#### オオカミの実学紀行「文明の島で知る。文明と和と自然の{懸隔|けんかく}」{後裔記|119} ####
《懸隔! 深い溝、深刻な相違……その行方》
学徒学年 オオカミ 齢13
体得、その言行に恥ずるなかりしか。
《 懸隔! 深い溝、深刻な相違……その行方 》
「どうしたって、目立つよなッ!
沈没でもしない限り……。
{煤|スス}で汚れて黒ずんだ廃船寸前の木造船。しかも、黒煙を吐き出し爆音を立てながら、シュッポコ♪ シュッポコ♪ ……と、きたもんだッ!
そう言って頑張っちゃいるけど、どうも、走ってるふうでもない。ただ、漂っているだけ。しかもさ。風呂敷を広げるように{曳|ひ}いているフロートの下には、{夥|おびただ}しい数のどす黒い網籠だッ!」
サギッチの独り言は、声がでかい。
気に入らないので、言い返した。
「違う。
漂ってなどいない。進路を定めて、宜しく{候|そうろう}……{宜候|ようそろ}だ。オンコースで、カタツムリが{如|ごと}く……。
それを、『漂っているだけ』と言うなら、ただそれは、行き{脚|あし}が遅いだけのことだ。
{寧|むし}ろ、煤で黒ずんで薄汚くて、汗が{饐|す}えって臭いガキどもしか乗ってないことのほうが、よっぽど怪しいわい!」
すると、マザメが応えて、吠えた。
「誰が臭いのさッ!」
言わずもがな、デカい声。
そのときだった……。
鉄の扉の外から、{短靴|たんか}が床を叩く音……カツン♪ カツン♪ ……カツ。
灰色に何度も塗り直しされたような重々しい片開き戸が、外側に開く。男が二人。一人は、ヒノーモロー島の幽霊のおにいさんと同じくらいの年恰好。もう一人は、ムロー先輩より二つか三つ上って感じ。
二人とも部屋に入って来ると、若いほうのおにいさんが、後ろ手に扉を引き込んで、ガシャン♪と閉めた。
そして、年上のほうのおにいさんが、言った。
「臭くなんかありませんよ。
女性を怒らせるようじゃ、まだまだ、シーマンとしては失格だね。女性は、{労|いたわ}って差し上げなきゃあ。でないと、海は荒れ、地は乱れる。海が女性だって言うなら、地も女性だな」
ここは、怒るところじゃないなって思ったけど、やっぱり怒って応えて言う魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}!
「臭いのは、アンタたちのほうだろッ!
自分を大きく見せるから、臭いって書くのさ。なんか上から目線で、気に入らねぇ!」
「こりゃ、まいったなッ♪
こんど、万が一にも女性を怒らせてしまったら、君の忠言に{順|したが}うとしよう」と、年上のほうのおにいさん。確かに、上から目線の物言いに聞こえる。
そのとき、そんなことは、意に介さない……といった口調で、ムロー先輩が、口を挟む。
「あなたたちは、無チップですね」
「仕{来|きた}りの旅は、無駄ではなかったようですね、ムロー学人さん。その通りです。ぼくらは、文明エスノの無チップです」と、また年上のほうのおにいさん。
その言葉が流れた次の瞬間から、急に空気が冷えてきた。
{暫|しば}し……の、間。
再び、ムロー先輩。
「ワタテツとヨッコを乗せたフェリー……元い。オンボロ漁船も、{拿捕|だほ}されたってわけですねッ?」
「ダホってーぇ?? 『ダーァホッ!』って言われて、逮捕されるってことーォ?! ヨッコねえさん、逮捕されたのォ?」と、ツボネエ。正に、能天気!
すると、文明の野郎二人は、おれたちが腰掛けている木製のスツールと同じものを壁際から運んできて、おれら六人の前に腰掛けた。そして、年上のほうのおにいさんが、少し口元を{緩|ゆる}めて、語りはじめた。
「悪いことをしたわけじゃないから、逮捕じゃありません。そういう意味では、拿捕でもないんですけどね。
君ら自然エスノに手荒いことをしているのは、電脳チップを頭に埋め込んだ連中です。ぼくも、コイツも、埋め込んではいません。だからさっき、ムロー君がぼくらのことを、『無チップ』って呼んだんです。
その電脳チップを考え出したのが、君ら自然エスノを毛嫌いしている連中です。彼らは、権力と金を持っている。電脳チップを埋め込めば、権力が与えられる。権力があれば、金を集めることができる……。
でもね。金持ちになれるのは、ただ単に、権力が与えられるからだけじゃないんです。電脳チップには、様々なアルゴリズムが、プログラミングされているんです。
プログラミングされた数々の指令を遂行するために、いつなんどきでも、目的達成のための最適な方法が選択され、しかもそれは、即座瞬時に実行される。
それで君らは……オダブツ! って{訳|わけ}です。
君は、マザメさんでしたね。
確かに君が言うように、借金をしてでも電脳チップを埋め込もらおうとしている奴らは、自分を大きく見せることに躍起になっているので、プンプン臭います。
でもぼくらは、自分が大きいか小さいかなんて、まったく興味がないんです。だって、そうでしょう? ただ一人、ただ一頭、ただ一匹……みんな、たった一つの命を、必死で守っているだけです。それのどこが、大きいんですかァ?
乾季でカピカピに干上がって砂漠の上で{屍|しかばね}になってるカバや、泥沼に足を取られて{溺|おぼ}れ死んでプカプカ浮いているシマウマと、ぼくら人間……。
どこか、違うところがありますかァ?
ぼくら人間は、いつ死んでも、なんの不思議もありません。{寧|むし}ろ、生きていることのほうが、神秘怪奇の奇跡なんです。
君は、サギッチ君ですね。
君たちが拿捕されたのは、目立っていたからでも、子どもだけで船に乗っていたからでもないんです。
{唯|ただ}、自然エスノだからです。
それに、君たちが乗って来た船は、確かに今では、目立つには目立ちます。でも、{一昔|ひとむかし}前までは、当たり前の、普通の船だったんです。
昔は、石炭で走る船や、焼玉船って言って、ポンポンポンって、けったいな小さい爆発音みたいな音を立てて走る漁船なんかも、走ってたみたいです。どちらも、実物を見たことはないんですけどね」
殺風景な部屋だった。
(腹へったなーァ!!)と、思ったとき、ツボネエが、言った。
「ねぇ。アタイら、これから、どうなるのーォ?!」
すると、ムロー先輩が、口を挟んだ、
「それより、ワタテツとヨッコに逢えるかどうかを訊いたほうがいいな。奴らを見れば、どうなるかなんて、{嫌|いや}でも判る」
「逢えますよ。
君たちを{捕|つか}まえたのは、無チップですから。
生身の脳ミソのコトバ記憶には、『自然エスノを見つけたら、即座に殺せ!』なんて命令は、プログラミングも連鎖もされていませんからね。
それより、君が、スピア君ですねぇ?
さっきから黙り込んでるけど、ぼくが喋ったことのどこかに、{怪訝|けげん}に感じるところがありましたかァ?」と、年上のほうのおにいさん。
するとスピアの奴、{俄|にわ}かに、応えて言った。
「ない。……けど、文明と和と自然……。
何が、どこが違うのか、よく判らなくなった」
すると、今まで無口だった若いほうの文明エスノ無チップのおにいさんが、応えて言った。
「君なら、チップ野郎どもに勝てる戦略を、思いつけるかもしれないね。
答えは、簡単さ。
懸隔……深い溝、深刻な相違さ。
和のエスノは、組織や人に貢献できることに、集中して生きている。その組織や人が、世のために貢献していれば、自分も、世のために貢献していることになるからね。
次、君ら自然エスノは、自然の一部だ。全体は、無数の一部の集合体だ。だから君らは、自然の一部で{在|あ}り続けなければならない。
そしてぼくら、文明エスノ。自分のために、生きる。人類は、自分という一人ひとりの集合体だ。一人ひとりが幸せになれば、人類は繁栄する。
以上だ」
開いたスピアの口が閉じたのは、その若いほうのおにいさんの解答を聴き終わって四十五分{経|た}ってのことだった。
**{格物|かくぶつ}**
貢献できることに、集中する。
これさえ出来れば、{莫|まく}妄想などという面倒っちい修行も、不要だッ!
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