EF ^^/ 然修緑 第2集 第21回
一、想夏 (20)
門人学年 ほのみ ({美童|ミワラ}・{齢|よわい}十一)
「息恒循」齢 立命期・少循令・悪狼
友だちって、なに?
あたいら民族は、群れない。
群れないけど、仲間の結束は固い。
でも、「友だちはいる?」とか、「友だちはできたァ?」とか訊かれる。
友だちって、なにぃ?
なので、友だちのことを書いた心理学の本を探して、読んでみた。
たまたま同じ町に、悩み多き青年と、悩みとは無縁の徹底したプラス志向の哲学者が、住んでいた。
哲学者は、一貫して{斯|こ}う説いた。
「世界はどこまでもシンプルで、人は今日からでも幸せになれる」
その哲学者の思想が知れ渡ったとき、どうしても納得できなかった青年は、ついにその哲学者の家を訪ねたのだった。
哲学者は、人生というのは仕事と交友と愛の三つのタスクから成り立っていて、実にシンプルだと説いていた。
でも、人間関係に悩んでいた青年には、まったく理解ができなかった。
それで、「交友のタスクとは、なんですか?」と、唐突に問うたのだった。
交友のタスクとは、仕事を除いた広い意味での友人関係のことだ。
仕事のように義務も責任もなく、なんの強制力も拘束力もない。
却ってそれが、友人関係の構築を難しくしている。
交わる場があれば未だしも、自分で場も作らなければならないとしたら、これは極めて困難なタスクだと言える。
友人と似た言葉に、親友がある。
友人と呼べる人の顔が頭に浮かんでも、その中に親友と呼べる人ががいることは、ごく稀だ。
事実、哲学者も青年も、親友はいないようだった。
哲学者は、子どものころ、外国語を学びながら海外の哲学書を読みふける毎日で、友だちは一人もいなかった。
そんな息子を心配した母親が、担任の教師に相談する。
すると、「心配いりません。彼は、友だちを必要としない人間なのです」と言い、これには母も息子も、大いに勇気づけられたそうだ。
結局、少年時代にできた友だちは、一人だけだった。
けれども、その一人は、一生友だちであり続けると、哲学者は言い切った。
大事なのは、友だちの数ではなく、その関係の距離と深さなのだと。
青年は、「自分もこれから、親友をつくることはできますか?」と、問うてみた。
自分が変われば、周囲も変わる。
頼まなくても、変わらざるを得なくなる。
哲学者が説いたのは、他者を変えるためのものではなく、自分が変わるためのものだったのだ。
事実、青年は、自ら行動を起こして、哲学者という歳の離れた友人を得たのだった。
この交友のタスクよりも難しいのが、愛のタスクだ。
大きくは、恋愛関係と親子関係の二つだろう。
友だちが恋人になると、友だちのときには許せていたことでも、それが恋人となると、一転して許せなくなることがある。
距離が近くなり、関係も深くなったので、そこに(束縛したい)という感情が生まれてしまったのだ。
でも、哲学者は、それを認めなかった。
相手が幸せそうにしていたら、その姿を素直に祝福することができる。
それが、愛だというのだ。
たとえ互いの深い関係を「絆」と呼ぼうとも、そこに束縛が存在すれば、その関係は何れ必ず破綻する。
青年は、思わず、「彼女が幸せそうに浮気をしていたら、それも祝福するんですか?」と、問うていた。
息苦しさを感じたり緊張を強いられるような関係は、恋ではあっても愛ではない。
人は、(この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える)と思えたとき、愛を実感する。
劣等感を抱くことを知らず、優越感を誇示する必要もない。
平穏な、極めて自然な状態……それが、本当の愛だ。
逆に束縛は、相手への不信感から生まれる感情だ。
そんな感情を持った相手と一緒にいて、自然でいられるはずがない。
相手の人格を、自分と同じ対等なものとして扱わなければならないということだ。
青年は、「それが出来なかったら?」と、不服そうな顔で問うた。
「別れる」という選択肢を、哲学者は否定しなかった。
夫婦や恋人なら、別れることができる。
でも、親子は、そうはいかない。
恋人同士が赤い糸で結ばれているとすれば、親子は頑強な鎖で繋がれている。
手にしているものは、小さなハサミが一つあるだけだ。
青年は、「じゃあ、どうすればいいんですか?」と、叫んでいた。
哲学者は、応えて言った。
それでも、逃げてはいけないんだと思います。
どんなに困難な関係であっても、向き合うことから逃げたり、先延ばしにしてはいけないのだと思います。
たとえ、小さなハサミを振りかざして鎖を断ち切ろうとする結果になったとしても、先ずは、立ち向かってみる。
絶対にいけないのは、今のまま、このままの状態で立ち止まることなのです……と。
読んだだけでは、その真意は測りかねる。
でも、一つだけ解った。
「自立」と「強調」。
人生、その二つからは、逃げられない。
2024.6.8 配信
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発行 Ethno Fantasy 東亜学纂