#### 一息オオカミ「昔ノ大人ハ、{尖|トガ}ッテタンダヨッ!」後裔記 ####
《 穏やかな抵抗 》《 船長の選択 》《 軍艦{鮫|ザメ}と闇夜の二人 》
学徒学年 オオカミ 齢13
一つ、息をつく。
《 穏やかな抵抗 》
ヒヤ間は、確かに狭かった。
だが、照明が、効率よく{手許|てもと}を照らしてくれるのは、有難かった。
ちょうど、隊舎の甲板用具庫の中で、深夜、裸電球一つで昇進試験の勉強をしてるみたいな、そんな感じだった。
無論、おれには、そんな経験はない。
ジジサマが、話してくれたんだ。
昔ばなし……。
その中に挟み込まれた数々の{挿話|エピソード}の、一つだ。
今、舵輪は、スピアが、握っている。
スピアとサギッチと三人で、{航海当直|ワッチ}を、組んだのだ。一人が操舵、一人が見張り、そして残る一人が、仮眠と学問だ。問題があれば、右足でポンポンと、{木の蓋|ハッチ}を叩けと、二人には伝えてある。
操船の要領も、伝えてある。
簡単だ。
{斯|こ}う、説明した。
「当直操舵員の使命は、たったの三つだけだ。
一に、船の{舳先|へさき}を、目的地に向ける。
二に、燃料を、節約する。
三に、{死神|しにがみ}を、追い払う。
次に、その方法。
一のそれ、この針が、〈W〉を{指|さ}すように走れ。
二のそれ、こっち針が、〈8〉を超えないように走れ。
三のそれ、〈8〉まで上げて、どうしても〈W〉にならなかったら、おれを起こせ。
次に、その要領。
一は、舳先が回りたがったら、舵輪を反対に、少し回せ。
二は、〈5〉のまま、任に{堪|た}え{難|がた}きを、忍べ。
三は、生きたいと願え。
以上。
その、たったの三つだ」
あいつらには言わなかったが、要は、斯うだ。
世界中の天才を一人残らず集めて、この星の発明発想法の総力を結集しても、大なる自然……海の深海心理の威力の前には、おれたち人間は、怖ろしいほど無力だ。
その海に乗り出した以上、我らが生き延びる方法は、ただ一つ。
海を怒らせないように、穏やかに抵抗しながら、ゆっくりと、生きて天命を果たし{遂|と}げたいという願望だけに、ありったけの情熱を燃やす。
そして、少しづつ、{焦|あせ}らず、己の命を、削ってゆくしかないのだ。
《 船長の選択 》
出航直前……その事件は、起きた。
水上{繋留|けいりゅう}をしている、漁船の数々。
その中に、家船が、{一|ひと}。
その繋船ロープを{舫|もや}っている、岩々。
その、崖の上。
例の、廃墟の建屋。
地底住みの自然エスノが、共用部として、使っている。
その裏側の、原っぱ。
最初にやって来たのは、軽バンが、一台。
{然程|さほど}に古くはないが、ボコボコのオートマ車。
後部座席に、おねえさん先生。
操縦席と助手席、そして後部座席にも一人、若い男。
三人とも、{船住居|ふなずまい}の、自然エスノ。
おねえさん先生の、{幼馴染|おさななじみ}だ。
後部座席の後ろに、真新しいポリタンクが、三本。
中身は燃料だと思い、それを疑うという発想は、起こらず。
次に現れたのは、軽トラが、一台。
ポンコツのマニュアルだが、一応、四駆。
ジジサマ自慢の、二人乗りの、スポーツカー。
運転は無論、ジジサマ。
同乗者、無し。
荷台には、ズルズルに油で汚れたポリタンクが、満載。
中身は、言わずもがなの家船の燃料。
こちらは、疑う余地も無く……。
二人の男、軽トラの両側のドアを、{塞|ふさ}ぐ。
窓を全開にする、ジジサマ。
{喚|わめ}き吠えまくると思いきや、無言。
腕を組み、{宛|さな}ら、{瞑想|めいそう}。
残りの一人の男が、軽バンから、ポリタンクを降ろす。
順次、三本すべてを、崖っぷちまで運ぶ。
ロープを使って、崖下に降ろす。
慣れた手つき、手際がいい。
おねえさん先生が、言った。
「あの家船、清水タンクが無いの。
三日分の真水、積んどくから。
但し、飲料水と煮炊き以外には、使わないこと。
これは、鉄則。
破ったら死ぬ規則のことを、鉄則と言います。
燃料タンクは、ジジサマが、満タンにしてくれています。
800リッター入ってる……はず。
これも、三日分。
但し、一時間に11リッター以上、使わないこと。
これも、鉄則。
鉄則は、以上。
たったの二つです。
守れなかったときに死ぬ確率は、ピッタリ百パーセントです。
最後に、燃料節約の要領だけ、言っておきます。
エンジンをフル回転で走ると、一時間に40リッター使います。
その場合、燃料切れの心配は{要|い}りません。
燃料を使い切る前に、あの船のエンジンは、壊れるから。
次に、一時間平均10リッターの燃費で走る方法。
下げ潮のときは、潮に乗って、500回転キープ。
アイドリングのまま、クラッチを前進に入れるだけってこと。
上げ潮のときは、潮に逆らって、回転数を上げる。
但し、800回転を超えないこと。
スロットルは、チョン、チョン、チョンの、三回まで。
ここれを厳守すれば、800回転を超えることはありません。
但し、800回転は、緊急事態です。
潮に逆らえるんなら、500回転をキープすること。
ゴメン!
肝心なことが、最後になっちゃったわね。
方角……どっちに行くかなんだけど……。
昼間は、太陽を、追い駆ける。
夜は、半月なら追い駆け、満月と新月なら、逃げる。
太陽は、心配要らない。
アマテラス様が、お優しいからです。
でも月は、{博打|ばくち}です。
正確には、季節と月令で方角が判るんだけど、そんなこと教えてたら、日が暮れっちゃうから、一か{八|ばち}か、船、出しちゃいなさい。
無計画で飛び出したって、綿密に計画を立ててから慎重に出立したって、どっちにしたって、結末は、同じです。
二つしかないってこと。
生きるか、死ぬか。
その、二択です。
だから飲み水も、その結論が出る三日分だけでいいんです。
あの世に行くのに、水は、要らないでしょ?
真水は、大事なのよ。
あの世になんかに持って行かれたら、{堪|たま}ったもんじゃない。
逆に、万が一だけど、三日後にまだ生きていたら、それは、新たな真水を手に入れたってことです。
話、簡単でしょ?
じゃあ、元気でねぇ♪
ご安航は、{祈|いの}らないから。
だって、祈るだけじゃ、何も変わらないもの。
時間の無駄!
祈る暇があったら、行動しろッ!ってこと。
これ、忘れないでねッ♪」
そのときだった。
ジジサマが、やっと吠えた。
「おい! 本当に、大丈夫なんだなッ!」
おねえさん先生が、少し声のボリュームを上げて、ジジサマの{雄叫|おたけ}びに応えて言った。
「これでも、この海で産れて、この海で育ったんです。
『この世に〈大丈夫〉なんて、一つも無い!』ってことくらい、判っています。
だから、大丈夫です♪」
《 軍艦鮫と闇夜の二人 》
二人が操舵に慣れるまで、結局おれは、{休み無しの航海当直|フル・ワッチ}だった。
スピアが、言った。
「やっと、寝たみたいだね」
「寝るんだね、一応」と、サギッチ。
「進化も退化もせずに泳ぎ続ける、{鮫|サメ}の変種だからな」と、おれ。
「それ、軍艦{鮫|ザメ}って言うんでしょ?」と、スピア。
「{奴|やつ}らは、呼吸のために、高速の水流を必要とする。その割に、{鰭|ヒレ}が、不器用。ぶつかりまくる。何かに激突して止まると、沈んでしまう。沈むと、死ぬ」と、おれ。
「確かに、『進化も退化もせずに泳ぎ続ける』……だねッ!」と、スピア。
そのとき、ジジサマに操船を習っていたときに教えてもらった話を、ふと思い出した。
ジジサマは、こんなふうに言った。
「ズングリ号か。
悪くないかもな。
でもな。
〈号〉は、やめとけ。
悪いことは言わん。
ズングリ丸にしとけッ!
商船と漁船の名前には、〈丸〉を付ける。大事な宝物じゃからな。盗まれんように、〈丸〉を付けるんじゃ。
軍艦は、それ自体が大事な{訳|わけ}じゃない。大事なのは、国家と国民だ。〈丸〉を付けるとしたら、国家と国民のほうだ。
遊びの舟も、{生業|なりわい}の船に比すれば、大事には値せん。じゃから、〈丸〉を付けた遊びの舟は、少ない。
昔、便器のことを、「お丸」と呼んだ。いくらなんでも、便器は、盗まんじゃろ。汚いし! じゃやから、大事なものには、〈お丸〉と名付けたり、「オマル〉と呼んだりしたんじゃ。そうすれば、盗まれんで済むじゃろッ?
昔の人は、面白い人が、多かったっちゅうことじゃなッ♪」
……そんな{経緯|いきさつ}があって、ズングリ号改め、ズングリ丸。遅くなったが、ここで、報告しておく。
二人分を{足|た}したワッチの時間が過ぎ、おれ一人のワッチになった。
闇夜……新月なのか、{将又|はたまた}、満月だけど曇りなのか……。
雲が空を{覆|おお}っているとき、おねえさん先生たち漂海民は、どうやって方位を知ったんだろう……。
ある歌の歌詞が、奥深い記憶の底から、浮かび上がって来た。父さんが、ギターを{奏|かな}でながら、よく歌っていた歌の歌詞だ。
まだ幼かったはずなのに、{何故|なぜ}、{諳|そら}んじれるほどの多くの{語彙|ごい}が、記憶に残っていたのだろう……。
闇夜の国から二人で舟を出すんだ
海図も磁石もコンパスもない旅へと
(舟はどこへゆく♪)
うしろで舵をとるお前は あくびの顔で
夜の深さと夜明けの近さを
知らせる
歌おうよ 声合わせ
舟こぐ音にも合わせて
闇夜の国から二人
二人で舟を出してゆく
タカタカターン♪
ヒュールッヒューゥ……
タカタカターン♪
ヒュールッヒューゥ……
二人で{漕|こ}いでいる舟に、出逢うかもしれない。
父さんと母さんが、漕いでいる舟に……。
_/_/_/ 要領よく、このメルマガを読んでいただくために……。
Ver.,1 Rev.,7
https://shichimei.hatenablog.com/about
// AeFbp // 東亜学纂学級文庫
The class libraly of AEF Biographical novel Publishing