MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息91 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.21(金) 夜7時

#### 一息スピア「ぼくらの離島疎開、ヒノーモロー島。その最後の日」後裔記 ####

 思い出に{浸|ひた}ることも、{莫|まく}妄想なのかな。{出立|しゅったつ}の集合場所、{山城|やまじろ}の史料室。その集合時刻に大きく遅れた、ぼくとサギッチ。マザメ先輩の{罵声|ばせい}が、上り下りする峠道まで聞こえてくるようだった。でも、実際に聞こえてきたのは……。
   少年学年 スピア 齢10

 一つ、息をつく。

 しおらしい別れの映像は、峠を包む森のあちこちでも観ることができた。サギッチが書いていたとおり……この島に疎開して来て、ちょうど半年だ。
 住まわせてもらった谷間の家では、初の家族ってものを体験した。オンボロ船から降り立った入江の先の浜辺では、格好の秘密基地を見つけた。そこで、幽霊や鳥たちと喜怒哀楽を通じ合い、不思議で面白い思い出も、つくることができた。
 {山城|やまじろ}に建つ研究棟の史料室や朗読室は、学舎に{敵|かな}っていたし、峠道での養祖父シンジイや動物たちとの対話は、歩学となった。そしてカアネエは、母親以上の養母だった。
 そうだッ! 魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}様の心の中の循観院にも、突入した。
 迎えに来て森の奥の循観院まで{付き添い|アテンド}までしてくれた梅子さんの{案内|ガイド}は、{燕|ツバメ}らしく{鋭敏|シャープ}でお見事だったけど、その{嘴|くちばし}から{漏出|くきい}でた教えまでもが{鋭いもの|シャープ}で、耳が痛かった。

 確かに、このまま、離島疎開が始まった去年の想夏と同じ時令が訪れるころまで……あと、もう半年くらい、この島に{居|い}てもいいかなァ。
 ……と、思うぼく。
 サギッチが、どうしてそこを突いて来れたのかは不思議だったけど、いつものあいつのいい加減な憶測が、たまたま{掠|かす}っただけのことだったんだと思う。

 その峠道……。
 一つ目の{頂|いただき}を、ほっとした足取りで歩きながら、サギッチが言った。
 「おまえ今、何考えてるぅ?」
 「{莫妄想|まくもうそう}」と、ぼく。
 その一語で、答えを済ます。
 「確かに……だな。
 考えても、仕方がない。随分時間食っちまったからな。どんなに考えたって、マザメ先輩の{黄泉|よみ}落とし級の{罵声|ばせい}は、{免|まぬが}れようがないもんなッ!」と、サギッチ。
 「こういうばやいも、手順書が必要だってかーァ?!」と、ぼく。
 「莫妄想どころか、今おれの頭んなか、空っぽなんだッ!」と、サギッチ。
 ……と、そんな他愛もない会話をしながら、二つ目の峠を越えて、ぼくら二人は、山城の中……見慣れた研究棟の建物の中へと、吸い込まれていった。

 史料室の大きな引き戸を開けると、いつもと違う空気が、{溢|あふ}れ出てくる。五感に{障|さわ}らないことを礼儀と{弁|わきま}えていた空気が、{変貌|へんぼう}しているのだ。音が押し寄せて、そこいらじゅうを、{叩|たた}いている。
 史料室の{者|モノ}さんと、目が合う。手招きを、している。カウンターの中に、招き入れられた。視聴覚室のような機器が、ほどほどの{場所|スペース}を、占めている。
 モノさんが、言った。

 「シンジイの{仕業|しわざ}ですよ。前の日と何も変わったところが無いと、ドッ!面倒っちい{爺|じじい}に、{変貌|へんぼう}しちゃうんですよ。知ってるよねぇ? 一緒に、住んでたんだから。
 昨日の夕方、突然、ドカドカとここまで入って来ましてね。
 『明日は、あいつらの半年ぶりの{出立|しゅったつ}の日だ。島の連中とは、ここでお別れになるだろう。だから明日は、ここを変えよう♪』って、言われましてですねッ!
 で、これを、置いて行ったんです。
 シンジイが大嫌いなものの一つ、{所謂|いわゆる}携帯端末です。なので、通信機器を使わずに、蔵書の検索をするとか、なんかそんな、アナログ的なことを言いだすんだとばっかり思ったんですけど……まァ、一日だけ{順|した}ごうてあげて、『また、変えればいっかーァ♪』くらいにしか、考えなかったんですけどね。
 その時でした。
 シンジイは、進化してたんです。
 {斯|こ}う、言ったんです。

 『おッ!
 よかった。
 あった、あった♪
 資料室内のスピーカー、このオモチャみたいなCDプレイヤーに、{繋|つなぎ}ぎ直しといてくれないかァ。
 小さいくせに、いっちょこまいに、{青歯のハラルド王|Harald Bluetooth}が、この中に{居|お}るんぢゃわい♪
 わしが嫌いな*コイツ*の中に、わしが好きな曲が入っとる。すまんが、マイライブラリの再生リストの中から、次の曲を選択して、新しい再生リストを作ってくれんかァ。それを、明日の朝から、流してくれ。
 それが、わしからあいつらへの、せめてもの{餞|はなむけ}だ。暗記で構わんが、順番も、ちゃんと記憶してくれたまえッ!
 題して、マイルス教室特集ーぅ♪
 コルトレーン、エヴァンス、ハンコック、ジャレット……元い。
 すまん!
 一番は、マイルスのアルバムのパリ・フェスティバルの中のナレーションにしてくれ。
 こういう文明は、有りだなッ♪
 そうだ。
 奴らに、伝えてくれ。
 武の心の話だ。
 もう、何千回も聞かされただろうが、{矛|ほこ}を{止|とど}めさせると書いて、{武|ぶ}と読む。それを、{美童|ミワラ}の連中は、自国の維新の無血開城から、学んでおる。まァ、勝と西郷止まりだ。気の利いた奴でも、精々行って、山岡鉄舟までだろう。
 だがな。
 もはや、動乱の日は近い。
 今までの行動では、我ら{民族|エスノ}も、この国も、{亡|ほろ}んでしまう。
 行動を、変えねばならん。
 だが、学問を変えねば、行動は、変わらん。
 維新が世界史上唯一の無血開城だと教えられて、それを{鵜|う}呑みにするようでは、{武童|タケラ}の道は{疎|おろ}か、知命すら{危|あや}うい。
 見込みがない! と、いうことだ。
 見込まれたいなら、もっと世界の先人{先達|せんだつ}から、学べ。
 ムロー学級の女子三名は、アドラーの目的心理学を好んでおる。それで、よし。
 男ども五名は、まるで国粋主義の鎖国の勢いだが、サギッチは、ジョブスのプレゼン手法から、要領を学ぼうとしておる。それも、よし。
 他の離島に疎開した男ども三名にも伝わるように、スピアのやつに、{斯|こ}う言ってやってくれ。
 大陸の明の時代の陽明先生の行動の学も無論、よし。日本最古の兵書の『闘戦経』も無論よしなら、真剣に読むなら当然、『{葉隠|はがくれ}』もよしだ。
 だが、西洋にも、無血開城をやってのけた王が{居|お}る。
 それが、デンマークを統一し、ノルウエーを無血で統合した、青歯のハラルド王だ。
 最新ハイテクITの機能に、なんで青い歯なんて名前を付けたのか、これで{解|わか}っただろう。
 世界統一。
 天下は、世界。
 その精神は、無血統合に有り。
 その行動は、武の心に有り
だッ!
 では、行く。
 晩酌の時間だ。
 急がねばならん。
 では、頼んだぞッ!』

 みたいな……(アセアセ)。
 で、朝からこんなBGMが、流れてるってわけです」

 サギッチが、いつもぼくに、「おまえの記憶力だけは、絶対に誰にも負けないなッ!」って言って、太鼓判をバンバン{捺|お}しちゃってくれてるけど、モノさんと真剣勝負したら、負けるかも……みたいな、{何故|なぜ}かぼくも、(アセアセ)。

 「なァ。
 取り敢えずさァ。黙読コーナー、行かない? なんかここってさァ。悪いことして連れて来られて、立たされてるみたいじゃん!」と、サギッチ。
 (そんなことを思うのは、おまえの過去の経験の{所為|せい}だろッ?)……って、言ってやろうと思ったけど、どうでもいいことなので、言うのは{止|や}めにした。

 黙読コーナーに近づくと、すぐに二つの竹編みのバスケットが、目に入った。その中に入っているのは、あの、「自由に取って、食べてけーぇ♪」式の、ライ麦パンを二度揚げにした、この研究棟の食堂特製のラスクだった。
 いつも置いてあるほうの大きなバスケットの中には、砂糖なんだかパン粉なんだか、{既|すで}にラスクの残骸しか残っていないのに、小さい二つのバスケットのほうには、まだラスクが同じ量だけ、山盛りになっている。
 「なんであっち、誰も食べないのかなァ」と、ぼく。
 「指定席って、書いてあるじゃん♪」と、サギッチ。
 「どこにぃー?!」と、ぼく。
 「空気」と、{上|うわ}の空で言うサギッチ。
 「何色でーぇ?!」と、ぼく。
 「無色透明に、決まっとるじゃんかい!」と、サギッチ。
 「ふーぅん!
 おまえ、頭は本当に悪いけど、目はいいよなァ♪」と、ぼく。
 「はーァ?!」と、サギッチ。
 「モノさんの、餞だねッ♪」と、ぼく。
 「はいはい。まァ……だろうね」と、サギッチ。

 少しの{間|ま}。
 唐突に、ぼくが言った。
 「ちょうど、去年の今ごろだったよねぇ? 初めて、後裔記を書いたのってぇ……」
 「だな。
 でも、言っとくけど、『何を書いたかッ!』とか{訊|き}かれたって、なーんも覚えちゃーないかんなッ! おまえは、おれのぶんまで、覚えてるんだろうけんどさァ」と、サギッチ。
 「覚えてない。てか、読んでないしーぃ♪」と、ぼく。
 「はーァ?!」と、サギッチ。
 「だって、読む価値ないから」と、ぼく。
 「おまえってさァ。なんでそう、本音しか言えないのよォ!」と、サギッチ。
 「だって、おまえが、自分の然修録に、ぼくのこと、書いてたんじゃん! 『あいつは、あいつらしくしてればいいんだーァ♪』……みたいな」と、ぼく。
 「そうだけどさァ……てか、何を思ってそんなこと、急に言い出したのさッ!」と、サギッチ。
 「最初のころの後裔記ってさァ。なんか、書くネタがなくて、自己紹介めいたことも書いてしまったんだけど、こんなことを書いたんだ。
 『ぼくの家には、大人が{居|い}ない』……みたいなさ。
 でも、{爺|じい}ちゃんと母さんの記憶だけは、{微|かす}かにあるんだ。そんな、消えかかって{幽|かす}かに見えてる程度の記憶なのに、ある日、爺ちゃんが言った言葉だけは、ハッキリと覚えてるんだよねッ!
 こんな感じでさァ♪

 「どの家の子も、お世継ぎなんだ。
 この世を継ぐ跡取りとして、厳しく育てねばならん。
 大人{即|すなわ}ち{武童|タケラ}となり、自ら己の職を選び、職分を決めたならば、{譬|たと}えそれが、火星を目指す宇宙飛行士であろうと、流転に明け暮れ仁義に厚い露天商即ち{香具師|やし}であろうと、親たる者、決して反対はせぬこと。  
 厳しく育てたが{故|ゆえ}に、{御家|おいえ}の行く末よりも、理を{以|もっ}て{尊|たっと}ぶべき職分を、己の天命と知り、それを自ら、己の運命に定めたのじゃ。
 {是|これ}、道理であろう」

 ……みたいな。
 サギッチが、言った。依然、上の空の模様。
 「じゃあさァ。その御家の子がさァ。『ぼく、犬になる。ワンワン♪』なんて言ったらさァ、喜んで犬にさせるってかーァ?!」
 ({例|たと}え、悪すぎっしょ!)と、思うぼく。
 それを察したのか、サギッチが、付け足すように言った。
 「だからマザメ先輩は、魔性の{鮫|サメ}になったんかねッ!」
 (最悪!)と、思うぼく。
 そして、言った。
 「鮫じゃなくて、鮫{乙女子|おとめご}っしょ! 正確に言わないと、ぶっ飛ばされるよ。てか。どこよッ! 見えないじゃん。その、鮫っ子先輩!」
 また、少し間。
 サギッチが、呆れた顔で言った。
 「あのねぇ。おまえの略し方のほうが、{酷|ひど}いじゃん! てかさァ。お前に見えねぇーんだから、隣りに座ってるおれにだって、見える{訳|わけ}ねぇじゃろがい!」
 「ねぇ。モノさんに、訊いてきてよォ♪」と、ぼく。
 「今更かい。てかさ、なんでおれなのよッ!」と、サギッチ。
 「だって、年功序列じゃん。こういうときって。我が国のバヤイ♪」と、ぼく。
 「またまた、わけわかんねーぇ!!」と、サギッチ。

 ほどなくサギッチ、その答えを持って、黙読コーナーへと戻って来る。
 「なんてーぇ??」と、すぐさま{問|と}うぼく。
 するとサギッチ、少しだけ考えて、斯う言った。

 「要約するとだなァ。
 『先に行ってるからーァ♪』
 だってさッ!
 だから、自分で地底の連中に挨拶して、通してもらって、ザペングール島まで来い!ときたもんだ。
 はい、サッサーァ♪
 普通はさァ。
 せめて、『話だけはしとくから、後からちゃんと、来なさいよねぇ!』とかなんとかさァ。
 あーァ、コリャコリャ♪
 それくらいのことはさァ、言うだろッ! 普通……」

 (どっちが普通で、どっちが普通じゃないんだかァ……)と、考えながら、ぼくが出した答えは、次のようなものだった。
 「普通だから、言わなかったんじゃない?」と、ぼく。

 そんなこんなで{程|ほど}無く、ヒノーモロー島での半年間の疎開生活の膜が、下りたのでありました。

 みたいなァ♪
 
_/_/_/「後裔記」と「然修録」_/_/_/
ミワラ<美童>と呼ばれる学童たち。
寺学舎で学び、自らの行動に学び、
知命を目指す。「後裔記」は、その
日記、「然修録」は、その学習帳。
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Hatena Blog (配信済み分の履歴)
配信順とカテゴリー別に閲覧できます。
http://shichimei.hatenablog.com/

_/_/_/『亜種記』_/_/_/
少循令(齢8~14)を共に学ぶ仲間
たちを、寺学舎では「学級」と呼ぶ。
その学級のミワラたちは、知命すると
タケラ<武童>と呼ばれるようになる。
そのタケラが、後輩たち或いは先達
の学級の後裔記と然修録を、概ね
一年分収集する。それを諸書として
伝記に編んだものが、『亜種記』。
_/_/_/
Amazon kindle版 (電子書籍)
亜種記「世界最強のバーチュー」
Vol.1 『亜種動乱へ(上)』
[ ASIN:B08QGGPYJZ ]
Vol.2 『亜種動乱へ(中)』
[ 想夏8月ごろ発刊予定 ]

_/_/_/『息恒循』を学ぶ _/_/_/
その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院

AEF Biographical novel Publishing
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一学87 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.16(日) 朝7時

#### 一学サギッチ「{危|あや}うい物言いに学ぶ。ほどほどが要領を{掴|つか}む要領」然修録 ####

 鋭い直観に頼って自然に行動し、柔らかい物言いで、やんおらと物事の神髄を突く……これが、スピアの野郎の心の質、性格だ。でも最近、その性格が危うい! 旅立ち記念♪ *ほどほど*の極意を説く!
   少年学年 サギッチ 少循令{猛牛|もうぎゅう}

 一つ、学ぶ。

 最近、スピアが{危|あや}うい。
 あいつにしては、物言いが過激になっている。
 行き過ぎってことだ。
 この半年、スピアの野郎は、この島の峠や森や海辺を歩き回って、すっかり住み慣れてしまった。
 その島を、いよいよ離れることになった。
 {故|ゆえ}に、あいつの性格にそぐわない物言いになってしまっている。
 ……と、*何も*分析したという{訳|わけ}でもないんだけど、ただ正直に感じたまま、そう思っただけ。
 ……なんだけど!
 スピアが危うくなるということは、おれも危うくなる。
 おれら{美童|ミワラ}が危うくなるということは、亜種全体……自然{民族|エスノ}が、危うくなる。
 おれら亜種が危うくなるなるということは、ヒト種全体……和や文明の連中も、危うくなる。
 スピアは……というか、おれも他の学年の奴らもそうなんだけんども、責任重大なのだ。
 なので、ここは一つ、スピアに自反、もひとつ格物まで、猛烈に{促|うなが}す次第だ。
 てなわけで、ヒノーモロー島を離れるに当たり、この島で半年を共にしたスピアの野郎さんに、「贈る言葉」を捧げる。

   《 ほどほどにしとけやァ! 》

 おれら{鷺|さぎ}助屋の血は、過激がお家芸であるかのように思われがちだ。完全に否定しようとは思わないけど、誤解を含むことも確かな事実だ。
 その誤解とは、『{葉隠|はがくれ}』や〈武士道〉や〈陽明学〉や『闘戦経』や〈アドラー心理学〉が誤解され続けてきた歴史と同様に、ただ不勉強……ならまだ可愛げもあるけれど、実際は、その{殆|ほとん}どが、{洗脳のための宣伝戦略|プロパガンダ}のために、利用され続けてきた。
 そこで、『闘戦経』から一つ。

 眼は明を{崇|とうと}ぶと{雖|いえど}も、{豈|あ}に三眼を願はんや。
 指は用を{為|な}すと雖も、豈に六指をもちいんや。
 善の{亦|ま}た善なるものは{却|かえ}って{兵勝|へいしょう}の術に{非|あら}ず。

 まァ、{一言|ひとこと}で言えば、「過ぎたるは{猶|なお}及ばざるが{如|ごと}し」ってところかなッ? 行き過ぎも、足らずと同様に、{碌|ろく}なことにはならないってことだ。
 {因|ちなみ}に、今風の言葉に訳すと......。

 「目が{利|き}けばハッキリと見えるが、だからといって、目は三つも必要かい?
 指は器用に仕事をしてくれるが、だからといって、六本もあったら、使いこなせるのかい?
 一日一善って言うように、善は良いことに決まっちゃあいるが、だからといって、一日十善も二十善も、過剰なほどに善にばかり{拘|こだわ}っていたんでは、戦いに勝つ術も敵わなくなってしまう」

 ……と、まァ、{遣|や}り過ぎると、{有難味|ありがたみ}も半減しちまうって訳だな。だから、スピアの野郎は、スピアの野郎らしく、「ぼくは思う」式の物言いが、**最善の策**ってことさ。
 気持ちが入り過ぎて、ぶん殴られるのも面白くないし、頑張り過ぎて、次の日に寝込んじまうのは「お馬鹿!」だし、張り切り過ぎて、然修録をいっぱい書いたら、疲れ果てて当分書く気がしなくなっちゃったーァ……じゃ、それもまた、困ったお馬鹿さんってもんだ。

 無理をせずに、毎日続けて書ける量を決めて、継続する。これ、「うさぎと亀」の童話の、亀なりやァ♪
 仕事{然|しか}り。
 己の家族の{食|く}い{扶持|ぶち}以上に、稼ぐ要は無し。
 {戦|いくさ}然り。
 国体と国民を護るため以上に、攻める要は無し。

   《 結局また、要領の話! 》

 「無理をせずに、毎日続けて書ける量を決めて、継続する」と、書いてはみたが、これ正に、「言うは易し!」だ。
 実践……具体的には、どのように行動すればよいのかッ!
 ここでまた、追ん出しゲームの〈要領〉の話に{繋|つな}がってしまった感がある。
 具体的に……の段階になると、面倒でも、手順書が必要になるのだ。まァ、時間割を作るってことだな。これ、寺学舎んころに{譬|たと}えると、座学の段階。
 座学で学んだことを、自ら行動し、その行動の中から、また学ぶ。それと同様に、時間割を作ることで学び、それを実践する中で、また学ぶ……みたいな♪

 よく、こんなことを言う{奴|やつ}が{居|い}る。
 「自分でやるんだから、手順書なんか、作るだけ時間の無駄じゃん!」
 まァ、そういう{類|たぐい}の仕事だって、無いとは言い切れない。でも、そう言う奴に限って要領が悪いってことも、{否|いな}めない事実だ。
 逆に、「要領がいいから、手順書なんて要らない♪」なんていう、なんとも{羨|うらや}ましい奴が居るということも、否めない事実なんだけんども……。

 さて。
 ここが、考えどころなのだ。
 この手順書ってやつは、実践・実行と直結しているから、机上の作業ではあっても、立派に、行動の学なのだ。
 行動が増えれば、その行動に{順|したが}って、要領の良し悪しという明暗が、色濃くなる。{即|すなわ}ち、「要領とは、{身体|からだ}で覚えるもの」ということだ。
 であればやはり、その行動の第一歩……行動を習慣化させるための手引書でもあるこの**手順書**は、面倒でも、避けて通ってはならぬということだ。

 以上!

 ところで、おれ……。
 面倒なことは、大の苦手なのである。
 なので、スピア!
 これからも、仲良くしようぜぇ♪

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たちを、寺学舎では「学級」と呼ぶ。
その学級のミワラたちは、知命すると
タケラ<武童>と呼ばれるようになる。
そのタケラが、後輩たち或いは先達
の学級の後裔記と然修録を、概ね
一年分収集する。それを諸書として
伝記に編んだものが、『亜種記』。
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Vol.1 『亜種動乱へ(上)』
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その蔵書 東亜学纂学級文庫
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一息90 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.15(土) 夜7時

#### 一息サギッチ「別れの時令、アメノウズメも{驚愕|きょうがく}の{乙女子|おとめご}の純心」後裔記 ####

 知らなかった。この島の森を襲った*悲運*の顛末……そして、その真相! オオカミ先輩にダメ出しするトンビ。鳴き方教室で稽古に励む{鶯|ウグイス}{嬢|じょう}たち♪ 鹿の{乙女子|おとめご}ちゃんに別れを告げる、おれたち。
   少年学年 サギッチ 齢9

 一つ、息をつく。

 峠の{頂|いただき}を{跨|また}ごうとしたとき、そいつは言った。
 「オオカミのは、*つくね*だなッ♪」
 トンビだった。
 「つくね?」と、おれ。
 意味不明。当然、{鳶|トンビ}返し……ではなく、{鸚鵡|おうむ}返し! で、トンビが{応|こた}えて言った。
 「ロープ{捌|さば}きさ。舟の上でさ。輪にするのさ。{よじれ|キンク}を取りながら、素直な輪にする。ロープは、命だトビ。命綱って言うだろッ? 意味は違うけどな。
 あいつが巻いたロープは、こねくり回して、まるで〈つくね〉だ。舟の上でロープが〈つくね〉になってると、命取りだトビ」
 振り返るのも面倒なので、峠道を下りながら、おれは言った。
 「まァ、いいじゃん。べつに!」
 「よくない。おまえ、鳥の話、聴いてないだろッ! 命取りだって、言ったろっトビーぃ」と、トンビ。
 「わけわかんねーぇ!」と、おれ。
 「船長になるんだろッ? あいつ。船乗りのセンスが無いやつが船長になったら、どうなるっトビ! 海難、転覆、みんな死ぬ。オダブツ、バイバイ♪ だろッ?」と、トンビ。
 おれの同意の確認もないまま、そう言い終わると矢庭に飛び去ってしまった。言わずもがな、グライダー飛法でッ!
 (まァ、いいやァ。考えたって、どうなるもんでもない。これまさに、莫妄想なりや!)と、思い到るおれ。

 そんなことより、そろそろスピアの姿が見えるはずだ。峠の頂あたりで出くわしたんでは、ただスピアの野郎を出迎えただけの馬鹿野郎になっちまう。今朝の目的は、その馬鹿の鹿のほうだ。
 林道の脇の物陰に隠れ潜んで、そっと陰ながらおれらを見送る……はずだった鹿の{乙女子|おとめご}ちゃんが、本能で咄嗟に林道に飛び出し、またお得意の自反に悩むあの愛らしい顔を一目見てからこの島を出ようと思ったのだ。
 そのお別れ劇が済んだあとにスピアと出くわしたって、意味がない。それにしても、大努力してるのは判るから、べつに文句を言うつもりはないけんど、あのヘタクソぶり……どうにかならんのかねッ!
 「ホッ、ホケッ、ケッキョ!
 ホー、ケッ、ケッキョ、ホケッ!」
 鳴くというより、咳払いだな。
 「龍角散、いかがァ?」と、言いたい!

 {下|くだ}れど下れど、「スピア見ゆ!」とはならず。結局、スピアが{居候|いそうろう}する二階建ての長屋まで来てしまった。{何故|なぜ}か玄関の引き戸の前に座って、瞑想の{体|てい}を現している。
 「何してんだッ!」と、当然おれ。
 「ぼく、入江に行くけど、おまえ、どうするぅ?」と、スピア。
 「はーァ!? わけわかんねーぇ!!」と、おれ。これも、当然。
 「小鹿の乙女子ちゃん、探して『バイバイ♪』って言ってあげなきゃ、あの{娘|こ}、また悩みだしちゃうだろッ? 自反、自反の、堂々巡り!」と、スピア。
 「それは解るけど、だからって、なんで入江なのさッ! 『峠の林道の陰で、お見送りするんだーァ♪』って、乙女子ちゃん、そう言ったんだろッ? おまえが書いてたんじゃんかァ! まったく……」と、おれ。これも、間違いなく、正論♪ ……たぶん。
 「だからおまえは、馬鹿なんだ。それだけは、間違いない。絶対に、たぶん! だってさ。{燕|ツバメ}が{鵜呑|うの}みに出来るようなこと、言うわけないじゃん!」と、スピア。
 ({益々|ますます}、わけわかんねーぇ!!)と、思うおれ。

 そんなこんなの{経緯|いきさつ}の末、ほどなく峠を越える。
 入江が見える。
 海岸に出る。
 小鹿が、岩から岩へと飛び移って遊んでいる。
 「わけわかんねーぇ!! 馬鹿にしてるなーァ」と、{言|ご}ちるおれ。
 「その鹿だからね。仲間にされたってことじゃない?」と、スピア。
 「本当に仲間だって思ってるんなら、ちゃんと約束どおり森で見送れっちゅうのッ!」と、おれ。
 「約束はしてないし……てかここ、森だし!」と、スピア。
 「はーァ??」と、おれ。断固、当然!
 「{山城|やまじろ}に被さってた山のてっぺんあたり、{鹿山|かざん}の森って呼ばれてたんだ。今立ってる地面が、その森を掘削したときの残土、乙女子ちゃんが遊んでる岩が、そのときに出た{瓦礫|がれき}なんだってさッ♪」
 「……ってことはーァ。てか、シンジイから聴いたのかァ?」と、おれ。
 「いや。社史」と、スピア。
 「はーァ?! {嘘|ウソ}だろーォ??」と、おれ。断固、そんなことは書いていなかったと言い張る決意のおれ。
 「ムロー流写真読みもどきで、写し取らずに飛び飛びで読んでるから、いっぱい読み残しが出るんだよ。目次で判断する遣り方は正しいけど、ちゃんと写し取って行間も読まなきゃ!」と、スピア。
 「じゃあ、乙女子ちゃんは、約束はしてないけど、約束どおり、森で見送るためにここへ来たってわけかァ……」と、おれ。
 「正解♪ 隠れるのは、忘れちゃってるみたいだけどねッ!」と、スピア。
 「ご先祖さまも、罪なことをしたもんだなッ!」と、おれ。実に、しおらしげ♪
 「猛反対したらしいけどね。座森屋……ぼくの、祖先。でも、強行しちゃった。{鷺|さぎ}助屋……おまえの、祖先!」と、スピア。
 「マジかよッ! それはどうも、すまんかった……って、なんでおれが{謝|あやま}んなきゃなんないんだよッ!」と、おれ。
 「それ、オチ? ネタ? まァ、どうでもいいけど」と、スピア。
 「それはそうとさァ。瓦礫、どうやって運んだんだろう。結構でっかい岩だってあるじゃん!」と、おれ。
 「知らない。でも、もともとあんなにでっかかったとは限らないんじゃない? {細石|さざれいし}だって、集まって炭酸塩で固まると、{巌|いわお}になるじゃん!」と、スピア。
 「炭酸塩って、貝殻なんかに含まれてる炭酸カルシウムみたいなもんかァ? てか、この島は**{君|きみ}が{代|よ}**かい♪」

 「ぼく、史料室に行くけど、おまえ、どうする?」と、スピア。
 「{挨拶|あいさつ}しないのかァ? せっかく、ここまで来たのに……」と、おれ。
 「手を振るだけで、大丈夫だよ。{下手|ヘタ}に逢って何か喋ると、また悩み出させちゃうと申し訳ないから」と、スピア。
 (納得♪)と、素直に思ったおれ。矢庭に手を振る挙動……と、そのとき、スピアが付け足して言った。
 「パーもダメだからね。グーで振らなきゃ!」
 そうだった。忘れてた。オオカミ先輩の後裔記だったか、スピアの野郎が書いたんだったか忘れたけど、必至でピースサインを送ろうと大努力してる乙女子ちゃんの健気な仕種……読んだだけでも痛々しかったからな。(生で見たくはないやァ!)って、思ったおれだった。
 改めて……。
 グーのガッツポーズで手を振るスピアとおれ。
 それを見て歓喜した鹿の乙女子ちゃん。
 両の前足でガッツポーズ。
 まさに仁王立ち!
 その両の前足を左右に振る。

 「ムロー先輩の後裔記だったけぇ? ワタテツ先輩だったけぇ。わけわかんないよねぇ? てか、そもそも、覚えてないだろうし……」と、スピア。
 「デンマークの海岸の林みたいなところに隠れてる小さい公園のことだろッ?
 さしずめ、{裸体主義|ヌーディスト}{浜辺|スピアッジャ}だな。ここは……」と、おれ。
 「声がでかいよッ!
 聞こえたら、また悩みだして、自反が止まらなくなっちゃうじゃん」と、スピア。
 「もう、逢えないんだろうな」と、おれ。
 「たぶんね」と、スピア。

 (さようなら。
 ヌーディスト・オトメゴちゃん♪)
 ……と、心の中で叫んだおれだった。
 
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一学86 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.15(土) 朝7時

#### 一学スピア「波動、煽起、言葉の力。命の深さと重さを測る!」然修録 ####

 今まさに、時代は動乱へと、転がり落ちている。武士や維新の志士たちは、そんな動乱で終始した時代に、なぜ、*どうやって感奮できたのか*。そもそも、ぼくらとは、別人? 何が違う? *どこが違うのか*。それは、何を測れば{判|わか}るのかッ!
   少年学年 スピア 少循令{猫刄|みょうじん}

 一つ、学ぶ。

 たぶんだけど、{武童|タケラ}たちの勝手で連れて来られたこの島……いざ離れるとなると、何か物悲しく、心残りを覚えてしまう。
 ほかの連中はどうだか知らないけど、ぼくにとっては、この島は、まだまだいっぱい、学べることがあるような気がする。
 でも、今はもう、学んでいる時でも、バヤイでもない!
 実感は、まだ湧かないけれど、時代は、着実に動乱へと、向かっている……というより、転がり落ちている。
 ぼくらの亜種に限らず……というか、分化が始まる以前、ぼくらの国の先人たちは、己を鼓舞し、涙し、汗し、血に{順|したが}って、幾多の国難を乗り切り、国体と国民の生命を、護り抜いてくれた。
 どうしてそんな、神のような離れ業を、成し遂げることができたんだろう。

   《 波動、{煽起|せんき}、言葉の力 》

 {内にこもる力|ボルテージ}が上がる。そういうときがある。それは、{解|わか}る。では、本当に理解できているか。答えは、{否|いな}。内にこもっている〈力〉って、何ぃ?
 それが、波動。
 武士や維新志士たちの一挙一動からは、波動が出ていた。その波動が、若者に伝わり、奮起させる。{煽|あお}ぐと波動が{戦|そよ}ぎ、それを浴びると、熱意が{漲|みなぎ}り奮起、{終|つい}には、決起する……{是|これ}、煽起。

 こう書くと、如何にも危うく伝わってしまいそうだけれど、家族を{護|まも}るとか、民族を護るとか、{況|ま}してや一国一文明を護るといったような場合は、これくらいの波動が飛び交わなければ、国難を乗り切ることはできないのかもしれない。
 事実、吉田松陰は、{裂|さ}けるほどに見開いた目に涙を{湛|たた}え、髪の毛を逆立たせ、声を震わせて、波動を放ったと言われる。そのときの心情を、自ら{斯|こ}う書き残したそうだ。
 「{甚|はなは}だしきは熱涙点々……」
 普段は、花や昆虫たちと{戯|たわむ}れる、心優しい青年だった松陰……何があって、どうしてそうなったのかッ!

 ここまでボルテージが上がると、言葉にも力が{具|そな}わる。命が{漲|みなぎ}っている証拠だ。
 {即|すなわ}ち、言葉は命!
 命……即ちそれは、自分。
 {故|ゆえ}に言葉は、自分自身を、己の心を、表す。
 ならば、{言霊|ことだま}という言葉も、{頷|うなず}ける。
 言葉は、魂の{息吹|いぶき}。
 魂が漲っていれば、言葉は自信に満ち溢れ、自由{奔放|ほんぽう}にして大胆、されど繊細にして、気が細部まで行き届く。
 それが、波動だ。

 波動も、煽起も、言葉の力も、時間を{刻|きざ}む事も、それらすべてが、命の{仕業|しわざ}なのだ。
 父親のために人間学の書を{著|あらわ}した偉大なる哲学者が、{斯|こ}う教えている。
 「声とはもともと腹よりいずるものなり。声腹よりいずるとき一かどの人物」
 {一廉|ひとかど}というのは、名前に恥じず、能力が他の者より一際{優|すぐ}れているということだ。
 なるほど、頷ける。

   《 命を{測|はか}る 》

 命は、時間で{計|はか}ることができる。でもそれは、長さとか容量とかの計測に過ぎない。命には、重さとか、奥深さというものもある。それを測るには、何を見れば{判|わか}るのか。
 それを判断するためには、「人間の資質を見なければならない」と、偉大な先人たちは、書の中で口を{揃|そろ}える。

 明の時代の儒学者が、三十年の長きに{亘|わた}る{呻|うめ}きを著した書、『{呻吟語|しんぎんご}』のなかに、{深沈|しんちん}{厚重|こうじゅう}という言葉がある。「この深沈厚重こそが、第一等の資質だ」と、言っている。

 深さ、沈み、厚み、重さ……{況|いわん}や、どっしり落ち着いて、深みがある人。そんな資質を持った人のことを、〈人物〉と呼ぶ。人物であるから、その{物|ブツ}を正すことができる。それが、寺学舎で教えられた、格物。
 資質が人物でなければ、自分を正すことも、その天命を{格|ただ}すことも出来ない。深沈厚重の無い資質……即ち、〈物〉を欠いた{人|ヒト}は、言葉にも行動にも仕種にも、芯が無い。
 そもそも、資質そのものが無い?
 それ{故|ゆえ}に……なのか。
 ワーワーと、騒がしい。
 考えが、浅い。
 言葉が、軽い。
 そんなヒト種が、うようよと、{居|い}る。
 それが、この世……{嗚呼|ああ}、生き地獄!

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一息89 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.14(金) 夜7時

#### 一息スピア「梅子が明かすヒトの正体。マザメの心の奥に突入」後裔記 ####

 *別れの日*が迫っていた。梅子さんの別れの言葉は、警告であり、現実であり、*深刻*だった。梅子さんは、案内してくれた。マザメ先輩の心の*深層*にある循観院に。マザメ先輩の心の中は、梅子さんの警告より、もっと*深刻*だった!
   少年学年 スピア 齢10

 一つ、息をつく。

 「循観院は、ぼくら各々の心の中にある」……って、誰が書いてたんだったけねッ!
 ぼくらが本当に、オオカミ先輩に置いてけぼりにされちゃったんだとしたら、今後の展開は、史料室に集まって、追ん出しゲームの五人組に案内されて、地底の集落を抜けて、隣りの島の地上に出て、オオカミ先輩と合流する……。

 マザメ先輩の山小屋……元い。森の中の循観院に行くとしたら、今しかない!
 心の中にあるはずの循観院が、森の中にある……と、いうことは、あの森は、マザメ先輩の心、そのもの。あの山小屋は、その心の、最深部! そこには、マザメ先輩の、深層心理がある。

 梅子さん、あの五人組みたく、ぼくも、循観院に案内してくれないかなーァ♪ でも正直、その日の朝は、布団から出たくなかった。
 秘密基地は、もう送別会もやってもらったから、今さら顔を出すのも気が引ける。史料室に行くのは、もうこの島を出る日にしたいし、朗読室に行って、他の人たちの元気な声を聞く気にもなれない。

 カアネエの家は、留守みたいだ。人の{居|い}る気配がない。
 目視で確認は出来ないけど、今朝早く物音がしたときに、{何処|どこ}かに出かけたみたいだ。仕事なんだかなんなんだか、カアネエは、外でのことは、一切口にしない。
 しかも最近、ここ数日の寒波の{所為|せい}もあって、両家(ぼくの六畳の間と、カアネエの六畳の間)の{硝子|ガラス}障子は、すべて閉め切られている。
 特にカアネエの場合は、この島を出てゆく身{支度|じたく}を、コソコソごそごそとやっているみたいだ。そういうのは、あんまり見られたくないんだと思う。

 ……と。
 そんな憶測が、頭の中を一巡し終わったときだった。
 廊下を挟んだ掃き出し窓の外あたりが、何やら騒々しい。あれは、スズメの声じゃない。二階建て長屋の棟の端っこのぼくらの家の前には、大きな{篠懸|スズカケ}の木が一本、{聳|そび}えている。
 この木をスズカケと呼ぶのはシンジイだけで、{山伏|やまぶし}の胸でブランブランしてる玉みたいな果実が、お気に入りみたいだ。
 カアネエは、{楓|カエデ}に似た大きな葉っぱが、お気に入り。しかも、この木のことを、プラタナスと呼んでいる。
 まァ、どうでもいい話をしてしまったけど、要は、その木のほうから、その鳥の声は、聞こえてくる。
 ({燕|ツバメ}だな。梅子さんかーァ?!)と、何気に思う。
 すると、その鳴き声が、ひとまとまりの{言乃葉|ことのは}を編成して、ぼくの枕元まで、やって来た!

 「あんたさッ!
 大丈夫なのォ?
 タケラに成らずして、もう{五衰|ごすい}かい?」と、梅子さん。たぶん。{何故|なにゆえ}〈たぶん〉かというと、依然、その姿見えぬ{故|ゆえ}!
 「ゴスイ?」と、ぼく。
 布団の中から、頭と足だけ出して。
 「ゴメン。
 間違えた。
 五衰は天人の高次の老化だ。
 あんたは、地上の自然人。
 単なる、自然の一部。
 まァ、美女と野獣みたいなもんさッ♪」と、梅子さん。もう、間違いない。
 「どう違うの?」と、ぼく。
 「紙{一重|ひとえさ}♪」と、梅子さん。
 「髪が、一重{瞼|まぶた}なのーォ!?」と、ぼく。
 「面倒っちい子どもだねぇ、あんた!
 似たり寄ったり……{即|すなわ}ち、ちょっとしたところが違うだけで、{殆|ほとん}ど一緒ってことさァ♪」と、梅子さん。
 「そっか。納得。だからカアネエは、天女野獣なんだねッ? で、マザメ先輩は、魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}って訳だァ♪」と、ぼく。
 「まァ、そんなもんかな。
 ヒト種はみんな、珍獣だからね」と、梅子さん。
 「珍獣? なんでーぇ?!」と、ぼく。
 すると、梅子さん。
 吐いて捨てるように、本音を{囀|さえず}りはじめた。

 「あんたたちはさァ。
 {一皮|ひとかわ}ひっ{剥|ぱ}がせば、霊長目の{獣|けもの}さ。それが皮を被って化けてる。だからあんたたちヒト種は、化け物って呼ばれるのさ。
 突如、異常な行動を起こす。自分の耳を切り落としたり、引き出しからピストルを出して他人を撃ったり。特に、銃は好きよね? 他の動物たちを撃ったり、誰かに死んで欲しいときにも、便利よね?
 浴槽に酒と氷と{檸檬|レモン}を満たして、裸で飛び込む。風呂から上がると、角砂糖を{一|ひと}箱ペロリと食べる。真猿亜目すべてのメスに発情する。他人の物を好んで盗み、森と海をゴミ{溜|だ}めにして腐敗臭を好む。
 {挙句|あげく}、己の腐敗も好む。肌の{艶|えん}は{失|う}せ、{華鬘|けまん}{萎|な}え{窶|やつ}れ、両の{腋|えき}には悪臭耐え{難|がた}い汗を{滴|したた}らせ、満身{臭穢|しゅうえ}、{居住|いず}まいは{肥溜|こえだ}め。
 これが、自然から離れて行ったあんたたちと紙一重の亜種どもの正体さ。
 あんたたち自然人は、まだ自然の一部には見えるけれど、実は、紙一重。似たり寄ったりで自然と一緒には見えるけど、もう{既|すで}に、別物なのさ。同じじゃない。もう、一部じゃない。
 {即|すなわ}ち、自然から離れて行った亜種どもとも、紙一重。自然とも、珍獣とも、紙一重ってことさ。
 精々、励むんだね♪
 今後、自然の一部に戻る大努力の人生を歩むか、それとも、隠れ珍獣として、{狡賢|ずるがしこ}く生きるか。
 今が、それを決めるときさ。
 そろそろ、気づきなよッ!
 あんたたちヒト種は、他の動物たちから、下等動物だと思われてるんだ。{蔑|さげす}まれてる、差別されてるってことさ。あんたたちはもう、{種|しゅ}や亜種を名乗れるような代物じゃあないのさ。あんたたちの正式な呼び名は、〈下等動物の珍獣〉さ。
 応援はしないけど、頑張ってみなよ。望みは、あたいらの高性能の目でも見えないくらい、小さいけどねーぇ♪
 で、行くの? 行かないの? マザメって女の循観院に。行くんなら、今日しかないけど。
 あたいは、今日であんたとは、お別れだ。森の土着の連中は、明日、あんたたちとお別れする予定にしてるみたいだけどさ。鹿の{乙女子|おとめご}ちゃんが、教えてくれたのさ。
 『明日、峠の林道の陰で、お見送りするんだーァ♪』ってね。
 飛び出さずに、ちゃんと隠れたまま、辛抱できるといいんだけどねッ! あんた、どう思う?」

 朝から、そんなこんなの{経緯|いきさつ}があって、ぼくは、森の入り口に立っていた。{麗|うら}らかな烈冬の朝だった。ぼくは、森の奥のほうに、目を{遣|や}った。森の中は、雨が降りそぼっているようだった。緑を濃くした{樹々|きぎ}が、{雫|しずく}を絶え間なく落としている。
 空は麗らかで、春の訪れさえ感じさせるっていうのに、森の中は、まさに今の時令を、{頑|かたく}なに{護|まも}っている。梅子さんに{促|うなが}されて、森の中に踏み入った。
 コナラの幹の{鱗|ウロコ}が、雨水を呑み込んで、黒く輝いている。濡れそぼったシダ植物の葉が、うなだれて、身を{凭|もた}せ合っている。見るものどれもこれもが、その{瑞々|みずみず}しさが、重苦しい。
 すべての物体が、{苔|コケ}をもっこりと{纏|まと}い、まるで生きものに化けているように、{佇|たたず}んでいる。
 {遂|つい}にぼくは、山小屋の入り口の前に立った。マザメ先輩の心の中を歩き、{終|つい}にその深層……循観院に、辿り着いたのだ。
 一歩、二歩……三歩にして、{三舎|さんしゃ}を{裂|さ}く。循観院に足を踏み入れると、魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}の実像が、壁際に映し出されていた。
 一点だけ赤く濡れそぼったその少女の唇から、{言乃葉|ことのは}が、力尽きたかのように、千切れ落ちた。

 「男たちってさァ。あたいの顔の中に、子どもしか見てないんだよね。いつまでも子どもであって欲しいって、願うような顔をしてね。事実、あたいは、子どもさ。周りのすべてを掃き出して遠ざけるような子ども……。
 でも、快活。困ったことに、聡明。耳がよく聞こえて、目がよく見えるってことね。だから男どもも、大人たちも、あたいを遠ざける。わざとらしく見えるからよ。快活も、聡明も。
 だって、仕方ないじゃない。暗い湿った空気を吸いながら、誰からも愛されなくっても、めげずに育たなきゃなんなかったんだからさ。あたいの誕生は、誰からも歓迎されなかった。いつも、ひとりぼっち。
 時折、工場のおばちゃんが、あたいに餌をやりにくる。
 生きたカエルを{茹|ゆ}でようとすると、鍋から飛び出してしまうでしょ? だから、逃げ出さないように、水から徐々に、徐々に、加熱する。快活は{陰鬱|いんうつ}となり、聡明は{愚昧|ぐまい}となる。{終|しま}いには、茹で上げられ、まな板の上に載せられる。
 あたいの天命は、まな板の上の茹のガエルなのさ。神話を教えないっていう目に見えない百年殺しの{虐|いじ}めで{歪|ゆが}められたこの国の子どもたちも、みんな茹でガエルだったのさ。
 知ってる?
 子どものうちに神話を学ばなかった民族は、例外なく、{亡|ほろ}んでるんだ。
 で、あたいのばやい……。
 どうしたと思う?
 戦争さ。毎日が、戦争。その恐怖と面白さで、自分の孤独や悲劇なんてもんを、深刻に考えられなくなっちまったのさ。それであたいは、誰からも愛されず、誰も愛さず。そうすれば、恐怖と面白さが詰まった楽しい一日を、一人っきりで、満喫することができる。
 何があっても、くよくよと考えず、底抜けに明るくて、始末のいい幼稚な少女になってあげたのさ。大人や、男どものためにね。
 ところがさ。工場のおばちゃんたちは、あたいの救世主……聖なる乳母だったのさ。あたいから、幼い少女が読むような本を、遠ざけた。
 {幻想的・空想的|ロマネスク}な感情を持った少女は、たとえ現実が幸福であれ、あらゆる境遇に対して、満足という言葉を忘れてしまう。享楽に{耽|ふけ}った悪女になっちまうってことさ。それを、工場の聖なる乳母たちは、身をもって知っていた……たぶんね」

 循観院を出ると、森の樹々の{狭間|はざま}に、太陽神の{紅|べに}が、{滲|にじ}んでいた。不思議な……まさに、ロマネスクな光景だった。背後から、少女の声が聞こえた。
 「夏には、蝉が鳴くのかなァ。この森でも……」
 言葉どおりの〈この森〉のことを言っているのか。それとも、〈自分の心の中〉のことを言っているのか……{何|いず}れにしても、ぼくは、この先、悲しみに出逢ったとき、きっと、この森のことを、思い出すことだろう。
 そして、歩き出したころにはもう、少女は、いつもの魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}に戻っていた。
 一筋の木漏れ日……無味無臭の少女の声が、背後で{弾|はじ}けた。
 「死臭も、五衰も、{退没|たいもつ}も、情熱のアロマさッ♪」
 ぼくは、振り向きもせず、そのまま歩きながら、独り{言|ご}ちた。

 (生きることが、天命……とは、限らないんだな。
 でも……それは、死ぬことじゃない。
 生きる以外の方法で、生きるってこと。
 ぼくも、そうなのかな。
 違う。
 「そうなのかな」の前に、「どうなのかな」だ。
 どうなんだろう……)
 
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一学85 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.14(金) 朝7時

#### 一学オオカミ「追ん出しゲームの{子等|こら}から学んだ、綿密な生き方」然修録 ####

 森の循観院で、「美」を説いた追ん出しゲームのおチビ(?!)ちゃんたち……(アセアセ)。でも、おれが{奴|やつ}らから学んだのは、美に非ず! 能率的な生き方……即ち、*要領よく生きる方法*だッ♪
   学徒学年 オオカミ 少循令{石将|せきしょう}

 一つ、学ぶ。

 マザメの後裔記、面白い♪
 あの五人組、隣りの島にも出たかッ!
 暗躍しておるな、地底{住|ず}みなだけに……(アセアセ)。
 まァ、{閑話休題|それはともかく}。
 あのハキハキ{喋|しゃべ}っていた幼い少女……なんと! おれと{同|おな}い年の少循令石将とは……思いもせなんだし、疑いもせなんだッ!
 おれが、あいつらから学んだのは、無論、その少女が森の山小屋で説いたという「美」などではない。本来の当たり前の平時である治乱の世の中にあって、その人生を{如何|いか}に綿密に生きるか、その考え方と遣り方……{即|すなわ}ち、方法論だ。
 こんな具合で……。

《 人生を、能率的に生きる方法 》

 諸君!
 覚えてくれているだろうか。
 サギッチが書いた、然修録。
 先ずは、可能性の有る無しに関わらず、様々な{遣|や}り方、あらゆる方法を引っ張り出して、並べ立てるが肝要……{云々|うんぬん}。
 {所謂|いわゆる}、{集団発想法|ブレインストーミング}……{即|すなわ}ち、「思いついたことは、何でも構わん。他の人の発言を、批判するなッ! 自由奔放、よし♪ みんながドッと笑うような発言なら、なおよし」と、いった具合だ。

 一つ、余談。
 そのブレインストーミングを提唱したA・オズボーン氏は、{譬|たとえ}えで、ブレインストーミングを、{斯|こ}う説いたそうだ。
 「{海女|あま}さんが、真珠貝を採るとき、海の底で、一つ一つご丁寧に開いて選びながら採るようなことは、しない。
 なんでもかんでも、たくさん採ってきて、いい真珠が入っているかどうかは、舟に上がってから、ゆっくり調べるものだ」と。

 調査の段階では、数がモノを言う。
 輝かしい{新たな工夫|アイデア}の{殆|ほとん}どが、たくさんのくだらないアイデアの組み合わせで、出来ているものなんだとか……。
 要領が悪い人というのは、部品ばかりををいっぱい買い集めて、一つも自分で組み立てようとはしない、そんな部品マニアのようなものなのだ。
 では、それらの{夥|おびただ}しい数の部品中からどれとどれを選び出し、それを使って、何を作ればいいのかッ!
 ここで一つ、注意をしなければならないことがある。
 みんなで話し合うと、平均的な、ありきたりの答えしか、得ることが出来ない。頭一つ出た案は潰されて、創造的と言われるような輝かしいアイデアは、一度も輝くことなく、自然消滅してしまうのだ。

 大事なのは、他人の頭に頼らず、自分の頭で考えるということ……では、その自分の頭で考えた輝かしいアイデアを創造するための要領とは、一体全体、どんな手順なのかッ!
 ここで、あの追ん出しゲームの訓練が、活きてくるのだッ♪
 手作りの粗末なゲーム盤を、じっくり眺めながら、考える。これを、前述のブレインストーミングの譬えで言い換えると、「集めた部品のすべてを並べて、遠目から、その全体を眺める」と、いうことになる。
 固定観念で動かすコマを決めて、そのコマ一つだけをじっと{睨|にら}みながら、(はてさて、どっちに動かすべきか!)と、考えたところで、いい手など浮かぶ{筈|はず}もない。
 ゲーム盤の全体を眺めるからこそ、どの方向に進むのが最良かの、見当をつけることが出来る。{或|ある}いは、動かすべきは、そのコマではなく、別のコマだということに、気づくかもしれない。
 コマ{然|しか}り、部品然り、調査で収集したデータ然り、これらコマ、部品、データというものは、それぞれ、他のコマ、他の部品、他のデータとの関連性によって、その価値が生まれてくるものなのだ。

 全体を眺めていると、突如、その関連性に、「はッ!」っと気づかされることがある。
 それが、**発想**というものだ。
 (手間を省いて能率を上げるのが要領だと言いながら、これじゃあ、随分と面倒っちいし、手間ばっか掛かるじゃん!)と、最初は、そう思ったものだ。
 それでも、忍耐強く調査と発想の手順を踏んでいる追ん出しゲーム五人組の奴らの**全体**を眺めているうちに、一つのことに、「ハッ!」と気づかされた。
 大蛇が通る王道は、小さなヘビでも、よく知っている……蛇の道はヘビ!
 大蛇が知る王道……即ち、最善の近道は、例えその{身体|からだ}が小さくとも、同じヘビなら、その王道を知っているし、{躊躇|ためら}わずその道を通る。
 険しい{獣道|けものみち}で、如何にも遠回りで、時間もかなり掛かりそうに見える。だから、他の獣たちは、その道を通ろうとはしない。蛇のみぞ知る、{究極の要領|グッド・チョイス}……なのだ!

 同様に、人間さまも、創造とか発想といった面倒っちい綿密な手順を、誰も踏もうとはしない。王道を知らないということ……或いは、知っていたとしても、面倒っちそうだから、その道を通ろうとはしない。
 これ即ち、「要領が、悪い!」と、いうことだ。 

 人生を、能率的に生きる方法とは、綿密な手順を踏んで、創造的な発想法で生きるということ。
 集められてひしめき合う素案全体を眺めて、その中から、最良の遣り方や方法を、選べばいいだけのことなのだ。

 蛇の道は、ヒト ……で、ありたいものだッ♪

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一息88 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.13(木) 夜7時

#### 一息マザメ「循観院に珍客! 梅子さんが連れてきた謎の五人」後裔記 ####

 そうです。あの追ん出しゲームの五人組が、あたいの島(森)を荒らしに(?)、梅子さんに連れられやって来た! その{齢|よわい}に、唖然! その女の子の言い草に、{感奮|かんふん}!
   学徒学年 マザメ 齢12

 一つ、息をつく。

 「おかえり!」と、あたい。
 「暗いねぇ。相変わらず。
 森の中でも走ってくればァ?
 太陽神、{傾|かし}いでるけど、まだ西の空に見えてるし。
 もっと、光を浴びなさいよ。
 脳細胞、死んじゃうよーォ?!
 だから、あんたが書くこと、いつも暗いのさッ!」と、梅子。
 「そうかもね。忠告、有難う」と、あたい。
 「友だち、連れてきてやったよ♪
 友だち、欲しかったんだろッ?」と、梅子。
 「それは、余計なことだったね。
 あたい、瞑想の修行中なんだ。
 こう見えても……」と、あたい。
 「そうなのーォ!?
 それは、残念ね。
 『あんたたち、{要|い}らないってさ。
 悪かったね。帰っておくれッ!』」と、梅子。
 「いやいや、それじゃあ、あたいが悪もんじゃんかァ!
 あんたのお客なんだからさァ。
 そこで{温|あった}まってから、帰ってもらいなよ」と、あたい。

 すると、梅子さん……。
 「訂正。
 要らないけど、あたいの客ならしゃーないから、{身体|からだ}だけ温めたら、直ぐに帰れだってさ。
 さァ、入っといでよ。
 地底の星の子どもたちーぃ♪」
 「まったくッ!」と、あたい。
 「何が、『まったく』なんだい?」と、梅子。
 「勉強し直せってってことさ。
 {言|い}い草じゃなくて、{言|こと}の葉をねぇ!」と、あたい。
 「それこそ、要らないよッ!
 あたいは{燕|ツバメ}だから、言い草でいいのよ。
 言の葉は、あんたが勉強しなさいよッ!」と、梅子。

 ぞろぞろと、子どもたちが、入ってくる。……五人。身体を、温めはじめる。皆、無言。
 「言の葉ってのは、同年代だと、遠慮しちゃうのねぇ?」と、梅子。
 「いやいや、どう見たって、あたいのほうが、上っしょ!」と、あたい。

 ここで、チビちゃんたちの中で、一番大きい女の子が、口を開いた。
 「礼を言います。
 失礼しました。
 あたいは、少循令の{石将|せきしょう}。
 オオカミさんって人と、同い年。
 よろしく。
 でも、間もなく失礼します」
 「ウギョギョ!
 あたいより、年上なのォ?
 そう言えば、梅子さんさァ。
 さっき、地底の星って、言ってたよねッ?
 あんたたち、地底の元祖自然人なのかい?
 それとも、新種の亜種かい?」と、あたい。

 すると、その一番上の女の子が、{胡坐|あぐら}をかいた格好はそのまま崩さず、あたいのほうに向き直って、言った。
 「どっちゃーでもないよ。
 あんたたちと同じ、枝分かれした地上の自然人さ。
 あたいらの島には、寺学舎はないけどね。
 こっちの島の史料室と、朗読室の巡回授業所が、あたいらの学舎さ。
 こっちの島に渡るために、穴、掘った訳じゃないんだ。
 あたいらの先祖の話ね♪
 隣りの島に渡って来たとき、地上には、和の人たちの集落があったんだ。
 亜種を{違|たが}えてしまった以上、そこに集落を構えると、島を荒らすことになるからね。
 縄張りを、侵すってことさ。
 だから、地底に、集落を{創|つく}った。
 この島まで掘ったのは、たまたまさ。
 この島に渡るために掘った訳じゃないんだ。
 それに、この島に{山城|やまじろ}の遺跡が埋まってなかったら、ここに研究棟が建つこともなかっただろうって、タケラたちが言ってた。
 星っていうのは、あんたが感じたとおり、小さいってことさ。
 地底に{鏤|ちりば}められた、小さな星たちって意味ね。
 たまに、こそこそ外に出て遊ぶんだけどさァ。
 太陽の光が足りないから、細胞が育つのが、遅いんだ。
 だけど、そのぶん、あんたたちより、美肌かもね。
 まァ、そんなことは、どっちゃーでもいいんだけどさ。
 大事なのは、外見の美じゃなくって、美の世界っしょ!
 あんたたちも、そう習ったんでしょ?
 寺学舎で……」

 (こりゃ、ヤバイ……元い。ヤバ面倒っちい女と、絡んじまったみたいだ。やっぱり、早く帰ってもらわなきゃ!)と、思ったあたい。
 ……と、あたいが押し黙って物思いに{耽|ふけ}っていると、梅子さんが、{嘴|くちばし}を挟んできたッ!
 「メスってのは、徐々に、威厳と貫禄が備わってくる生きものなのさ。
 そこが、美の世界。
 崇拝と信仰によって、初めて、到達し{得|う}る。
 そこを目指す道が、哲学よ。
 科学では、到達は{疎|おろ}か、そもそも、道が違う。
 若いメスにその美を探し求めても、その美の世界を観ることはできない。
 美の世界に到達するためには、長い年月を必要とするからさ。
 根気が要る。
 ときには、大努力も要る。
 その長きに亘った忍耐と大努力が、ある日突然、一夜にして、無に帰す。
 そこが、美の世界さッ♪」

 この梅子さんの持論展開に、意外にも、あたいよりも先に、あたいよりも年上らしい{美童|ミワラ}の女が、応えて言い返した。
 「あたいらが星って呼ばれるのは、そんな訳の解んない美の{所為|せい}じゃないよ。
 ミワラだろうが和だろうが文明だろうが、あたいらヒト種の子どもはみんな、生まれ持った美ってもんがあんのさッ!
 ……美徳。
 それが、運命の{道標|みちしるべ}となる。
 その道の先に、あんたが言う美の世界があるのかもしれないけど、そんなことは、どうだっていい。
 あたいらは、闘わなきゃならないんだ。
 ヒト種は、百年ごとに戦争をやるっていう、ふざけた宿命があんのさ。
 神様の{気紛|きまぐ}れ……てか、夫婦喧嘩の勢い!
 そんなもんであたいらは、闘うために生れ、その戦いによって死んでゆく。
 それが、あたいらヒト種の生き方なのさ。
 あたいらが、あんたたち鳥の種のことを理解できないように、あんたたち鳥の種だって、あたいらヒトの種を理解することは、不可能なのさ。
 あんたが、悪い訳じゃない。
 子を産んで育ててる大先輩に、あんたってのは、随分失礼な言い草に聞こえるでしょうけど、まァ、悪くは思ってないから、大目に見てちょうだいねッ♪」

 梅子さん、これまた意外! まったく動ぜず、ぼそっと言った。
 「あんたの言う生まれ持った美も、あたいが言ってる美の世界の美も、どっちも美術品って訳さ。
 美術品は、同じ美術品を、鑑賞したりなんかしない。
 美は、他の美を見たりなんかしないってことさ。
 だから、あんたが持ってる美と、あたいが言ってる美とは、一生、出逢うことも無ければ、たとえ接近したって、相手を見て取ることもない。
 それで、いいのさ♪
 だから、変われる。
 だから、生き残れる。
 それが、あたいら自然の一部が、今まで悠久延々と、繰り返し繰り返し{遣|や}り続けてきた、**進化**ってやつさ」

 ここであたい、口を出す。耐えがたきは耐えない主義なので……(信じられないでしょうけどーォ♪)。
 「どうでもいいけどさァ。
 さっきから、あんたしか、喋ってないじゃん!
 他の四人は、人間の言葉も、{燕|ツバメ}の言葉も、喋れないって訳かい?」

 あたいより年上らしき少女、これまた以外にも、明解に即答!
 「{微|び}に入り{細|さい}を{穿|うが}つ。
 あんたたちは、地上でしか暮らしたことがないから、言葉でしか気を遣えないのさ。
 そんな下等動物が、あたいらに異見なんか唱えるんじゃないよッ!
 千年早いわァ!
 てか、そのころにはあんたたち、もうとっくに、退化の{挙句|あげく}に亡んでるわよッ!
 {身体|からだ}、温まったから、ご指示通り、行くねぇ♪
 礼を言うよ。
 有難う。
 最後に一つ。
 オオカミっていう男に、もし置いてけぼりにされて、先に行かれちゃったら、相談に乗るよ。
 一宿一飯の恩義までは無いけど、一瞬一温の恩義くらいは、この美しい肌に、感じてるからさーァ♪
 じゃあねッ!」

 女がそう言い終わると、五人、ぞろぞろと、サッサと出て行ってしまった。
 あたい……梅子さんに向かって、一言。
 「納得できないんだけど。
 一人だけが、ベラベラ!
 あたいらムロー学級8人組では、絶対に有り得ない。
 8人みんな、腹ん中にあるもんは、全部口から出し切る!
 だから、仲間なんじゃないのォ?
 あたい、間違ってるーぅ?!」

 梅子さん、{暫|しば}し間を置いて、ぼそっと応えて言う。
 「{六然|りくぜん}さ。
 六然に徹しないと、地底では、生きていけないってことさ。
 でも、あの子たちだって、あんたたちと同じ、地上のミワラさ。
 {俄|にわ}か地底人でさえ、あれだけ六然に徹しないと、生きていけないんだ。
 何百年も地底で生き続けてるあんたたち自然{民族|エスノ}の本流の人たちは、想像を絶する厳格さで、六然とか七養とかを、固く護り続けてきたんだろうねーぇ」

 そんまま、夜は、勝手{気儘|きまま}に、{更|ふ}けていった。
 (置いてけぼり?
 オオカミが、動き出したァ?
 勝手にーぃ??
 あたいらに、何の断わりもなくーぅ?!
 次会ったら、ぶっ飛ばしてやるッ!)
 あッ、いけない!
 莫妄想、莫妄想……。
 おやすみなさい♪ 
 
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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
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一学84 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.9(日) 朝7時

#### 一学マザメ「目的の学を{主題|テーマ}にしたのに、内容は、{莫|まく}妄想!」然修録 ####

 *目的指向の深層心理*……目的の学を主題にしたのに、その内容は、正に莫妄想……禅……*原始仏教*になっちゃったーァ!! すべての真理は、大きな*一つの真理*の一部分なりやッ♪
   学徒学年 マザメ 少循令{悪狼|あくろう}

 一つ、学ぶ。

 マクモウソウ、マクモウソウ……。
 なんかさッ!
 肌はミズボウソウになり、目はケツマクエンになり、頭ん中はクモマッカで出血しそうだわッ!

 で、この流れを、変える。
 よろしくーぅ♪

 ちょっと、知り合いの悩みの話なんだけどさーァ……って。
 まァ、いいやなッ!
 取り{敢|あ}えず、書くわねーぇ♪

   《 あたいの人生、どこへ行けばいいのさッ! 》

 なんか、いろいろ、選ばなきゃなんないことが、増えてきたよね。生くべきか死ぬべきかは、さすがにちょっと極端だけど、でも{漠然|ばくぜん}と、自分はこれから、どうやって生きていけばいいのか……なんてさァ。
 いくつもある道のどれかを選択しようと思っても、なんかそのどれもこれもが、パッとしなくってさァ……。
 結局さァ。悩んだって、正解があるわけでもないし、未来が判るわけでもないんだからさァ。どうやって生きていけばいいかなんて、土台判りっこないし、悩んでも無駄ってことなのよね。
 そんなこと、もうとっくに、判ってるんだけどさァ。
 これ、知り合いの話ねッ♪

 あたいの天命を考えたのは神だけど、あたいっていう人生を始めるって決めたのは、あたいなんだから、それをどういう人生にするかも、あたいが、勝手に決めりゃあいいだけのことなのさ。
 あたい、去年の秋の然修録に、書いたよね?
 覚えてる?
 「胎内が栄養不足だったら、そこは{牢獄|ろうごく}! 生れ出た家庭に活気が無かったら、赤ちゃんは、自らの意思で、自殺を選ぶ能力を、そのとき{既|すで}に持っているのだッ!」……って。

 あたいは、自殺を選ばなかった。つまり、あたいは、もうとっくの昔の(今と同様に)可愛らしい赤ちゃんのときに、生きるって自分で決めたってことさ。
 誰かに道を教えられて、その先で{肥溜|こえだ}めに落ちて真っ茶色人間になったって、誰かに物を買うように勧められて、それがとんでもない不良品か{偽物|にせもの}だったり……って、どっちにしたって、その誰かさんに、一切責任はない。
 だって、誰になんと言われようと、言われまいと、そうするって決めたのは、自分なんだから。絶対に、他人には決められない。
 そりゃーさァ! 自分一人で決めたって、大失敗することはあるさ。{寧|むし}ろ、独りで決めたほうが、危ういことのほうが多いってもんさ。
 でもさ。
 同じ失敗をするんなら、他人に言われたとおりにして失敗するより、自分で考えて、自分で選んで、自分で決めて失敗したほうが、{諦|あきら}めがつくってもんじゃん。違う?

 「あたいの人生に、どんな意味があるんやろう……」ってかい? あんた、あたいの話、聴いとんのかい! 元々人生に、意味なんか無いんだよ。意味が欲しけりゃ、自分で与えてやるしかないのさ。
 その証拠に、あたいの人生で一番大切なものと、あんたたちの人生で一番大切なもの、ぜーんぜん違うっしょ! やれ{祈|いの}りさえすればあなたも幸せになれますよだとか、やれ聞こえないふりをしないで寄付してあげてくださいよだとか、それってただ、優越感に浸って、自分を{慰|なぐさ}めたいだけだろッ!
 逆なんだよッ! 
 一人ひとりみんな違うんだから、一人が一人に呼びかけたって、生きる意味が違うんだから、反感買うだけじゃん!
 そうじゃなくって、自分一人より仲間十人のためになるようなことだとか、仲間十人のことより、町の千人の人たちのためになることだとかを、とにかく迷ったら、より多くの人のためになる方を、選べばいいのさ。

 スピア!
 「より動きが多いほうを選ぶ」……それもいい。
 ツボネエ!
 「より大きく変われるほうを選ぶ」……それも、いいさ。
 じゃあ、あたいのも、加えてよォ♪
 「より、多くの人のためになれるほうを選ぶ!」

 あたいら自然人……自然{民族|エスノ}ってさァ。自然の一部なんだろッ? だったら、あたいは、みんなの一部さ。あんたらだって、一人ひとりが、みんなの一部さのさ。それが、共同体……仲間意識ってもんだろッ?
 それが一番、幸せを感じられる感覚……幸せになれる生き方ってもんじゃ、ないのかい?

 ここで一つ、大事なことがある。
 あたいらは、{美童|ミワラ}だからね。
 {武童|タケラ}{即|すなわ}ち、{曲者|くせもの}を目指さなきゃなんない。……そう、{格物|かくぶつ}さ。
 武童に教示されて、{民族|エスノ}のために必死こいて働く……{或|ある}いは、寝る暇も惜しんで、{陰謀|いんぼう}の準備を着々と進める。
 それが、本当に正しいことなのかどうか、迷ったときには、ヒト種全体、この国全体、この星の生きもの全体にとってどうなのかって、より大きな集団を見渡して、己を正し、仲間を正し、{先達|せんだつ}{武童|タケラ}を正し、{延|ひ}いては自ら己の天命も、{格|ただ}す。
 要は、「こんなことがまかり通る世の中で、本当にいいのかッ!」って、考えてみりゃいいってことさ。
 ここで、言ってやりたいもんだねぇ♪
 「聞こえないふりしないで、あんたも世のため人のためのこと、ちょっとは考えなさいよねぇ!」……みたいな(アセアセ)。

 でもね。
 ここで言う「**ちょっと**」が、味噌なのさ。
 何も、「常に、世のため人のために、生きろ!」……だなんて、言ってる訳じゃない。仮に、カッコつけてそんなことを言ってみたところで、出来る訳がない。不可能ってやつさ。{飽|あ}くまで、「迷ったときには……」ってこと。

 そうさッ♪
 あたいの人生を決められるのは、あたいしかいない。
 あんたの人生を決められるのも、あんたしかいない。
 もし、心に信じるものを秘めているなら、地球が粉々に破裂しようが、太陽がトロトロに溶けてしまおうが、そんなもん、どうだっていい!
 自分の心の本音の声に、従えばいいのさッ♪

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一息87 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.8(土) 夜7時

#### 一息オオカミ「爺さんの{謀|はかりごと}が臭う! おれと二羽の航海実習」後裔記 ####

 ジジサマが、*伝えたかったこと*。我ら自然{民族|エスノ}、{武童|タケラ}の使命、おれら{美童|ミワラ}の使命、文明と和の{民族|エスノ}の{子等|こら}の使命。そしてオマケ、二羽の*使命*!
   学徒学年 オオカミ 齢13

 一つ、息をつく。

 「この空き家、どこに浮かんでたのさッ!」と、ウミネコ。
 {体|てい}は、もたついて{艇|に}渡してもらったくせに、こやつめッ! 口は、一番乗りだ、まったく。
 爺さんは、表情さえ変えなかったけれど、出来れば{訊|き}いて欲しくない{話題|トピック}であるかのように、無表情のまま、空を仰ぎながら、{俄|にわ}かに応えて言った。

 「灘の南西の外れ。ここからだと、真南に下った辺りぢゃった。
 {干出岩|かんしゅつがん}があるはずの辺りに、潮に逆らって流されもせず、動いとらんやった。
 まさかと思って恐る恐る、船を寄せて行ったところ案の定、岩に乗り上げて{船腹|はら}を{擦|す}っとった。
 {舷縁|ふなべり}越しに{甲板|デッキ}を覗いてみたら、顔に見覚えのある老夫婦が、干物になっとた。
 子どもが出来るんが、遅かったからなーァ。
 一所懸命に働いとったが……。
 使命と責任を{全|まっと}うした{挙句|あげく}が、愛しい{子等|こら}に看取られることも出来ず、しかも干物とはなッ!
 自然界とは、無情なもんよォ!」

 「使命ってぇ?」と、直ぐに訊いたおれ。
 そう言ってしまった後で、言う前に少し気遣うべきだったなと、少々反省する。無論、反省しても仕方がない{類|たぐい}の反省だ。
 反省{序|つい}でに……という言い草は、ちょっと無理があるが、ここで、この爺さんを「{爺|じい}さん」と呼んでいることに関する弁解を、しておこうと思う。
 {然|しか}し、まァ! シンジイといい、カアネエといい、この爺さんといい、{武童|タケラ}という生きものは、なんでこうも一人の例外も無く、偏屈な人間ばっかなんだろう。
 一応、この爺さんに、名前を訊くには、訊いたのだ。
 すると……。
 「このわしの顔が、口先に五感を集中させたような梅干し{婆|ばばあ}に見えるとでもいうのかァ! それとも、おまえより年下の男の子にでも見えるってかァ? どう見ても、{爺|じじい}じゃろがい! だったら素直に、{爺様|ジジさま}と呼べ!」
 と、そんな訳なんだけんども、さすがに「ジジさま」は、ちょっと……ねぇ!
 {閑話休題|それはさておき}。

 爺さんは、{斯|こ}う教えてくれた。
 「地上に出たわしらが支流で、{未|いま}だに地底に住んどるやつらが、我ら{民族|エスノ}の本流ぢゃ。
 それは、いいなァ?
 で、ぢゃ。
 地底でも、野菜や果物は、栽培できるようになった。
 でもなッ!
 地底で、新鮮なイワシが群れたり、マグロが{遊弋|ゆうよく}したりなんぞ、でけんやろッ?
 じゃから、誰かが{漁|すなど}って届けるしかないっちゅうことよねぇ。
 それで、ひと休みする時も、休みの日も、ずっと海の上っちゅうことになったという{訳|わけ}ぢゃ。
 解ったかーァ?!」

 「勇敢な海賊も、なんか、情けないことになっとるんだなッ!」と、トンビ。
 「おまえ、詳しいのかァ?」と、おれ。
 「あんた、詳しくないのかい?」と、ウミネコ。逆に、問われる!
 (旅のおまえに、言われる筋合いはない!)と、思うおれ。
 「詳しくはないけど、おまえらの祖先、海賊なんだろッ? おまえ、地底の本流さんたちに、会ったことないのかァ?」と、トンビ。露骨に、{怪訝|けげん}な顔。
 「ない!」と、おれ。{何故|なぜ}か、胸を張って。声も、大きく。
 ……ここで爺さん、口を挟む。
 この{瞬間|タイミング}なら、異存はない。
 どうぞーォ♪

 「わしも、無い。誰も、知らんのぢゃ。地底集落が、どこにあるのか。{船住|ふなずまい}の漂海民ですら、漁ったもんの{最終顧客|エンドユーザー}がどこに住んどるか、知らんという訳じゃ。
 昔から、地上集落は、地底集落の近くに{創|つく}ってはならんという決まりがあるんじゃ。地上集落は、標的にされ{易|やす}いからなァ。地上が襲撃されたら、地底も巻き添えになってしまうからなァ」

 「そんなもん、その地底なんとかがどこにあるか判ってないと、そこを避けて地上にそのなんとかを創ることなんか、できしまへんやんけーぇ!! だべしゃーァ??」と、ウミネコ。
 「なすーぅ!! ……なんじゃが、そこは、大丈夫なんぢゃあ♪ 申請書を出すからな。『もそっと東へ五十キロくらい行け』とか、『但し、百キロ以上は行くな』とか、認可と同時に、そんな条件が付いてくるという訳ぢゃ」と、爺さん(自称ジジさま)。

 「てか、でごんす!
 その方向とか範囲とかの条件を集めて、地図に{描き入れ|プロット}すりゃあ、あるていどの位置が判るっちゅうもんたいちりめん!」と、トンビ。こいつ、腹でもへっとんかい!
 「まァ。そうなんじゃがな。でもな。その申請書を管理しておるのは、{遥|はる}か東の{彼方|かなた}の文明界の中枢に入り込んどる潜入班の調査員なんじゃとか、じゃないんじゃとか、どっちやねん! ……とまァ、そんな訳なんぢゃーァ」と、ジジサマ。
 「まァ、わざわざそんな危険なところにまで行って、その申請書を手に入れようなんて考えるバカは、{居|い}ないだろうからなッ!」と、おれ。
 「それが、{居|お}ったんぢゃ。しかもそれは、おまえらが通っとった寺学舎の先輩三人組ぢゃ!」と、ジジサマ。
 「三人組ーぃ!?」と、おれ。
 「知っとるん? あんた、その三人組」と、ウミネコ。
 「知らん!」と、おれ。
 「なんじゃい!」と、トンビ。
 「その話は、これで、終わりぢゃ。
 それより、操舵員、代われ!
 実習にならんじゃろがい!」と、ジジサマ。

 舵取りを代わったおれ。そして、手持ち無沙汰というか、羽持ち無沙汰というか、何か言いたそうに首を左右に振りながら、そわそわ落ち着かない様子の二羽。
 それを察してか、ジジサマ。何やら独り{言|ご}ちるように、{呟|つぶや}きはじめた。

 「文明人は、わしら自然人の存在を、知らんのじゃ。存在せんものに気を遣えっちゅうのも、{酷|こく}っちゅうもんぢゃ。
 じゃあ、存在を知らせたら、気を遣ってもらえるかっちゅうたら、その逆じゃ。消去されてしまう。
 木は倒され、草花は刈られ、土は掘り返され、集落は丸裸にされて、押し潰されて、消滅する。
 文明界の{子等|こら}は、そんなことを、何も知らん。罪は無い。そんな子等も、次の大戦じゃあ、殺さにゃならん。それは、正義かァ?
 じゃが、それをやらねば、{何|いず}れその子等は、存在を知らない分化してしまった亜種……{即|すなわ}ち、わしら自然{民族|エスノ}を、知らず知らずのうちに、絶滅に追い込むことになる。
 大人になったその子等が、もし、わしらの存在を知れば、{躊躇|ちゅうちょ}することなく、わしらを消去することじゃろう。
 これから、大事なことを言うぞッ!
 そこの白いのと、茶色いのォ!
 この半年の間に、少しは、人間のことが解かってきたじゃろう。
 疎開してきたおまえらだって、磯の鳥や、森の動物たちのことが、相当だいぶん、解ってきた{筈|はず}ぢゃ。
 それと、{同|おんな}じことなんよォ♪
 おまえらは、文明{民族|エスノ}の子等や、和の{民族|エスノ}の子等のことを、もっと理解せにゃいけん。
 その逆も、{然|しか}りじゃ。
 相手の努力も必要じゃが、わしら自然{民族|エスノ}も、とくに{美童|ミワラ}のおまえたちは、文明や和の子等に、少しでも多くを理解してもらえるように、もっともっと、努力せねばならん。
 そのためには、もっと、対話せねば!
 そのためには、もっと、交わらねばならんということぢゃ。
 子どもたちだけでも、一つにならねば、一つに戻らねば、次の天地創造を見る前に、ヒト種は跡形もなく、亡びゆく。
 おまえも、門人学年になったら、{躊躇|ためら}うことなく{果敢|かかん}に、文明界や和の連中のところへ、飛び込め!
 おまえらが知命して、無事に{武童|タケラ}になった{暁|あかつき}には、自分の子に、そうするように教えるんぢゃ。
 文明の子等も、和の子等も、もう{既|すで}に、自ら考え、自ら行動して、わしらの世界に飛び込んでくるような能力は、持っておらん。
 大人たちに押さえつけられて、がんじがらめで、考えることも動くことも禁じられて、大人になって気づいたときにはもう、自分一人では、何も考えることができん。自分一人では、何一つ、行動ができん。そんな{憐|あわ}れな変種に、なってしもうとるんよねぇ。
 おまえらが動かねば、もう、一つにはなれん。一つになれなんだら、自然から離脱してしもうた奴らは、わしら自然界のすべてを、亡ぼしてしまうことじゃろう。
 その{要|かなめ}を担うわしら自然{民族|エスノ}とて、既に、{武童|タケラ}{等|ら}はもう{皆|みな}、戦うことを選んで、その準備を着々と進めて{居|お}る。
 おまえらの先ず最初の敵は、おまえらの先輩や{先達|せんだつ}や親たち……即ち、おまえらの{同胞|はらから}なのぢゃ。その味方、身内と先ず闘って、相手を変え、自らも変わってゆかねば、わしら自然の一部のすべての生きものに、未来は無い。
 わしが、おまえらに言いたかったのは、そこんところぢゃあ!」

 暫し沈黙……と、言いたい{場面|シーン}だが、ウミネコのオバンが、その空気を踏み倒すように言った。
 「あのさァ。この船、なんて名前なんだい?」
 「幸福丸♪」と、ジジサマ。
 「アンチョコだなッ!」と、トンビ。
 「{餡|あん}とチョコが、どうしたのさッ!」と、ウミネコ。
 「あんぱんと板チョコが、食いたいってことさッ!」と、おれ。
 「食い散らかすから、陸に上がってからにしてくれんかァ!」と、ジジサマ。
 「なんだかなーァ!! この島に居ると、なんか実感、湧かねーやァ!」と、おれ。
 「左脳が、退化してしもうたでな。わしら自然の人間たちは……」と、ジジサマ。

 「おい!
 そこの羽根が退化したオバハンと、{嘴|くちばし}の器用さが退化したオッサン!
 てか、年齢不詳だけど……。
 おまえらも、なんか手伝えよッ!」と、おれ。
 何も聞こえない振りをする、ウミネコのオバン。
 「指名されても、使命は御免{蒙|こうむ}る!」と、トンビのオジン。
 海面では、カモメの子等が、凛々しい顔で整列して、水泳教室の実技講習に、{勤|いそ}しんでいた。 

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一学83 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.8(土) 朝7時

#### 一学ワタテツ「哲学的に{捉|とら}えると{莫|まく}妄想、科学的捉えると創造力」然修録 ####

 莫妄想は、*左脳を整理*し、学問を積む準備運動となる。但し、学問をいくら積んでも、悩みは尽きない。*自分で*、どうにかせねば! 己の体験で得たイメージを活用して、創造力を養い、*右脳を鍛えよ*!
   門人学年 ワタテツ 青循令{猛牛|もうぎゅう}

 一つ、学ぶ。

 ヨッコからの「莫妄想について調べよ!」との指令……塾師を拝命する学年である我ら門人(ヨッコと俺)としては、「課題。莫妄想を自ら会得、実践によって体得せよ!」と、指令ではなく、課題を提示すべきところではなかったか。

 ……と、自ら捉え方を変えて、素直にヨッコの指令に応じてみた。その結果について、物語る。

   《 左脳を整理し、右脳を鍛える 》

 「莫妄想なら、禅宗のお寺に行けば、好きなだけ修行できるさァ♪」と、言われた。
 これが、指令に呼応して周囲の{先達|せんだつ}と{思|おぼ}しき人びとに問うてみて、一様に返ってきた答えを要約したものだ。
 禅は大乗仏教であるから、原始仏教の流れを{汲|く}む。莫妄想が、その禅の一環として修行されているということは、哲学として捉えられているということだ。

 ならば、学ぶ価値あり♪ ……なんだけれども、みんながみんな同じ捉え方をしたんじゃあ、芸がない。
 そこで、シントピックリーディングの目的が、頭に浮かぶ。一つの{主題|テーマ}を、様々な観点から捉えるために、多{類型|ジャンル}の本から同じ主題の{話題|トピック}を探し出して、読み比べる。
 禅という宗教の類型だけで莫妄想を捉えたならば、莫妄想の単一的な側面しか理解することができないのではないか。何か別の捉え方……別の観点から、莫妄想を捉える必要があるのではないかッ!

 ……と、そんな初動の{経緯|いきさつ}もあって、**科学的に**莫妄想を捉えてみることにした。
 莫妄想は、考えても仕方がない過去の事象を{棄|す}てるということ。それで残るのが、現在と未来。但し、現在は、無に等しい。過去に計画されて、今まさに瞬時に消え去るだけの、捉えようもない〈無〉に過ぎない。
 {即|すなわ}ち莫妄想とは、左脳が受け持つ雑多で{猥雑|わいざつ}な過去と現在を、整理整頓、片付け清掃、分別ゴミ出しをするということだ。これにより、左脳に集中力が生まれ、直観力を養う土壌が出来上がったことになる。

 と、言うことは……だ。
 残るは、未来。
 それを{捕|と}らえる能力が、創造力。鋭い直感力。本質を見抜く眼力……そう、洞察力という言葉が、頭に浮かんでくる。
 これら創造力、直感力、洞察力のすべてが、右脳が受け持つ能力だ。これを、宗教的に捉えてしまうと、神{憑|がか}り的とか、超能力とか、霊感とか、超常現象とか、そっち系の側面にのみ観点が{偏|かたよ}ってしまう。
 俺はべつに、アンチ宗教派でもなんでもないので、それはそれで肯定{吝|やぶさ}かではない。霊感とか超常現象は別にしても、原始仏教の哲学的な捉え方は、人生の随所で取り込んでいこうと思っている。
 ……が、前述の「芸がない」という意味で、それだけでは、どうも面白くない。それで、科学的に右脳を捉えてみることを、始めてみようと思う。なので、今回は、その「はしがき」とも言うべき内容となろう。

 科学的に捉えた学問を試み始める前に、なぜ原始仏教の哲学的な捉え方を併行して学び続けたいと思うのか。その点について、簡単に触れておく。

 {嘗|かつ}て二十世紀の天才的な物理学者たちは、よく「仏典」を読んでいたと言われている。その訳は、自己肯定……自分の仮説に自信を持つために、鋭い洞察力を持ったお釈迦様の教えが、大いに力になったからだと考えられている。

 人は、目前の問題を、自分一人で解決できないから、悩む。その能力が足りない未熟な理由、その根源のことを、「無明」という。お釈迦様は、世の人びとの無明を取り除き、自分で悩みを解消できるようにしてあげたいと、考えたわけだ。
 そのためには、先ずは自らが学ばなければならない。問題を解決するためには、学問が欠かせない。世界中に、お手本はいくらでもある。それを習うのが先決で、しかも早道だ。
 先人語録や{先達|せんだつ}から学ぶ……お釈迦様は、これを「{声聞道|しょうもんどう}」と呼んだ。

 でも実際のところ、この声聞道で解決できてしまうような悩みは、大した問題ではない。声聞道に努めたところで、種々雑多な悩みは、尽きない。となると、お手本も無く、先生も居ない{訳|わけ}だから、自分でどうにかするしかない。
 ここで、創造力とか、{新たな工夫|アイデア}とかいったものが、必要となってくる。但しこれは、声聞道のように学べば会得できるといった代物ではなく、いくら独りで大努力したって何も思いつかない場合もあるし、かと思えば、何かのご縁がきっかけで、ポッと何気に頭に浮かんでしまう場合だってある。
 ……という訳で、お釈迦様は、これを「{縁覚道|えんかくどう}」と呼んだ。

 前者「声聞道」が、学問を積むことだとすれば、後者「縁覚道」は、実体験によって得た{心の中に浮かんできた映像|イメージ}を、実践で**活用**する……と、いうことになろうか。
 この活用こそが創造力であり、正に右脳の活躍するところなのだ。

 はてさて、先人の語録を会得できれば学問と成り得るように、この創造力の訓練をすれば、その究極である洞察力を体得できるかというと、そう都合よくはいかない。
 それだけ右脳というのは、一筋縄ではいかぬ、{所謂|いわゆる}{曲者|くせもの}なのだッ!  

_/_/_/ 「後裔記」、「然修録」
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_/_/_/ 『亜種記』
Vol.1 [ ASIN:B08QGGPYJZ ]

_/_/_/ 『息恒循』を学ぶ _/_/_/
その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院