MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.160

#### ようちえんのある森 マザメ {後裔記|160} ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 学徒学年 **マザメ** 齢13

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 不安と不満に満ち{溢|あふ}れたまま、無言でコペンハーゲンの空港に降り立った。

 ここは、デンマーク。どうやら、大きな島みたい。
 テッシャンのおっちゃん、オオカミの野郎、スピアとは、ここで別れた。
 {奴|やつ}ら三人は、ここで乗り換えて、スウエーデンへと向かったのだった。

 残されたのは、あたいと……ジュシのにぃやん!
 どうも、頼りにならないっていうか、信用できないっていうか、{兎|と}にも{角|かく}にも、実に不安。
 {仕来|しきた}りの旅でコペンハーゲの海辺を歩いた日の思い出を、誰かが、後裔記に書いてたっけぇ?
 どんな内容だったかは、忘れたけど。
 まァ……てなわけで、あたいとジュシにぃが、デンマークに潜伏と相成ったとさァ!
 なんか、まるで{他人事|ひとごと}。

 年季の入った護岸が、どこまでも続く。
 大きな商用港湾だ。
 岸壁に立ち止まって、ジュシにぃが言った。

 「俺一人なら、人魚象のちょっと手前の公園に行って、素っ裸のおねーさんやおばちゃんたちを見学するところだけど、さすがに、興味無いだろッ?
 ここは、シェラン島。
 デンマークは、ドイツと接する大陸の国なんだけど、{何故|なぜ}か首都は、この島の中にある。
 この国には、王様も{居|い}るんだ。
 ブルートゥースって、知ってるだろッ?
 電波が青い歯だなんて、変だろッ?
 なんで歯が青く見えたかっていうと、虫歯だったからなんだ。
 *電波*の*出っ歯*の話じゃなくて、この国に昔居た王様話さァ。
 あのさァ……。
 不満なんだろッ?
 殺風景な岸壁なんかに連れて来られてさァ。
 でも、俺が、マザメ君を、推挙したんだ。
 推挙するほどの仕事がある{訳|わけ}じゃない。
 森、好きなんだろッ?
 この国には、森の中に家を持つ人たちが、多いんだ。
 『森のようちえん』ってのもあるしねッ♪
 この島にも、森はいっぱいあるんだけど、俺らがこれから暮らす森は、ロラン島ってところにある。
 この島の南。その島の先は、もうドイツの半島だ。
 電車で二時間以上かかるけど、さっき言った『森のようちえん』もあって、素敵な森が、いっぱいあるよ。たぶんね。
 なんで『たぶん』かって言うと、俺もまだ、その島には行ったことがないんだ。
 俺が行ったことがあるのは……{嗚呼|ああ}、例の仕来りの旅ね。この島の西側にある、フュン島。
 オーデンセっていう都市があってさァ。
 あの、アンデルセンが生まれた島さ。
 どうだい?
 素敵な国だろッ?」

 まァ、森に住めるなら……でも、山小屋に独りってわけじゃなさそうだし!
 誰かに気を{遣|つか}って生活するんなら、べつに森じゃなくても、海の中でも{同|おんな}じこったァ!
 アンデルセンの童話なら、『人魚姫』ってところなんだろうけどさァ。あたいは、{如何|いかん}せん、魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}らしいからさァ。
 海の中に{潜|もぐ}ったって、あたいは、お払い箱か、精々、{厄介|やっかい}払いが関の山だろうさァ。
 どっちに転んでも関の山なら、あたいは、森の中の古ぼけた山小屋で、ひっそりと独り暮らしがいいねぇ♪
 まァ、そうも言ってられない状況だけどさァ。

 電車の中で……ジュシにぃは、読書。
 あたいも、仕方なく、然修録に備えて……読書。

 ジュシにぃは、「森のようちえん」の見学を、楽しみにしているようだった。
 電車の中で、こんなことを言っていた。
 独り{言|ご}ちるように……。
 「北欧は、幼稚園の発症の地だからなッ♪」
 そういえば、スピアも、飛行機の中で、力説していた。
 「世界大戦のころ、スウエーデンでは、お父さんは戦争に行き、お母さんは軍需工場で働いて、家には、子どもたちだけが残されたんだ。
 すると、そんな子どもたちを集めて預かってくれるような習慣が、出来上がってきた。それが、幼稚園の起源さァ♪」
 (あいつは、地獄行きの飛行機に乗せられても、地獄の歴史やらなんやらを調べて、力説するんだろうなッ!)と、{何気|なにげ}に思うあたい。

 あたいとジュシにぃは、「森のようちえん」がある森の入り口で、一旦別れた。
 ジュシにぃが、言った。
 「カラスんには、気をつけろよッ!」
 「まっぴらゴメンだね、そいつだけはァ!」と、あたい。
 それだけ言って、森の奥へ奥へと、あたいは歩いて行った。
 ふと、無意識に、いろんな言葉が、頭に浮かぶ。
 「今夜、どんな家に泊めてもらうんだか。
 まァ、タダで泊めてもらうんだ。
 だって、あたい、金なんか持ってないし。
 恩義の代償で金を差し出すなんて、そんな、いっちょまいに大人びた真似事は、あたいには出来ない。
 だから、『おやすみなさい』と『おはようございます』くらいの挨拶は、ちゃんとしなきゃねッ!」

 そんなこんなで、ずいぶんと、歩いた。

 森の有り様が、矢庭に変わる。林道の行く手が、急に{繁|しげ}くなってきたのだ。
 頭上を舞う鳥たちも、急に増えてきた。
 {鴉|カラス}じゃないけど、トンビとかハヤブサみたいな、{図体|ずうたい}のでっかい{類|たぐい}の{奴|やつ}らだ。

 魔性の鮫の直観……。
 (引き返そう!)

 そう思ったあたいは、来た道を、引き返した。
 そのつもりだった。
 {暫|しばら}くして、気がついた。
 明らかに、風景が違う。
 逆方向から見た違いなんていう{生易|なまやさ}しい違いじゃない。
 (池なんか無かったし……)
 そして、即座に決断。
 (さっきの折り返したところまで、引き返そう!)

 ……と、そのときだった。
 (山小屋?)
 板張り……小さいけど、どうやら、二階もあるように見える。
 一階の窓からは、薄明かりが漏れている。
 夕暮れだということを、そのとき初めて気がついた。
 意を決して、ドアを叩く。
 トン、トン、トン♪
 出て来たのは、かなり高齢なオッサンだった。
 高齢といっても、「ヨボヨボの爺さん」という意味ではない。

 「お待ちしておりました。
 さァ、どうぞどうぞ……」
 ……と、意外な言葉が、両の耳に飛び込んでくる。
 「一階は、普段私が{居|い}るところでね。
 まァ、書斎ですわァ。
 二階は、仮眠室兼、接見のための小部屋兼……まァ、雨天と厳しい冬場の物干し部屋ってところですわァ」

 おっちゃんは、そう言うなり、あたいを二階へと{誘|いざな}いだ。
 接見の小部屋に、明かりが{灯|とも}る。
 その柔らかく涼し気な明かりに手を引かれるかのように、部屋の中央に置いてある和風の古ぼけた座卓に導かれた。
 外は、真っ暗闇。
 (こういうのを、五月闇っていうのかしら。夏だのに……)と、何気に思いながら、視線を窓から足下の座卓に戻そうとする……と、少し{歪|いびつ}に重ねられている布団に目が行った。
 (サンドイッチ……? やれやれ)と、脳裏に書き{殴|なぐ}った。
 布団に挟まれているのは……人間、ジュシにぃだった。

 そのとき、屋根に落石でも落ちてきたような、おおきなバサバサバサ……という耳障りな物音が運ばれてくる。
 思わず、驚いたような反応をしてしまった。
 「心配は要りません。
 トンビですよ。
 タカなのかもしれませんが、私は、『トンビ』と呼んでいます。
 頭のいい、愛嬌のある子たちですよ。
 ちょっと……元い。かなり、不器用ですけどねぇ♪」
 と言って、おっちゃんが、にこっと微笑んだ。

 (あたいは、どこに寝かされるんだろう。
 たしか「仮眠室」って言ってたから、おっちんは、ここには泊まらないのかもしれない……まァ、どっちゃーでもいいわァ♪)
 と、そんなことを思いながら、あたいは、無意識のうちに、微笑んでいたようだった。

 森も、山小屋も、言うこと無し♪
 願わくは……ジュシにぃよッ!
 早く、{速|すみ}やかに、とっとと、「出て行ってくれーぇ♪」で、ある。

_/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/
美童(ミワラ) ムロー学級8名

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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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