MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

一息78 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.10(土) 夜7時

#### 後裔記「元旦の食卓。カアネエ特製{鱠|なます}風生ワカメの秒殺漬け」 少年スピア 齢10 ####

 元旦の夕方、カアネエ帰宅。*大望の*元旦の食卓は、ぼくが何気にヤケクソに提案した通りの*珍妙メニュー*。カアネエの御託が炸裂! *ぼくの性格*から、*乱世の生き方*……そして、*老後の役割*まで。

 一つ、息をつく。

 カアネエ、帰宅。
 第一声。
 開き直った{御託|ごたく}が並ぶ。
 「まったく! {呆|あき}れるわねぇ。{何|なん}でこうあたいって、律儀なのかしらん♪ 夕暮れ、日没{間近|まぢか}。男ども、{飯|メシ}を{喰|く}らう。それもまた、律儀。その夕飯の準備をするのが、あたいの律儀。でも正月は、無理。以上」

 カアネエ、冷蔵庫に収まっている大きなタッパーを開け、一本物の長い生ワカメの根っこの茎みたいなところを持って、そのままゆっくりと{摘|つ}まみ上げると、それを悲し気に眺めながら、何やら{暫|しば}し、物思いに{耽|ふけ}る。
 シンジイが、自室から居間に移動。食卓の前にドカンと{座|すわ}り、{胡坐|あぐら}をかく。
 カアネエ、その様子を見て取ると、生ワカメをタッパーの中に戻し、そのタッパーとハサミと醤油と練りわさびと{箸|はし}を、お盆の上に載せる。すると矢庭に、それを居間の食卓へと運ぶと、無言のまま、ワインの空き{瓶|ビン}を片手に持ってフリフリしながら、階段を上ってゆく。
 その階段の上から、カアネエの声……。
 「毎日言ってるようで、実際毎日言ってることなんだけどさァ。なんでこの家、こんなに寒いのさッ! 時令に{順|したご}うて……。はいはい。{大晦日|おおみそか}も元旦も、時令に{順|したが}えば、ただの冬ってぇもんさ。しかも、{烈冬|れっとう}ときやがったッ! まァ、正しい。それで良しさ。じゃあ、おやすみなさーぃ♪」
 階段が、ゆっくりとしたリズムで、{軋|きし}んでいる。その階段に向かって、ぼくが言った。
 「ねぇ。根元の固いところ、{鱠|なます}にしようよ。{檸檬|レモン}の代わりに、酸っぱい{蜜柑|ミカン}。らっきょう酢の代わりは、ピリ辛らっきょうの残り汁。加熱は省略して、冷蔵庫ん中で、秒殺{漬|づ}けぇ♪
 てかさァ。ねぇねぇ! 二階のほうが、寒いと思うけど……」

 {俄|にわ}かに静まる階段の軋み。
 次、矢庭にドカドカと騒がしいカアネエの足音。
 カアネエ、階段を下りて、再び姿を現す。
 そして、言った。
 「いいねぇ♪ その、秒殺漬け! 父さんも、それでいいよねッ?」
 シンジイ、無言。ポカンとした顔で、元旦モードのお地蔵さん!
 食卓からタッパーだけ取り上げて、台所にスタコラ向かうカアネエ。誰にともなく、独り{言|ご}ちる。
 「こっちの巣にも、一匹{居|い}たんだったねぇ。一匹だけだから、{熾烈|しれつ}で命懸けの争奪戦も無いけどさァ。のうのうと……元い。伸び伸びと、育っている。でも、その一匹も、そろそろ巣立ちだ。仲間の{雛|ひな}たちと、一緒にねぇ。
 あたいも、また旅さ。久しぶりにねぇ……」

 カアネエ、小さいシンクに渡されていた肉野菜用のまな板を、使い分けているらしい魚介類用のもう一枚のそれと、取り換える。そして、その上に、生ワカメを、ドスン♪
 そしてまた、言った。こんどは明らかに、ぼくに向かって……。
 「あんたは、{這|は}い這いは、しそうになったんだけどね。一度だけ」
 「はいはい? しなかったの? ぼく……」と、ぼく。
 「踏んづけて、蹴飛ばしてやった♪」と、カアネエ。
 「ゲゲッ! で、どうなったの?」と、ぼく。
 「それから、二度としなくなった」と、カアネエ。
 「まァ。当然かも」と、ぼく。
 「おまえ、そう見えて、学習能力、あったってことだよ。ほんのちょっとだけだけどさ」と、カアネエ。
 カアネエの、次の言葉を待つぼく。
 カアネエ、観念したかのように、口を開く。
 「残り汁、取って来てよォ!」
 玄関扉の外に並んでいるワインの空き瓶。茶色くて、中身のほどは、不明。
 「一番手前が、ピリ辛らっきょうの残り汁だよッ♪」と、続けてカアネエ。
 その残り汁を{溜|た}めた諸々{再使用|リユース}専用のワインボトルを片手に持って台所に戻り、カアネエの隣りに立つぼく。
 カアネエ、ドングリの木の皮みたいにゴツゴツカピカピしたワカメの根っこを、包丁で切り離す。そして、言った。

 「あんたはさァ。
 あたいと{同|おんな}じで、自然人の血が、薄いんだよ。
 {寧|むし}ろ、和の人たちの血に、近いのさ。たぶんね。
 だから、いつだって、ついつい考え過ぎるのさ。たぶんね。
 そろそろ、{瞑想|めいそう}を覚えなさい。{唯識|ゆいしき}は、座学で習ったんだろッ? 少しくらいは……。
 このまま、その考え{癖|ぐせ}がついた性格のまま生きてたら、あんたの血は、持たないよ。たぶんね。{脆弱|ぜいじゃく}なんだからさ、あんたの血。そのくせ、強がる言葉だけは、お店を開けるくらい、いっぱい知ってる。おまえの店の売れ筋は、安っぽい自尊心さ。
 あんたたちは、次の動乱で、生き残らなきゃなんないんだ。あたいは、無理だけどね。無論、シンジイもさ。父さん……シンジイが死んで、あたいが死んで……まァ、どっちょいが先か、判んないけどさ。
 兎に角、どっちも死んでから、あんたが死ぬまでの間に、大騒乱が起こるってことさ。
 百年ごとに、この国は、治乱となる。
 イザナミさまが、そう決めてるのさ。{青人草|あおひとくさ}たちを、{篩|ふるい}に掛ける。篩から{零|こぼ}れ落ちた夥しい数の人間たちは、みんな死ぬのさ。するとまた、こんどはイザナキさまが、いっぱい子を作ってくれる。
 その子たちが、寺学舎で学ぶようになるまで、あんたたちは、生きてなきゃいけないってことさ。踏ん張りどころの大騒乱のときに、もうシンジイもあたいも、こっちの世には居ない。だから頼れるのは、仲間だけさ。しかも、その大騒乱が終息したら、今度は、あんたたちが頼られる番さ。
 まァ、あたいらは、頼りにはならない代わりに、面倒を見る心配も要らないからさ。{繋|つな}がりは、いつか必ず、切れる。切れると判ってるんなら、最初から繋がらないほうがいい。だからあたいは、あんたとは繋がらず、接するだけにしたのさ」
 カアネエは、そこまでを言うと、暫しぼんやりと、ワカメを手に取って眺めていた。そしてまた、言った

 「ワカメだって、こんなに呆気なく切れちゃうんだ。人間の{縁|えにし}も、信頼も、約束も、ワカメと{同|おんな}じさ。呆気なく、切れちゃう。でもね。それでも頼れるものが、一つだけある。それさえあれば、切られずに済むものもある。それも、一つだけだ。
 最後に頼れるのは、自分の信念、熱意、天命だけさ。それさえあれば、あんたたち仲間の{絆|きずな}は、どの世に離れ離れになったって、切れることはない。でもさ。それさえあればって言ったって、それが何かを知らなきゃ、頼るなんて土台無理な話だろッ?
 だからあたいら自然{民族|エスノ}は、みんな大努力して、知命しようとするのさ。じゃあさ。大努力しさえすれば、知命できるのかい? そんな簡単なもんじゃないのさ。あんたらムロー学級の学人や門人たちを見てれば、{判|わか}るだろッ?
 大努力以外に、もう一つ、養わなきゃなんないものがある。それが、{情|じょう}さ。でもね。だからって、{情|なさ}けは無用なのさ。必要なのに、無用。だから、みんな四苦八苦してるのさ。
 出逢いは、真剣勝負で{挑|いど}むもの。繋がるべき相手かとうかを判断し、{一度|ひとたび}繋がったとあらば、相手が考えていることが理解できるまで、とことん観察する。でも、うっかり{懐|ふところ}に飛び込んだら、命取り!
 {適宜|てきぎ}適切な間合いを保ちながら、自分の心の内を悟られないように、相手の心の中を観察する。{猥雑|わいざつ}雑多な繋がりの輪の中、{或|ある}いはその周辺で、常に自分を適所に{布置|ふち}し、そこから外れないように安全を確保しながら、{事|こと}に{臨|のぞ}まなければならない。
 そう、難儀さッ!」

 ぼくは、少し思案して、意を決して、カアネエに言った。
 「ねぇ。茎を切り離して残ったそのヒラヒラのほうのワカメ、水と味噌と一緒に鍋に入れて煮れば、味噌汁になるよねッ?」
 「おまえは、正しい♪
 しかも、そこに{餅|もち}を入れれば、雑煮となろう♪
 嗚呼、そんなことが出来る家に、生まれたかった!
 おっと、お地蔵さんに聞かれたら、怒られッちゃうね(アセアセ)。
 てかさ。弱音を{吐|は}くって、悪いことなのかなァ。
 自分の弱み、弱点だから、吐いて捨てるってことだろッ?
 いいことじゃん!」

 陽が沈むと、寒さも増してくるようだった。
 カアネエは、鱠風生ワカメの秒殺漬けと、生ワカメの出し汁風味のワカメの味噌汁を作り終えると、そそくさドタバタと、また階段を駆け上がって行ったのだった。
 そのすがら、カアネエが言った。
 「早く布団に入んなきゃ、{凍|こご}えっちゃうよッ!
 こう見えてもあたい、生ものだからァ♪」
 (ある意味、正しい)と、思ったぼく。
 お地蔵さんが、目を覚ました。

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「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。

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