お試し亜種記
一年が経ち、エセラは六歳になった。
矢庭に後裔記を書きはじめ、物語は、唐突にはじまった。
とうさんに、言われた。
「おまえたちには、生まれ持った美質がある。
それを、護り抜け。
そのためには、武の心が必要だ。
それを、養え。
そのためには、知命せねばならん。
息恒循を学び、それを、然修録に残せ。
旅を、せねばならん。
立命期が終わる前にな。
その旅で感じたことを、後裔記に残すのだ。
知命するまで、そのことを{怠|おこた}るな。
知命したならば、己の運命を進め。
それが、運命期だ。
天命に到るまで、自反と格物に{悖|もと}るな。
行動を学として、前に進み続けるのだ。
そして、{武童|タケラ}となれ。
それが、我ら自然{民族|エスノ}の使命だ」
なんのことだか、とんとわからない。
だってぼく、六歳だから。
でも、とうさん怖いから、一つづつ、学んでみた。
そして、それを一つづつ、やめちゃった。
人の一生は、一つ。
あたりまえじゃん!
{天命|てんめい} (生涯道徳、その一生。四十九年間。零歳から四十八歳までの人生)
じゃあ、百歳まで生きた爺ちゃんや婆ちゃんは、二回人生があったってこと?
人生が二度あって、よかったじゃん♪
十四歳で、大人になる。
無理、無理!
{立命期|りつめいき} (天命の前期十四年間。この時期の学童を、{美童|ミワラ}と呼ぶ。実父母が命名した{美童名|みわらな}を名乗る)
{運命期|うんめいき} (天命の後期三十五年間。この時期の年代を、{武童|タケラ}と呼ぶ。自ら己に命名した{武童名|たけらな}を名乗る)
十三歳までに、悪いことやっとかなきゃってこと?
忙しいじゃん!
人生は、七年間が七回。
{幼循令|ようじゅんれい} (零歳から六歳までの最初の七年間)
{少循令|しょうじゅんれい} (七歳から十三歳までの七年間)
{青循令|せいじゅんれい} (十四歳から二十歳までの七年間)
{若循令|にゃじゅんれい} (二十一歳から二十七歳までの七年間)
{反循令|はんじゅんれい} (二十八歳から三十四歳までの七年間)
{格循令|かくじゅんれい} (三十五歳から四十一歳までの七年間)
{徳循令|とくじゅんれい} (四十二歳から四十八歳までの最後の七年間)
四十にして惑わずって、中国の偉い学者が言った言葉だよね?
それと、同じことだよね?
その七年間の一年一年にも、名前がある。
{飛龍|ひりゅう} (一年目)
{猛牛|もうぎゅう} (二年目)
{猫刄|みょうじん} (三年目)
{嗔猪|しんちょ} (四年目)
{悪狼|あくろう} (五年目)
{石将|せきしょう} (六年目)
{鐵将|てっしょう} (七年目)
これ、{循令|じゅんれい}だって。
凝り過ぎだな。
やめてーぇやーァ!
季節は、七つもある。
{想夏|そうか} (七、八月)
{起秋|きしゅう} (九、十月)
{執冬|しっとう} (十一、十二月)
{烈冬|れっとう} (一、二月)
{結冬|けっとう} (三月)
{敲春|こうしゅん} (四、五月)
{還夏|かんか} (六月)
これ、{時令|じれい}だって。
めんどっちい。
四つでいいじゃん!
一週間は、七日。
よしよし♪
でも……。
{七養|しちよう} (日曜日)
{自修|じしゅう} (月曜日)
{内努|うちゆめ} (火曜日)
{五省|ごせい} (水曜日)
{自反|じはん} (木曜日)
{六然|りくぜん} (金曜日)
{人覚|にんがく} (土曜日)
これ、{恒令|こうれい}だって。
めんどっちい。
月月火水木金金でいいじゃん!
一日は、七つの刻。
江戸時代かァ!
{腹想|ふくそう} (午後九時から午前三時まで)
{頭映|ずえい} (午前三時から四時まで)
{体敲|ていこう} (午前四時から五時まで)
{然動|ぜんどう} (午前五時から七時まで)
{烈徒|れっと} (午前七時から午後六時まで)
{考推|こうすい} (午後六時から八時まで)
{気養|きよう} (午後八時から九時まで)
これ、{伝霊|でんれい}だって。
わけわかんない!
次は、忍者かな!
ひと息つくだけなのに、またまた小難しい!
{想|そう} (一吐息目)
{観|かん} (二吐息目)
{測|そく} (三吐息目)
{尽|じん} (四吐息目)
{反|はん} (五吐息目)
{疑|ぎ} (六吐息目)
{宿|しゅく} (七吐息目)
これ、{唯息|ゆいそく}だって。
吸わなきゃ、吐けないじゃん!
そう、思わない?
……で、最後。
生の最小単位。
ひと吐息。
それが、{吐無|ぬむ}。
そのひと吐息も無い世界……。
それが、{造化|ぞうか}。
これが天地自然の正体なんだって。
さすがにこれは、手強い!
「己が書いた然修録が、己の人生の指南書となるのだ」と、とうさんは言う。
それも、難儀。
その難儀を克服してきた大先輩たちの歴史が、亜種記なんだろうなと思う。
何をどう頑張ろうとも、ぼくらは百年ごとに殺し合うんだ。
あらゆることが、めっちゃ{億劫|おっくう}に思えてくる。
天は、時代と情勢。
地は、場所。
{物|ブツ}は、人。
人は、めんどくせぇ!
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発行 東亜学纂
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A.E.F. Biographical novel Publishing