#### 青い家と{血潮|ちしお}色の{若鷲|わかわし} マザメ {後裔記|168} #### (青い虫歯の青歯王、ブルートゥース……かーァ!!) 背後に立たれたことに気づいたのは、そう思ったときだった。 手遅れ! 森に住まう美少女のあたいとしては、一生の不覚ってやつーぅ?? このへんは、雑草が伸び放題だ。 人間どころか、狼が忍び寄って来たって、その気配は、わかる。 だのに、真後ろに立たれるまで、一切何も気配を感じ取ることが出来なかった。 しかも、「防犯上、とっさに振り返る」という基本行動さえ、できなかった。 まさに手遅れ、万事休すだ! 幸い、飛んできたのは、{槍|やり}でも鉄砲の玉でもなかった。 優しい老人の声……。 高齢だけど、{若気|わかげ}な山小屋のオチャン。 あの山小屋に着いたときから終始一貫、優しいだけの{爺|じい}さんだけど、一体全体、本当は何者なんだろう。 そのオチャンが、背後で言った。 「いくら見てたって、ハーラル一世ゴームソンは、出てきませんよ。 もっとも、出て来たとしたら、よぼよぼの爺さん幽霊でしょうけどね。 一〇三六年前に、{亡|な}くなってますから。 あの青い家に住んでいたのは、青歯王じゃないんです。 しかも、外は青一色なのに、家の中は、赤一色だ。 血塗りでね」 振り返ることもできず、声も出ず! ただニコニコ笑いながら(たぶん)、優しい声を掛けられているだけなのに、まるで、両手両足をケツの後ろで{縛|しば}られて{海老反|えびぞ}りになったみたいに、あたいは、両足を突っ張ったまま、上体だけをシーソーのように動かすことしかできないでいる。 (それにしても、血塗りってぇ?) オッチャンが、背後から迫る。 ついに、あたいの隣りに立った。 そして、あたいの視線の先と同じところを見{遣|や}りながら、優しい声で話を{繋|つな}げた。 「七人家族だったんです。 仲の{好|い}いね。 爺ちゃんと婆ちゃん。 とうさんにかあさん。 お姉ちゃんが二人に、末っ子のやんちゃ坊主が一人。 {真昼間|まっぴるま}ですからね! 七人も{居|い}れば、誰か一人くらいは、どうにか逃げて生き延びていても不思議はないんですが……。 それが、魚を血抜きでもするかのように、七人全員、首、両腕、両{脚|あし}と、骨までぐちゃぐちゃに{断|た}ち切られていたんですよ。 それで、さっきの家の中の床や壁の色の話ですよ。 事件の前は何色だったかまでは記録に残されていませんが、事件直後に現場に入った人の記録によれば、まさに部屋中が血塗りで真っ赤に見えたそうです」 「誰がそんな……」と、あたい。 自分で聞いても恥ずかしくなるような、絞り出すようなしゃがれた声! オッチャンも、笑顔を消して、そして、言った。 「ザクセンだのアングラだのと、海賊が横行していた時代ですからね。 町中で{残虐|ざんぎゃく}な光景を見ることも、少なくなかったことでしょう。 だから欧米では、心理学という学問が早くから確率して、様々な臨床試験が繰り返されてきたのかもしれません。 それにしたって、あの青い家の事件は、{酷|ひど}すぎる。 あなたたち{日|ひ}の{本|もと}の国には、犯罪心理学というお役所の専門用語があるそうですね。 それに当てはめるならば、犯人は、情性欠如者に間違いありません。 同情、良心、後悔といった人間特有の心の動きが、根本的にすっぽりと抜け落ちて欠けてしまっているんです。 しかも、この事件の犯人の場合は、それだけではありません。 差し詰め、背徳症候群ってところでしょうか。 情性欠如者に加えて、抑制欠如型障害と爆発性の性格を{併|あわ}せ持っている人のことです。 欧米では、これらの病名に該当するような言葉がありません。 {強|し}いて当てはめれば、アメリカのB群人格障害でしょうか。 そのカテゴリーの中に、反社会性人格障害というのが出てきます。 {何|いず}れにしても、この事件の犯人は、繰り返して犯罪を{犯|おか}す傾向がありました。 それを断定するに足りる理由が、あったんです。 自分の利益や快楽のために、平気で人を{騙|だま}すこと。 衝動的で、カッとなると直ぐに切れて、暴力を振るってしまうこと。 身の危険に対して、向こう見ずなこと。 、無責任で、良心の{呵責|かしゃく}が欠如していること」 「そんな……。 でも、似たような人間は、今の時代、あたいらの国には、いっぱい{居|い}ると思うけど……。 だけど、そこまでは……。 誰が、そんな……」 ……と、あたいは、返答に困りそうな{独|ひと}り言を、ただただ{呟|つぶや}くことしかできなかった。 オッチャンが、無理に笑顔を作るかのような{歪|いびつ}な顔になって、言った。 「あなたと同じ年頃の、少女だったんです。 まだあどけない顔の、美少女だったようです。 昔の人間は、今の私たちよりも、ずっと腕力が発達していたんでしょう。 {斧|おの}や、あなたたちの国の{太刀|たち}のような刃渡りの長い包丁を使ったとしても、逃げ惑う七人全員の首と両手両足の骨をたたっ{斬|き}るなんていう芸当は、そう簡単には出来るはずがありません。 {寧|むし}ろ、本当に発達の差異が大きかったのは、知能のほうだったんじゃないかって思うんです。 ここをやった少女の知能は、今の時代の大人たちの平均的な知能と比べると、数倍から十数倍も発達していたのかもしれません。 でもね。 その後の研究で明らかになったのは、そこじゃあないんです。 子どもたちは、幼い頃に大人たちにされたことと同じことを、大人になってから、他の大人たちに対して平気でやってしまうんです。 まだそれだけなら、特例中の特例ってことで済まされたかもしれません。 でも実際は、犯罪者が、大量生産されるようになってしまった。 子どもってね。 悪いことをしても、大人たちからこっぴどく怒られたり、厳しく{躾|しつ}けられたりしなかったら、それが悪いことだって認識することができないんです。 だから、ここの事件の少女は、他人を何人殺しても、何十人の首や両手両足の骨をぶった切っても、それを悪いとか、申し{訳|わけ}ないとか、{可哀想|かわいそう}だとか、そういった罪の意識を、一切持っていなかったんです。 だから、親になるって、本当は、たいへんなことなんです」 オッチャンの後ろ姿を見送りながら、森の{木漏|こも}れ日が徐々に角度を変えてゆく{様|さま}に、今更のように気づく。 {暫|しばら}くは、その{仄|ほの}かな感動に浸っていた。 (そんなサイコパスみたいな{同胞|はらから}たちと、あたいらは、戦わなくてはならないのだ。 あたいらの出番になって、祖国に戻ったときに見えるものは、一体全体、どんな……) どれくらいの時間、その場にそのまま立ちすくんでいたのだろう。 意識が{朦朧|もうろう}として、{座|すわ}り込んだ矢先のことだった。 何かが天から{降|くだ}り、その天を突き刺すように{聳|そび}え立っている大木の枝に、その何かが{下|お}り立った。 真っ赤な{血潮|ちしお}色の若{鷲|わし}。 どこを見るともなく、ただ枝の上に立っている。 この星の未来を、見{据|す}えているのだろうか。 果たしてそこに、この星の未来は、存在しているのだろうか……。 第一集 了 第二集へと、つづく。 _/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/ ミワラ<美童> ムロー学級8名 =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= 吾ヒト種 われ ひとしゅ 青の人草 あおの ひとくさ 生を賭け せいを かけ =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= ルビ等、電子書籍編集に備えた 表記となっております。 お見苦しい点、ご容赦ください。 ● amazon kindle ● 『亜種記』全16巻 既刊「亜種動乱へ」 上、中、下巻前編 ● まぐまぐ ● 「後裔記」「然修録」 ● はてなブログ/note ● 「後裔記と然修録」 ● LINE ● 「九魚ぶちネット」 ● Facebook ● 「東亜学纂」 // AeFbp // A.E.F. Biographical novel Publishing 東亜学纂