MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息 35【夢のマモリベ〈守護童〉】『オンライン亜種記 -夢の子孫武童(たけわら)に繋ぐ- 』第2回

『オンライン亜種記』
住み慣れた半島の港町から離島に疎開した寺学舎の子等(こら)が、子孫を武童(たけわら)にするべく、天命に挑みます。

エスノキッズ 心の学問「自伝編」
令和2年9月5日(土)号


一つ、息をつこうでやんすぅ♪

寺学舎は廃校となり、塾生の童児(わらわじ)たちは、離島の疎開地へと旅立った。

その元凶となった感染症は、大自然が怒(いか)って発生したものなのか。
それとも、異国の悪意に満ちた科学誤用の副産物なのか。
どちらかではあろうけんども、これから書き残そうとしている未来の歴史の観点からすれば、どっちゃーでもいい。

寺学舎の塾生、総勢8名。
彼らを迎えに来た傭船(ようせん)は、日にちを変え、船を変え、それは、4度に亘(わた)った。
その間、後裔記に本音の数々を綴ってくれた彼らを、わたしは、誰一人として、見送りに出ることはしなかった。
なぜか!

これは、亜種記である。
亜種記とは、子等(こら)の後裔記(日記)を、編纂したものだ。
編者が、自らの見聞で作文するなどということは、決してあってはならない。
あくまで、塾生の子どもたちの日記を集めて、編集するだけに、止(とど)めなければならない。

事実を史実として文章に編むということは、創作......新たな物語を考えるときの〈産みの苦しみ〉にも迫る独特の苦悩がある。
なぜ、敢(あ)えて自ら、そんな苦しい道を選んだのか?
それは、寺学舎の子どもたちの〈直観力〉という未知の能力に、魅了されたからだ。

ゆえに、未来100年後か200年後か知る由(よし)もないが、その未来の子等がこの亜種記を読む段に、事実の羅列ではなく、祖先である彼ら童児(わらわじ)たちが込めた〈真実〉を読み取ってもらいたい。

なぜ彼らは、真実を込めたのか。
そしてなぜ、彼らにはそれが出来たのか。
それは、彼らが、夢のマモリベ〈守護童〉だからだ。

そのために、編者であるわたしは、この時代、2020年に現存する生身の人間でなければならず、直観力に富んだ寺学舎の塾生、童児(わらわじ)たちが書いた事実の後裔記を、内容を変えることなく、亜種記に編纂しなければならないのだ。

物語の冒頭、編者が、このように個人的な所見を述べるのは、異例である。
本来は、慎むべき行いあることは、承知している。
然(しか)し乍(なが)ら、未来の未知の読者に対して、編者がこの時代、西暦2020年に生存しているという〈リアリティ〉を、伝えなければならない。
それは、御法度(ごはっと)を犯すとわかっていても、挙に出るべきだと思うのである。

題して、『オンライン亜種記』。
「オンライン」という言葉は懐かしい。
1983年ごろだっただろうか。
わたしが社会に出て初めて担当したのが、「国税庁総合〈オンライン〉システム」という仕事で、埼玉県の旧グリーンカードセンターというところが、主な勤務地となった。

どうだろう!
この編者の個人的な余興で、100年後か200年後の読者に、少しは〈リアリティ〉を感じてもらえただろうか。
これが、今号の裏タイトル、【馬鹿野郎の大人、俺の知命】である。
その俺が、今さらではあるけんども、彼ら童児(わららじ)の後裔記を歴史に残すことを、知命と捉(とら)えたのであ。
なぜなら、〈未来の武童(たけわら)たちの祖先〉である彼らが、もし、歴史に残らないという異常事態に到らば、彼らの未来の子孫である〈武童(たけわら)たちは、未来に存在し得ないからである。

〈知命〉の説明は、姉妹メールマガジンの『オンライン郷(さと)座学』(エスノキッズ 心の学問「教学編」)に、譲ろう。

閑話休題(さて)、
今ごろ、寺学舎の塾生だった子共(こども)(子供の複数形)は、各々みなが、これから住まうべき島に辿り着いているはずである。

(誰が、一番乗りで、後裔記をメールしてきてくれるのだろう)
と、ふと思ったときだった。
正直、嬉しくてつい、一(ひと)つ、ほくそ笑んでしまった。

彼らが見た共通の夢の中で、後裔記を集めて『亜種記』を編むという仕事が、継承されていたのだ。

その呼び名(個人事業主の屋号)は、今とは変わっていて、〈亜種記集纂所〉になっているようなのだが、昨今、後継者に恵まれず、伝統が途絶えてしまうという社会問題が囁(ささや)かれて久しいこのご時世において、生業(なりわい)にもならない個人的な趣味のようなこの仕事を、119年後に、まだ誰かが続けている。
その喜ばしい真実を、後裔記を書いた寺学舎の後裔の一人が、夢の中で、自分の祖先であるの子等に語り伝え、今に知らせてくれたのである。

これほど、やる気満々にさせてくれる事件が、他にありましょうやッ!
そんな幸せな気分も、現実の生活苦の時空に戻るや否や、敢(あ)え無くぶっ飛んでしまうのではあるが、その現実さえも、彼らに興味をもった理由の一つとなったのである。

彼ら童児(わらわじ)と、わたしの共通点......。
貧乏、家庭を知らない(親と同居の体験を持たない)、孤児、招かれざる客として親族に預けられている......といった不幸の数々の何れかの境遇を、彼ら一人一人と共有していたのだ。
寺学舎に引き寄せられた、そんな一癖も二癖もある、素直になれない子どもたち......と、わたし。

わたしの〈意思〉は、ここでみなさんとは、お別れです。
でも、わたしの〈意志〉は、今後、未来永劫(みらいえいごう)、亜種記の読者の方々の心に語り継がれるであろうことを、願って信じて止(や)まないのであります。

最後に、見送りには行かなかったものの、彼ら、童児(わらわじ)たちの出立(しゅったつ)の噂(うわさ)を記して、この号を終えたいと思います。


「傭船(〈貸し切りのフェリー〉という名の漁船 )に乗せられて、行ってしもうたがやーァ!」

知命前( 概ね8歳から16歳 )

-学年、童名(わらわな)-


《 某日、傭船「第1陣」》

学徒、マザメ
少年、サギッチ
少年、スピア


《 某日、傭船「第2陣」》

学徒、オオカミ


《 某日、傭船「第3陣」》

学人、ムロー
門人、ヨッコ


《 某日、傭船「第4陣」》

門人、ワタテツ
少女、ツボネエ


ご安航を、祈る。


令和2年9月5日(土)号
一息 35【夢のマモリベ〈守護童〉】『オンライン亜種記 -夢の子孫武童(たけわら)に繋ぐ- 』第2回

【行動哲学と目的心理学】

美質を生まれ持った子どもたちが、戈(ほこ)を止(とど)めると書く武の心を修めるために、東亜の行動哲学、西洋の目的心理学、そして民族史や神話から過去を学び、自分たちの運命が横たわっている〈未来〉を脚本する人間力を、学んでゆきます。

Japanize Destinies Distribution
JDD 東亜学纂〈テレスタディ〉
『オンライン亜種記』
『オンライン郷(さと)座学』
【バックナンバー】 http://www.akinan.net