上には立たない。
 ぼくも、すぐそこなのに、まだ行ったことがない。

 父さんは、雨の日は必ず、音楽を聴いていた。
 「民族愛が、感じられる。
 いい音楽だ。
 山のロザリア。
 ロシアの民謡。
 北国の青い空……」
 と、そんなことを独り{言|ご}ちていた。

 「民族愛ってぇ?」と、ぼくが訊いたんだったと思う。
 父さんが、応えて言った。
 「絶妙に、どちらかが耐えるということだ。
 耐えるには、強さが要る。
 我が{儘|まま}に育ち、人間力に欠くるやつらに、民族愛はない。
 文明の亜種どもは、仕方がないを、日常知とする民族だ。
 だから、平気で人を殺す。
 長い人生、人の一人や二人殺すのは、仕方がないと考える。
 それが、当たり前になる。
 二人が三人、三人が百人にも千人にもなる。
 それもまた、仕方がないと考える。
 怖ろしいことだ」

 {傍|はた}で黙って聞いていた母さんが、継いで言った。
 「{聖驕頽砕|せいきょうたいさい}で、{日|ひ}の{本|もと}の国は、亡んだのさ。
 国民は、戦争が終わって、悲嘆と安堵に沈んでいった。
 そこから、忍耐と勇気、希望と努力、自由と無関心、欲望と残虐、権力と放棄、{傲慢|ごうまん}と衝突を経て、再び{瓦礫|がれき}と{屍|しかばね}に戻る。
 それが、わたしたち人間の、百年のサイクルさ。
 もう、寝なさい。
 頭の中の脳ミソには、限界がある。
 あとは、腹の中の脳ミソに任せなさい。
 いいね」

 次の朝、最初に会った人間は、花子ばァばだった。
 目覚めたぼくを覗き込んで、ばァばが言った。
 「おやおや、まあまあ。
 略して、おやまあ♪
 そんなに歯を食い縛って寝てたら、大人になるまでに歯が擦り減って歯茎だけのエセラじぃじになっしまうよ。
 ほら、もうちょっと寝てな。
 ほんでもって、おまえの潜在意識に、不合格~って言ってやんな。
 寝覚めが悪いと、ろくな一日にならないからねぇ」

 ぼくの潜在意識は、再びぼくと交わることを、拒絶した。
 ぼくは、仕方なく、ばァばに話しかけた。
 「ねぇ。
 幽霊って言葉があるってことは、幽霊が存在するから、幽霊って言葉ができたんでしょ?」

 花子ばァばが、仕方なく応えて言った。
 「まったく。
 まどろっこしいっていうか、面倒臭い子だねぇ。
 {成仏|じょうぶつ}してくださいなんて無責任なこと言うから、化けて出るのさ。
 ちゃんと{鎮魂|ちんこん}してやんなきゃダメなんだよ」
 「チンコをチンコンしたら成仏いsちゃうの?」と、ぼく。
 「あんたのチンコは、チンコン♪って鳴るのかい!
 おまえらしいチンコだこと。
 曖昧と危うさを残したまま死ぬと、幽霊になって{彷徨|さまよ}うんだよ。
 人間にも幽霊にも、岐路ってもんがあんのさ。
 {獣道|けものみち}を歩いてっと、水みちが分かれてるところがあるだろッ?
 それが、岐路さ。
 そのときの判断が曖昧だと、その後の人生が、危うくなる」と、ばァば。
 「母さんのダイエットみたいだね」と、ぼく。
 「曖昧で危ういってかい!
 微妙に的を射た例えだね。
 でもね。
 方法なんて、どうだっていいのさ。
 大事なのは、理由だよ」と、ばァば。
 「生きる理由とかァ?
 じゃあ、蝉たちは、なんで生きてるの?
 なんで鳴き続けるの?
 卵を産んでくれる{雌|メス}を探すために鳴いてるんでしょ?
 頑張り過ぎて、すぐに死んじゃうじゃん!
 だったら、方法を変えて、長生きすればいいのに……」と、ぼく。
 「そういうのを、大努力っていうのさ。
 地上に出て、大努力して、やっとちょっとだけ、生きられる。
 それでやっと、子ができ、孫ができ、種は存続する。
 大人たちは、大努力がしんどくなると、すぐに呪文みたいに神様、神様って、連呼するだろッ?
 神様だって、暇じゃないんだ。
 無闇に頼みごとばかりしてると、古神様になって、成仏しちまうよ。
 今のヒト種ってのはさァ。
 強欲なだけで、理由もないのに生きているだけの、下等な種なのさ」

 花子ばァばと話し出すと、延々と終わらない。
 花子ばァばも、ぼくも、同じ血なんだなって、じみじみ思う。

 もうすぐぼくは、門人学年になる。
 昔の{美童|ミワラ}たちは、もう今ごろは門人学年になって、{仕来|しきた}りの旅をしている頃だ。
 来年には、学人学年になって、知命に到る。
 そして、再来年からは、晴れて運命期の{武童|タケラ}だ。

 今どき、そんなに早く{武童|タケラ}になれる{美童|ミワラ}はいない。
 でも、急がなきゃ。
 急ぐ理由も、{武童|タケラ}になる理由も、知命しなきゃいけない理由も、いっぱいいっぱい、理由を考えなきゃ!

2024.2.18 配信
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発行 Ethno Fantasy 東亜学纂