MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

_/_/_/ 然修録 第2集 _/_/_/ 第6回


   人生の戦略

 K2694年 想夏
 エセラ
 立命期 少循令 鐡将

 寺学舎で、こんなひとコマがあった。

 「あんたさァ、なんで笑わないの?」と、女先輩。
 「ナイーブだと思われるから」と、ぼく。
 「あんた、ナイーブの意味、知っとるん?」と、女先輩。
 「犯罪誘発者」と、ぼく。
 「最短距離ね。
 ダメじゃん!」と、女先輩。
 「なんでぇ?」と、ぼく。
 「遠回しの言い方、覚えなさいよ」と、女先輩。
 「なんでぇ?」と、ぼく。
 「あんたも、座森屋の血統なんでしょ?」と、女先輩。
 「うん」と、ぼく。
 「だったら、{武童|タケラ}になったら、潜入班だろッ?
 潜入して、無愛想で、言い{難|にく}いことをズケズケ言ってると、目をつけられる。
 目をつけられると、疑われる。
 疑われると、密偵だってバレる。
 バレたら、殺される。
 殺されたら、任務を果たせない。
 任務を果たさなきゃ、非族民。
 非族民は、あの世に行って、いじめに遭う。
 そういう人生、送りたい?」と、女先輩。
 「遠回しだと、どう言うのォ?」と、ぼく。
 「お人好し。
 世間知らず。
 考えるトレーニングをしなかったんだから、自業自得ってやつなんだけどさァ。
 でもね。そういうやつらのほうが、あたいらにとっちゃあ、都合がいいのさ。
 何も考えないで、あたいらに情報を洩らすってことだろッ?
 あんはさァ、まだまだ考えるトレーニングが足りないってことさァ」と、女先輩。
 「どうやってトレーニングすりゃーえん?」と、ぼく。
 「先人{先達|せんだつ}の人生の戦略を比較して、自分にはどんな戦略がいいか、考えるんよねぇ!」と、女先輩。
 「{面倒|めんど}っちいね」と、ぼく。

 そんな{訳|わけ}で、読む本の傾向を、変えてみた。

 教育。
 教えて解ることなら、教育は要らない。
 教えても解ってもらえないから、そいつの心の中でその教えが{育|はぐく}まれるように、根気よく、懇々と教え続ける。
 忍耐勝負だ。
 これは、座森屋一族の得意分野。
 鳴かねば殺せ式の鷺助屋の連中には、無理な相談だ。

 旅館の女将が、教育のことを書いていた。
 「現場に宝物あり」
 現場にいなければ判らないことがたくさんあるから、出来る限り玄関に立ち、
 廊下を歩き、危ないこと、良くないことを、その場で注意し、その場ですぐに直させるんだそうだ。

 継いで、客室係の後輩たちを、一人前に教育するための十ヵ条。

 一に、笑顔で相手のことを{褒|ほ}める。
 上から目線で「ご苦労さん」などとは言わず、「ありがとう」と言う。

 二に、頭ごなしに叱らない。
 「なんしょんねぇ、この馬鹿たれぇがーァ!!」などとは言わない。
 そんな言い方をすると、相手の心が反発してしまう。
 だから、相手の言い分をちゃんと聞いてあげて、良いところは認めて、悪いところだけ、「これからは、気ーぃつけてね」と、的を絞って注意する。

 三に、心を通じ合わせる。
 朝会ったら、こちらから先に「おはよう」と言い、相手の体調を観察して、心配なところがあれば、気遣う言葉をかける。

 四に、時には、気分転換をさせる。
 精々、研修や講演会……にしても、ぼくたちの{仕来|しきた}りの旅の目的に、通じるところがある。

 五に、不器用な人や要領が悪い人には、目をかけ手間をかけて可愛がる。
 できる人は、{放|ほ}ったくっといても、ちゃんと考えて努力する。
 だから、できている人に手間をかける必要はない。

 六に、自己啓発に目覚めさせる。
 お茶、生け花、作法……。
 旅館のスタッフならではの自己啓発だな。
 病院のスタッフなら、マグロの解体ショー?

 七に、一言多い人、段取り優先な人を、注意する。
 言わなくてもいいことを口走ったがために、クレームになる。
 相手の都合や希望を無視して、自分たちの段取りを優先にすると、クレームになる。
 お客様は、一人ひとりみんな違うのだから、一律の段取りで対応すると、お客様の不満を{煽|あお}ることになる。
 世のため人のためとは言うけれど、世の人たちも、一人ひとり、みんな違う。
 奉仕とは、実に難儀だ……と、思う。

 八に、知識を教える。
 料理、郷土史、美術工芸品……これも、旅館ならではの知識。
 では、スパイは?
 殺し屋は?

 九に、相性が合わないスタッフがいたら、配置転換をする。
 なるほど。
 嫌いなもんは嫌いだし、誰かから「仲良ししなさい!」って言われても、すぐには仲良くなれない。
 だから、延々百年ごとに、戦争が起きてしまっているんだろうと思う。

 十に、最終的な責任は自分にあるという決意を、伝える。
 失敗が怖いから、創意工夫も、新しいことにも、尻込みしてしまう。
 「わたしが責任を持つから、自分が正しいと思ったことを、おやんなさい」などと言ってもらえたら、職場愛が育まれ、創意工夫や改善も活発になる。
 トップは、孤独。
 責任重大って、そういうことなんだなと思う。

 女将さんの仕事は、舞台づくり。
 そこで優美に舞うのが、旅館のスタッフさんたちなんだそうだ。
 トップとは、組織のみんなが、活き活きと楽しみながら働ける環境を、作り上げる……そのために、粉骨砕身する生きものらしい。

 {煉瓦|レンガ}を四角錐に積んでいくと、一番上に積めるのは、一個だけ。
 しかも、強風が来て飛ばされるのは、一番上の、一個だけ。
 確かにトップは、孤独だな。 

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発行 Ethno Fantacy 東亜学纂