MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.158

#### {憧|あこが}れのネイポー{避行|ひこう} ヨッコ {後裔記|158} ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 門人学年 **ヨッコ** 齢16

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 ローマに降り立った。
 深夜に近い。
 ワタテツは、無言でキョロキョロ。
 あたいも、実は興味津々。
 さすがにクーラーボックスは持って来なかったモクヒャのおっちゃん……と書きたかったが、左肩にセーリングバッグを{荷|にな}い、同じ左手でクーラーボックスを持って右手をフリーにしている。「片手は、常にフリーにしとかにゃならん!」というのが、モクヒャのおっちゃんの{口癖|くちぐせ}だ。

 そのモクヒャさんは、急いでいた。
 通関の直前までは、焦った様子まではなかった。問題は、ワタテツの野郎のバッグの中。{何故|なぜ}か、でっかい餅。正に、鏡餅だ。「鞄の中を見なくてはいけません」という、聞き覚えのある英語のフレーズが聞こえてくる。透かさず鏡餅を見つけ、当然の質問が発せられる。「これは、なんですかァ?」
 野郎、当然慌てて、しどろもどろ。
 「ライスボール!」
 「何をするためのものですかッ?」
 「食う」
 通関士のオバハン、{俄|にわ}かに口調がシャープになり、{訝|いぶか}し気な顔つき。
 「なーんであんなもん、持って来たんだァ?」と、モクヒャさん。
 「てか、どこで手に入れて、いつから持ってたんだかァ……」と、独り{言|ご}ちるあたい。

 そんな{訳|わけ}で、通関を無事……元い。有事{宛|さなが}ら通り抜けると、モクヒャさんが一目散に駆けだした。走る、走る、走る……鉄道の駅の切符売り場。モクヒャのおっちゃん、吠える。
 「ネイポー、スリー、アズスーンサズ……えっと、ハリーっていうか、エニウエイ、スリー、ネイポイー」ってな具合。
 あたいも、{仕来|しきた}りの旅でオーストラリアに滞在していたときは、片言の真似事くらいは英語を使って会話を{為|な}していたような気がする。でも、{日|ひ}の{本|もと}に帰国して数時間後、見事にその百パーセントに近い英単語やフレーズを、忘れてしまったのだ。
 (人間の脳って、なんて合理的なのかしらん!)と、思ったものだ。
 モクヒャさんが右手で切符を三枚受け取ったとき、{徐|おもむろ}に一つのことに気づかされた。窓口で対応していたおねーさん、終始一貫してイタリア語だったのだ。それがポルトガル語でもイタリア語だと思ったかもしれないけれど、それでも、明らかに英語ではないことくらいは、{直|す}ぐに{判|わか}った。

 何はともあれ、あたいら東洋人の不審者三名、無事に有事宛ら、特急の最終列車に飛び乗ることができた。それにしても……だ。オーストラリアでは、英語ではない英語に悩まされた。そしてここイタリアでも、イタリア語ではないイタリア語に悩まされる結果となった{訳|わけ}だ。
 「ネイポー」ってのは、ナポリのことだった。ツーことはさァ。あたいが大好きなナポリタンのパスタは、「ネイポータン」ってことになる。(ほんまかいなァ!)と、そんなことを思いながら、ナポリ駅に降り立った。

 改札を出るや{否|いな}や、背は{然程|さほど}高くはないが、{如何|いか}にも頑強そうな十人に近い中年の男たちに囲まれた。ワイワイガヤガヤ……無論、イタリア語。どうやら、「俺のタクシーに乗れ!」と、銘々が言っているようだった。それを振り切り、グングン歩くモクヒャのおっちゃん。
 その先に、後部のトランクを跳ね上げてエンジンを掛けっ放しにしたタクシーが一台と、その直ぐ前の鋼製の柵にお尻をちょこんと乗せた若いドライバー{風情|ふぜい}の男が一人……。その前を通りかかると、その若い男、直ぐにモクヒャさんのクーラーボックスを持とうとして、何かを仕切りに言っている。その身振り手振りから察するに、どうやら、「荷物をトランクに入れろッ!」……みたいなことを言っているようだった。
 一旦は、思案に暮れているような顔つきをしたモクヒャさんだった……が、何やら「ほやほや……」と青年ドライバーに言うと、すぐさま後部座席のドアが開いた。すると、モクヒャのおっちゃん。矢庭にセーリングバッグを胸に抱え、片手にクーラーボックスを持ったまま、その後部座席に乗り込んでしまった。
 「おまえらも、荷物を抱えて早くタクシーに乗れ!」と、モクヒャさんの目が言っている。

 タクシー、始動。
 程無く交差点。四方から、車が突入して来る。ドライバー同志が、窓から頭を車外に出して怒鳴り合っている。交差点の真ん中で、もみくちゃになりながら止まったり動いたりして{犇|ひし}めき合っている多くの車を見ながら、あたいはまた、独り言ちた。
 「なんで信号が無いのよォ!」
 すると、ワタテツの野郎が{呟|つぶや}いた。
 「あれ、街灯じゃないよなッ!」
 その視線の先を見ると、それは、{見紛|みまが}いようのない、わが国で言うところの信号機だった。色は赤。振り返って反対側の信号を見ると、その色は、青。信号の色とシステムは、万国共通のように思われた。無論、街灯には見えない。{然|しか}し、その用途は、正しく街灯以外の何物でもなかった。

 ホテルに着いたころには、{既|すで}に日付けが変わっていた。
 フロントにて……。
 「取り{敢|あ}えず、腹がへったな」と、モクヒャさん。
 「餅、食いますぅ?」と、ワタテツのクソ野郎!
 「心配しなくても、あんたの棺桶に入れてやるよッ! あたいは、醤油たこ焼きが食べたいわァ♪」と、あたい。
 「残念だが、さすがにたこ焼きは、入れて{来|こ}んやったな。手に入ったとしても、冷え冷えのたこ焼きになってしまうしなァ♪」と、モクヒャさん。
 「醤油たこ焼きは、冷えても美味しいんだよ。ソースたこ焼きは、{熱々|アツアツ}を食べないと美味しくないけどねぇ」と、あたい。
 (なんてくだらないことを言ってるんだろう……あたい)と、思うあたい。

 ホテルの受付には、無愛想な若めのオバハンが、一人。面倒臭そうに奥から出て来ると、モクヒャさんに向かって、何か「ぐちゃぐちゃ」と言っている。
 「部屋、あったぞォ! 掃除してないから、宿泊費は、半額でいいってさァ♪」と、モクヒャのオッサン。
 (てか、予約してないんかい!)と、思ったあたい。
 あとでモクヒャさんに訊いたところによると、タクシーの青年ドライバーに連れて来られて「降りろ!}と言われた場所が、このホテルの真ん前だったということだそうだ。
 (まったく、頼りになるんだかならないんだかァ……)と、思ったあたいだった。

 部屋に入る。
 無論、三人{雑魚寝|ざこね}の覚悟は既に出来ている。直ぐに、模様替え。二段ベッドをユニットバスがある間口まで九十度回させて、バリケード……元い、パーテション完成♪ 男どもは、あたいの許可なくトイレにも行けず、風呂にも入れずということに相成った。
 準備万端!
 モクヒャさんが、クーラーボックスから赤黒い色をしたボトルを一本、取り出した。
 「{仕来|しきた}りの旅の順調な滑り出しを祝って、三人で乾杯といこう♪」と、モクヒャさん。なにやら、単純に嬉しそう。
 (馬鹿ちゃうかァ! このオッサン……)と、マジ思うあたい。
 「相変わらずだな」と、知った{気|げ}にワタテツの野郎。
 「俺のことかーァ?!」と、モクヒャさん。やっぱり、何故か嬉しそう。
 「必要なことにだけ敏感で、不必要なことには*まるで*無神経でいられる{英邁|えいまい}な気性。残酷さと優しさが入り混じった複雑な亜種……ってこと」と、ワタテツの野郎。
 「なるほどーォ♪」と、モクヒャのおっさん。
 (何が「なるほどーォ♪」なんだかァ、まったく!)と、思うあたい。
 そして、言った。

 「女には理解できないし、真似したいとも思わない……てか、一緒にしないでよねぇ!
 男だけが持つ、強力な悪臭を放つ特殊な個性の持ち主。{所謂|いわゆる}一つの、突然変種ねぇ♪」

 「そう言うおまえは、悪意に満ちた{呪術|じゅじゅつ}師ってかァ? どっちもどっちじゃねーかァ!」と、野郎。
 無論……{間|かん}、{髪|ぱつ}を入れず、あたいの命が即応して、脳ミソを通さず、生の言葉が突いて出て来た。

 「失礼は、クソたれてるときだけにしてよねぇ! あたいは、{哀|あわ}れな女たちの味方。考えたくもないのに{湧|わ}いて出てくる不幸な記憶を{拭|ぬぐ}い切れないというのが、哀れな女たちの宿命なのさ。
 あたいは、ペテン師でもなければ、{詐欺|さぎ}師でもない。土着ヤンキー群像の一人だから、結婚詐欺みたいな{阿漕|あこぎ}な金儲けにも興味は無い。{尤|もっと}も、可愛い{娘|こ}は、ついつい{魅|み}せられっちゃうけどさッ♪
 そんな魅力に直ぐに泥酔して、天命も知命も何もかも忘れて{怠惰|たいだ}の道を転がり落ちて行くのが、あんたら男どもさ。
 あたい?
 そうねーぇ。
 あたいは、{生真面目|きまじめ}が過ぎて引きこもっちゃった見習いの呪術師ってところかしらん♪」

 (こいつら、今何を考えているのかしらん……)なんてことを思いながら、無言で赤ワインを舐めている男二人をただ眺めているだけのあたいだった。

_/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/
美童(ミワラ) ムロー学級8名

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未来の子どもたちのために、
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