#### 真っ赤っ赤、哀愁の{白夜|びゃくや} スピア {後裔記|164} #### 体得、その言行に恥ずるなかりしか。 少年学年 **スピア** 齢11 「お客さんよォ! 申し{訳|わけ}ないんだが、もうちと小さい声で話してもらえねぇかなァ。 {文|ふみ}さまのラジオ番組が、{始|はじ}まったんだわッ♪」 「おまえの声、でかいんだってさァ」と、オオカミ先輩。 一心不乱に味噌野菜ラーメンを{啜|すす}っている。 目は野菜の山を見つめているけど、明らかに、ぼくに向かって言った言葉だと{判|わか}る。 説明するまでもないけど、ラーメン店のおっちゃんに注意されたのは、「空気は読むものではなく、吸って吐くもんだッ!」と、いつぞや豪語していたオオカミ先輩の方だった。 てか、この世のものとは思えないような美しい街並みのストックホルム……今まさにぼくらは、月面に降り立ったような感動を覚えながらこの街に自分の足で立っている。 しかも今日は、北欧の人たちがバカンスの最終日を惜しむ日……花火大会の日だ。 運よくそこに居合わせることが出来たっていうのに、なんでラーメン店なんだかッ! 誤解を招きそうなんで書いとくけど、そもそもラーメン店に入って店内でラーメンを食らうなんてことは、ぼくら自然{民族|エスノ}の{子等|こら}にとっては、疑いようのない贅沢なのだ。 (だったら、素直に喜びゃーァいいじゃん!)って、思う? 月面と同じくらい、遠くて神秘的な場所……今まさにそこに{居|い}るのに、壁に囲まれたラーメンのカウンターでラーメンを啜ってる? ぼくに言わせたら、有り得ない! それに、このラーメン店の店主も店主だ。 フミサマだかカミサマだか知らないけど、短波じゃあるまいし、日本のラジオ放送がリアルに入るわけないじゃん! どうせ、ネットのラジオアプリでしょ? だったら、仕事が終わってから、{独|ひと}りでゆっくり、思う存分に聴けばいいじゃん。 そんな、子どもらしくない{捻|ひね}くれたことを考えていたせいか、ぼくが食べていた{山葵|わさび}ラーメンが、{俄|にわ}かに暴動を起こしはじめた。 鼻に、ツーン! 涙、涙、涙......。 ラーメン店のおっちゃんが、言った。 「くるだろッ? {俺|おれ}の田舎、東北なんだけどな。 山が{競|せ}り出した半島の西側にあるちっちゃなちっちゃな町なんだけどさァ。 半島の奥に、山が{聳|そび}えててな。 その{山麓|さんろく}に、天然の{渓流|けいりゅう}式{水山葵|みずわさび}のポイントがあるんだ。 冬が来て、水温が10℃を切った頃に採れるのが、抜群でな。 そうさ。 坊やが食ってんのが、その水山葵さ。 べしゃーァ?? なすーぅ!!」 ぼくは、何も言っていないのに……店主のおっちゃん、{独|ひと}りで納得して、しかも上機嫌みたいだ。 久しぶりの日本人客で、なんかそれだけで嬉しいのかもしれない。 国に帰れば、三つの亜種が*いがみ*合って、{既|すで}に殺し合いも始まってるっていうのに、現実はどうであれ、やっぱり「{兎|うさぎ}追いし故郷」ってのは、懐かしくて仕方がないらしい。 黙々と涙目で*ざるそば*を食っていたテッシャンが、水山葵がたっぷり溶け込んだ麺つゆに{蕎麦湯|そばゆ}を{注|そそ}いでいる。 (同じ水山葵を味わって涙するんなら、ぼくも*ざるそば*にすればよかったなァ!)と思いかけたけど、直ぐに思い直した。 (そもそも、*ざるそば*なんて、メニューのどこにも書いてないじゃん!) ……と。 このほうが、*ぼくらしくて*いい。 蕎麦湯を{美味|おい}しそうに、ふうふうしながら啜っていたテッシャンが、ぼそっと言った。 「ヨーロッパ各地から遊びに来ている観光客たちは、バカンス半ばで大盛り上がり! でも、ご当地スウェーデンの人たちは、短い夏のバカンスの最終日。 今夜の眠らないストックホルムの街は、何かその……{哀愁|あいしゅう}の粒子が飛び交ってるみたいだな」 テッシャンも、{日|ひ}の{本|もと}が懐かしいのかな。 ……というより、戦禍が{強|したた}かに焼け拡がっている祖国を、{遣|や}るかたなく{憂|うれ}いているだけなのかもしれない。 そして、*憂う*という感情が欠落したというか、元々そんな感情を備えていないオオカミ先輩が、店主のおっちゃんに聞こえないくらいの小声で、言った。 「あーァ……。 おれも、ワタテツ先輩やヨッコさんたちと一緒に、イタリアへ行きたかったなーァ。 おまえさァ。 パエリアって、知ってるかァ? それ、いっぺん食ってみたいんだよなーァ!!」 そのときだった。 「君ら、{美童|ミワラ}だろッ?」 これには、テッシャンも驚きの色を隠せないようだった。 店主のおっちゃんが、続けた。 「誤解しないでくれよなァ。 俺は、{武童|タケラ}じゃない。 和の{民族|エスノ}の研究者だったんだ。 研究者って言っても、俺が君らくらいの頃は、ただの不良少年だったんだけどな。 まァ、その辺の話は省くとしてだ。 そんな不良少年がさァ。 テレビの青春学園ドラマを観て、『俺も、高校へ行きたーぃ!!』なんて、思った{訳|わけ}さ。 友情や根性が、胸に響いた。 それが、一番だ。 アマテラスに{誓|ちか}って、{嘘|うそ}じゃない。 でもな。 脇役の女子高生の一人が、{好|い}い味出しててさァ。 そのおねーさんがさァ、そりゃまた*さるまた*、男心をくすぐるのよーォ♪ ({賢|かしこ}い女ん人って、こういうのを言うんだなーァ)って、子ども心にも思ったもんよ。 それがさァ。 何年も{経|た}って、大学受験のときさ。 午前三時、ラジオの深夜番組……なんと! そのサルマタねーさんが、パーシナリティーをやってたんだ。 俺が志望の大学に入れたのは、そのおねーさんのお{蔭|かげ}っていうかさァ。 三年間、声だけだけど、元気づけてもらったってわけさ。 ……で、その大学なんだけどな。 俺が、その大学四年間で学んだことは、たったの二つ……本当に、二つだけだったんだ。 一つ。 学問に、ゴールは無い。 二つ。 {何|いず}れ、この星のヒト属は、内紛で絶滅する。 {何故|なぜ}かァ? 自然{民族|エスノ}の期待の星の君らなら、もう判ってるだろッ? 俺たちヒト属は、{戦|いくさ}と何百年も何千年も付き合ってきたし、これからも、何百年も何千年も、付き合っていかなくてはならない。 *そのために不可欠*とされてきた原則が、三つある。 一に、抑止力。 対話に持ち込むために、必要だ。 二に、外交。 戦を終わらせるために、必要だ。 三に、覚悟。 戦争は、始まってしまったら、何がなんでも勝たなければならない。 {嗚呼|ああ}……{今宵|こよい}も、余談が過ぎたようだ。 ラーメンも蕎麦も、今夜は、おかわり自由だ。 腹いっぱい、食ってくれッ! これも、裏メニューさ♪」 ドーォン♪ パチパチパチ……。 オオカミ先輩が、独り{言|ご}ちた。 「ドーンとでった花火がきーれいだなーァ♪」 (今ごろ、あの天井の{遥|はる}か上空で、花火が真っ赤っ赤に拡がってるんだろうなァ……) ぼくら三人は、*おかわり*を辞退して、ストックホルムの{雑踏|ざっとう}の中へと消えて行くのだった。 _/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/ ミワラ<美童> ムロー学級8名 =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= 吾ヒト種 われ ひとしゅ 青の人草 あおの ひとくさ 生を賭け せいを かけ =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= ルビ等、電子書籍編集に備えた 表記となっております。 お見苦しい点、ご容赦ください。 ● amazon kindle ● 『亜種記』全16巻 既刊「亜種動乱へ」 上、中、下巻前編 ● まぐまぐ ● 「後裔記」「然修録」 ● はてなブログ/note ● 「後裔記と然修録」 ● LINE ● 「九魚ぶちネット」 ● Facebook ● 「東亜学纂」 // AeFbp // A.E.F. Biographical novel Publishing 東亜学纂