MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.163

#### イタリアでの始末が悪い話 ワタテツ {後裔記|163} ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 門人学年 **ワタテツ** 齢17

 まァ、イタリアでの最初の夜の{経緯|いきさつ}は、ヨッコが後裔記に書いていた通りのなんだが……{強|し}いて付け足すなら、「{餅|もち}を焼いて食えんかったんが、唯一の心残りじゃったかのーォ」……みたいな。

 浦町の方言が、妙に{懐|なつ}かしい。
 変なことを、思い出した。

 {仕来|しきた}りの旅で何も得られず学べずのまま、負け犬のように浦町に戻って来たとき、最初におれに声をかけてきたのは、{鷺助屋|さぎすけや}の{爺|じい}さんだった。
 鷺助屋と言えば、サギッチの生家だ。
 立派な祖父が{居|い}て、教育者の母が居て、なんであんなポカーンとした{年中|ねんじゅう}晴天ボーイが出来上がったんだろうかァ?
 まァ、大器晩成という言葉もある……と、いうことにしておこう。
 で、その鷺助屋の爺さんは、おれを{掴|つか}まえると、{斯|こ}う言った。

 「わしらの先祖が、{黒鷺|くろさぎ}いう男じゃいうんは、知っとるじゃろォ?
 {平能登守|たいらののとのかみ}の家来じゃったんか、平家の{傭兵|ようへい}の野島の水軍の{海賊|かいぞく}じゃったんか、定かじゃないがの。
 でものお。
 一つだけ、{判|わか}っとることがある。
 黒鷺いう男は、根っからの忍者じゃったねぇ。
 忍者の忍は、忍術の忍。
 忍術の忍は、{堪忍|かんにん}の忍じゃ。
 つまり忍術いうんは、忍び込むための{技|わざ}じゃのうて、堪忍するための技じゃいうことなんよォ。
 堪忍……じっと、我慢。
 その長い長い我慢との闘いが、辛抱じゃ。
 忍者の忍いう字は、心の上に刃が{載|の}っとるじゃろッ?
 少しでも心を{騒|さわ}がせば、心臓が切れて、死んでしまう。
 {戦|いくさ}いうんは、計と計のぶつかり合いよねぇ。
 じゃろッ?
 たとえ、お手上げの計略に{嵌|は}まってしもうたとしても、あともう{一息|ひといき}だけ{堪|た}え忍ぶ心構えが、奇跡を起こすんよねぇ。
 {鋳鉄|ちゅうてつ}は{脆|もろ}いが、{鋼|はがね}から造った{鋳鋼|ちゅうこう}は、強い。
 人の心も、似たようなもんじゃあ。
 なんぼ{鍛|きた}えたいうても、鋳鉄じゃつまらん。
 素材の心が{鋼|はがね}みたいに強うないと、結局はやられ放題じゃあ。
 心は、不落不動で{居|お}らにゃいけん。
 『{和|あ}える』いう言葉を、知っとるじゃろォ?
 家族{団欒|だんらん}に縁のない{美童|ミワラ}のおまえらが知らんかっても、{可笑|おか}しゅうはないがのォ。
 和える……。
 意味、{解|わか}るかァ?
 文明{民族|エスノ}の連中は、平和の和じゃことのぬかしゃーがる。
 和の{民族|エスノ}の人らァは、知っとってもそれを{質|ただ}す気力を、{既|すで}に持たん。
 この、『和える』という言葉の真意こそが、闇に沈んだヒト種存続の突破口を照らして{射貫|いぬ}くことが出来る唯一の{鏃|やじり}なんじゃ。
 じゃから、おまえら今どきの{美童|ミワラ}の知命は、責任重大なんよねぇ。
 悩む暇があったら、考えーぇ!」

 ……とまァ、こんな感じだった{訳|わけ}だ。
 おれたち自然の一族は、所詮、少数派の手勢でしかない。
 棒磁石に{纏|まと}わりついている砂鉄みたいなもんだ。
 両の極で{対峙|たいじ}している二つの亜種。
 おれたちは、対峙する亜種を拒絶した結果、閉鎖的な浦町や離島に追い{遣|や}られた収監者のようなものかもしれない。
 おれらは、砂鉄役者だ。
 役者は、既に揃っている。
 あとは、演じながら、幕が下りるのを待つだけだ。
 でも、それを、誰かが、邪魔してる。
 結果はどうであれ、幕が下りるまで、なんとしても演じ続けなければ……。

 「いやはや、知命前の門人学生は、悩みも多いようじゃのーォ♪」

 ふと我に返って振り返ると、モクヒャさんが、ニコニコと笑みを満面にした顔で、おれを見下ろしていた。
 「一番欲しいものを得たいときは、何をすればいいか、{判|わか}るかァ?」
 と、モクヒャさんが言った。
 (そんなもん判っとったら、もうとっくに知命しとるわい!)と、{咄嗟|とっさ}にそんなことしか思い浮かばなかったおれの頭上で、モクヒャさんは話しはじめた。
 「簡単ようねぇ……」
 (てか、海外に来ると、なんでみんな方言に戻るんだかッ!)と思いながらも、努めて意識を集中させようとするおれ。

 「今持っとる一番大事なもんを、差し出しゃあえんよねぇ。
 {美童名|みわらな}も{武童名|たけらな}も、漢字じゃのうて片仮名なんは、なんか変じゃとは思わんかァ?
 文明の{奴|やつ}らなら、その名前が英語じゃろうとアラビア文字じゃろうと、どうでもせいじゃが、伝統を重んじる我ら自然{民族|エスノ}の名前が横文字じゃあいうんは、わしは、どうにも{解|げ}せんかった。
 実は、美童名も、武童名も、命名のときは、漢字なんじゃ。
 その一番大事な命名を、神に差し出す。
 じゃけぇわしら地上の自然の民である青人草は、己の名前を片仮名で書くんじゃあ。
 一番大事な命名を差し出して、一番知りたい天命への道を教えてもらういう{訳|わけ}じゃ。
 それが、知命じゃ。
 それだけ、名前の漢字には、大事な意味が込められとるいう訳よねぇ。
 名前の字は、その者の志、理想、情操を{顕|あらわ}す。
 例えば、『諒』という字。
 『りょう』と読むが、『まこと』とも読める。
 誠とか真実とかいう意味じゃから、一見、ええ名前のように思えるじゃろォ?
 ところがじゃ。
 実際には、真面目{故|ゆえ}にカチコチピキンコの融通が{利|き}かん、{窮屈|きゅうくつ}な属性が顕れてしまう。
 運命というものは、そんな善い命も悪い命も、ぜんぶ背負うて運んで行かにゃあならんのよォ。
 人の道というものは、実に始末が悪い。
 じゃから、始めが大事なんじゃ。
 悩む暇があったら、考えーやァ!」

 (どっかの爺さんからも、聞いたなァ。それ……)と、何を考えればいいかも判らないまま、また{俯|うつむ}いて想いに{耽|ふけ}るおれだったが、{徐|おもむろ}に立ち上がると、ホテルの窓越しに、{足下|そっか}で{息衝|いきづ}く街並みを{何気|なにげ}に眺めた。 

 (なんでイタリア人……元い。
 なんでネイポー人は、路面電車が走り出してから無理矢理にでも乗り込もうとするんだろう。
 おれなら観念して、駅まで歩くけどなッ!
 そんな、遠い訳でもないのに……)
 と、悩むのをやめて、考えることにしたおれだった。 

 _/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/
 ミワラ<美童> ムロー学級8名

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 吾ヒト種     われ ひとしゅ
 青の人草     あおの ひとくさ
 生を賭け     せいを かけ
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 ルビ等、電子書籍編集に備えた
 表記となっております。
 お見苦しい点、ご容赦ください。

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