人生の戦略
K2694年 想夏
エセラ
立命期 少循令 鐡将
寺学舎で、こんなひとコマがあった。
「あんたさァ、なんで笑わないの?」と、女先輩。
「ナイーブだと思われるから」と、ぼく。
「あんた、ナイーブの意味、知っとるん?」と、女先輩。
「犯罪誘発者」と、ぼく。
「最短距離ね。
ダメじゃん!」と、女先輩。
「なんでぇ?」と、ぼく。
「遠回しの言い方、覚えなさいよ」と、女先輩。
「なんでぇ?」と、ぼく。
「あんたも、座森屋の血統なんでしょ?」と、女先輩。
「うん」と、ぼく。
「だったら、{武童|タケラ}になったら、潜入班だろッ?
潜入して、無愛想で、言い{難|にく}いことをズケズケ言ってると、目をつけられる。
目をつけられると、疑われる。
疑われると、密偵だってバレる。
バレたら、殺される。
殺されたら、任務を果たせない。
任務を果たさなきゃ、非族民。
非族民は、あの世に行って、いじめに遭う。
そういう人生、送りたい?」と、女先輩。
「遠回しだと、どう言うのォ?」と、ぼく。
「お人好し。
世間知らず。
考えるトレーニングをしなかったんだから、自業自得ってやつなんだけどさァ。
でもね。そういうやつらのほうが、あたいらにとっちゃあ、都合がいいのさ。
何も考えないで、あたいらに情報を洩らすってことだろッ?
あんはさァ、まだまだ考えるトレーニングが足りないってことさァ」と、女先輩。
「どうやってトレーニングすりゃーえん?」と、ぼく。
「先人{先達|せんだつ}の人生の戦略を比較して、自分にはどんな戦略がいいか、考えるんよねぇ!」と、女先輩。
「{面倒|めんど}っちいね」と、ぼく。
そんな{訳|わけ}で、読む本の傾向を、変えてみた。
教育。
教えて解ることなら、教育は要らない。
教えても解ってもらえないから、そいつの心の中でその教えが{育|はぐく}まれるように、根気よく、懇々と教え続ける。
忍耐勝負だ。
これは、座森屋一族の得意分野。
鳴かねば殺せ式の鷺助屋の連中には、無理な相談だ。
旅館の女将が、教育のことを書いていた。
「現場に宝物あり」
現場にいなければ判らないことがたくさんあるから、出来る限り玄関に立ち、
廊下を歩き、危ないこと、良くないことを、その場で注意し、その場ですぐに直させるんだそうだ。
継いで、客室係の後輩たちを、一人前に教育するための十ヵ条。
一に、笑顔で相手のことを{褒|ほ}める。
上から目線で「ご苦労さん」などとは言わず、「ありがとう」と言う。
二に、頭ごなしに叱らない。
「なんしょんねぇ、この馬鹿たれぇがーァ!!」などとは言わない。
そんな言い方をすると、相手の心が反発してしまう。
だから、相手の言い分をちゃんと聞いてあげて、良いところは認めて、悪いところだけ、「これからは、気ーぃつけてね」と、的を絞って注意する。
三に、心を通じ合わせる。
朝会ったら、こちらから先に「おはよう」と言い、相手の体調を観察して、心配なところがあれば、気遣う言葉をかける。
四に、時には、気分転換をさせる。
精々、研修や講演会……にしても、ぼくたちの{仕来|しきた}りの旅の目的に、通じるところがある。
五に、不器用な人や要領が悪い人には、目をかけ手間をかけて可愛がる。
できる人は、{放|ほ}ったくっといても、ちゃんと考えて努力する。
だから、できている人に手間をかける必要はない。
六に、自己啓発に目覚めさせる。
お茶、生け花、作法……。
旅館のスタッフならではの自己啓発だな。
病院のスタッフなら、マグロの解体ショー?
七に、一言多い人、段取り優先な人を、注意する。
言わなくてもいいことを口走ったがために、クレームになる。
相手の都合や希望を無視して、自分たちの段取りを優先にすると、クレームになる。
お客様は、一人ひとりみんな違うのだから、一律の段取りで対応すると、お客様の不満を{煽|あお}ることになる。
世のため人のためとは言うけれど、世の人たちも、一人ひとり、みんな違う。
奉仕とは、実に難儀だ……と、思う。
八に、知識を教える。
料理、郷土史、美術工芸品……これも、旅館ならではの知識。
では、スパイは?
殺し屋は?
九に、相性が合わないスタッフがいたら、配置転換をする。
なるほど。
嫌いなもんは嫌いだし、誰かから「仲良ししなさい!」って言われても、すぐには仲良くなれない。
だから、延々百年ごとに、戦争が起きてしまっているんだろうと思う。
十に、最終的な責任は自分にあるという決意を、伝える。
失敗が怖いから、創意工夫も、新しいことにも、尻込みしてしまう。
「わたしが責任を持つから、自分が正しいと思ったことを、おやんなさい」などと言ってもらえたら、職場愛が育まれ、創意工夫や改善も活発になる。
トップは、孤独。
責任重大って、そういうことなんだなと思う。
女将さんの仕事は、舞台づくり。
そこで優美に舞うのが、旅館のスタッフさんたちなんだそうだ。
トップとは、組織のみんなが、活き活きと楽しみながら働ける環境を、作り上げる……そのために、粉骨砕身する生きものらしい。
{煉瓦|レンガ}を四角錐に積んでいくと、一番上に積めるのは、一個だけ。
しかも、強風が来て飛ばされるのは、一番上の、一個だけ。
確かにトップは、孤独だな。
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発行 Ethno Fantacy 東亜学纂