EF ^^/ 後裔記 第2集 第13回
一、想夏 立命期、最後の一年 (3)
夏も盛り、ある夜のことだった。
エセラは、{仕来|しきた}りの旅への焦りで、寝つけない夜を過ごしていた。
そこへ、ほのみたちを寝かしつけたばかりの母が、エセラの枕元に座った。
そして、意味ありげに、小声で語りはじめた。
「おまえの知らないことが、いっぱいあるんだよ。
不思議なこと、そして、神秘も。
そのほとんどが、おまえが生まれる前に起きたことさ。
母さんも生まれていない、もっと昔のことさ。
だからなんだかどうなんだか知らないけど、その神秘さのなかに、真実があるように思えるのさ。
その昔ってころは、どんなだったんだろうねぇ。
きっと、今と同じなんだと思う。
生きものがこの世に産まれて、そして、どんどん死んでいく。
きっと、この先も、昔のままさ。
でも、人間は、変わってしまった。
三つの亜種に、分化した。
それだけなら、退化しようが自然に絶滅しようが、大した問題じゃない。
でも、文明の亜種の連中は、変わらないものを良しとしなくなってしまった。
海、山、空……そうさ。
自然さ。
自然の一部だってのに、その自然の存在が気に入らないのさ。
ねぇ、エセラ。
だから、戦わなきゃならないのさ。
和の亜種の人たちって、昔ね、文明の亜種のやつらに、旧態人間って呼ばれてたんだ。
ヒトの原型って意味だろうけど、悪意がこもってる。
あのね、エセラ。
死を、よく理解しなさい。
何年かかってもいい。
知命が遅れて、無知運命期って呼ばれたっていい。
ヒトは、神秘なんだよ。
自然の一部なんだから、当然のことさ。
それをちゃんと理解して死ねば、また母さんに逢えるよ、きっと。
母さんは、先に{逝|い}くからねぇ。
父さんは、もっと早いかもね。
あたいら自然{民族|エスノ}は、七の倍数で生きてる。
人生は、七年が七回。
この一年で、二回目の七年、少循令が、終わる。
同時に、立命期も終わる。
来年の夏から、おまえも、運命期の{武童|タケラ}だ。
仕来りの旅のことで、踏ん切りがつかないんだろッ?
いっそ、寺学舎のみんなを連れて、集団で旅をしてみたらどうだい。
亜種記に、書いてたじゃないか。
ムロー学級がみんな離島疎開して、それが仕来りの旅になったんだって。
今は、ウイルスは飛んでこないけどねぇ。
その代わりに、ミサイルが飛んでくる。
狭いこの{日|ひ}の{本|もと}の島国の中で、ミサイルを撃ち込んでくる。
正気の沙汰じゃない。
早くやつらを亡ぼさないと、あたいらの国は{疎|おろ}か、ヒト種が絶滅しちまうよ。
そうだ!
どうせ、まだ眠れないんだろッ?
お風呂、入ろうよ。
薪、くべるけん、先に入りんさい!
母さんは、{熱燗|あつかん}もお風呂も、{温|ぬる}めが好きだからさ。
やれこらのォ。
よっこらしょっとーォ♪」
湯舟の底で揺らめく底板をぼんやり見ながら、エセラは、大先祖様のまぐわいの話を思い浮かべた。
ふと顔を上げると、開け放たれた木枠の窓から、ほっぺをほんのりと赤らめた母さんの顔が、覗いていた。
薪をくべて、顔がほてったのだろうか。
エセラは、{手淫|しゅいん}を見られた恥ずかしさよりも、母に無言で見つめられていたことに、穏やかでない理性を感じずにはいられなかった。
2024.3.9 配信
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発行 Ethno Fantasy 東亜学纂