MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

_/_/_/ 然修録 第2集 _/_/_/ 第2回


   命の正体

 K2694年 想夏
 エセラ
 立命期 少循令 鐡将

 この世の時空のどこかに
 もし ぼくらの子孫が存在するなら
 伝えたいことがある

 命の正体は 感性だ
 理性も 知性も あとからいくらでも作ることができる
 でもね 感性は どうやっても 作れない
 だって 感性は {我|われ}が{儘|まま}だから
 どうして人間は 百年も生きられるんだろう
 それは 我が儘を 感性を 命を 大事に生きたから
 それでも 感性は擦り減り 人間は 死ぬ

 擦り減るから 焦って 理性や知性を 磨こうとする
 すると どうなるか
 笑うことを我慢して {嘘|ウソ}ばっかり言うようになる
 考える事が過ぎて 食欲もなく{萎|な}え引きこもる
 そうなったら もう 自然の生きものじゃない
 化け物として 自ら死に急ぐ

 感性とは 感じること
 集中しないと 感じることはできない
 ほかのことを考えると 集中なんかできない
 だから 感じたいときは 考えちゃダメ
 でも 考えちゃう
 目から 考える材料が 飛び込んでくる
 だから 目をつぶる
 するとこんどは 頭に何かが 湧き上がってくる
 次から次へと 考える材料が 浮かんでくる
 ダメじゃん

 だから 感じたいときは 目を半開きにする
 呼吸を 整える
 息恒循の {唯息|ゆいそく}
 {一刻|いっとき}の 吐息

 ひぃ吐息め {想|そう}
 ふぅ吐息め {観|かん}
 みぃ吐息め {測|そく}
 よぉ吐息め {尽|じん}
 いぃ吐息め {反|はん}
 むぅ吐息め {疑|ぎ}
 なぁ吐息め {宿|しゅく}

 そして 整う
 それが {吐無|ぬむ}

 考えると 息を吸う
 理性も 知性も 息を吸う
 吸ってばかりいるから 感性が鈍る
 感性が 命が 擦り減る
 吐けば 感じる
 命が 喜ぶ

 {一吐息|ひとといき}
 明けても暮れても ひと吐息
 今 生きている
 それが 命 

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発行 東亜学纂
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_/_/_/ 然修録 第2集 _/_/_/ 第1回


   まえがき

 アイアム、テレブ。
 七十六歳。
 {美童名|みわらな}は、サーレ。

 自己紹介は、後裔記を諸書として編集している方の「まえがき」に書いたので、省略する。
 この編では、後裔記と同様、亜種記編纂のため、然修録を諸書として編集する。

 イエロダが編んだ亜種記は、後裔記と然修録を同期させながら羅列した。
 だが、わたしが編む亜種記は、同期させない。
 イエロダが編んだムロー学級のころと、わたしがこれから編もうとしているエセラ君たちの時代とでは、世情も、治乱の進行具合も、大きく違ってきているからだ。

 ムロー学級のスピア君たちが書いた然修録の目的は、息恒循の自修である。
 これ、小難しい。
 現代の{子等|こら}は、小難しいものは読まないし、書かない。
 なので、寺学舎の学師の少年たちに、ある提案をした。

 息恒循は、学ばなくてもいい。
 {美童|ミワラ}のうちは、息恒循を理解するために必要な素養を養うこと。
 息恒循の真意を後裔たちに繋げるために、自由に読書し、大いに見聞を広めて欲しいと。
 そして願わくは、知命して晴れて{武童|タケラ}となるまでに、自分たちの言葉で、新訳「息恒循」を完成させて欲しいと。

 後裔記の編では、序章として、エセラ君の五歳から七歳のころの日記を載せた。
 本編は、彼十三歳から十四歳のころに{美童|ミワラ}たちが書いた後裔記を、一つの物語に編む予定にしている。

 なので、然修録も同じく、そのころのエセラ君たちのものを集めた。
 後裔記と時勢は同じくするも、前述したようなことを目的として書かれた学びの記録あるから、後裔記との同期は意味がないと判断した。

 「息恒循は、学ばなくてもいい」とは確かに言ったが、実際、本当に学んでいない。
 わたしが提案したとおり、自由に読書し、見聞を拡げることに努めたようだ。
 だが、立命期は、十三歳で終わる。
 {美童|ミワラ}の時代を、終える。
 すなわち、もう子どもではなくなるということだ。
 十四歳となった想夏、運命期がはじまる。
 そう……{武童|タケラ}、自然{民族|エスノ}の大人となるのだ。

 ムロー学級は、八人が八人とも、{美童|ミワラ}のまま、運命期に突入した。
 我ら{日|ひ}の{本|もと}の国を遠く離れてしまったので、ある意味仕方がない部分もあるが、それでいいという理由とはならない。

 確かに彼らは、漢字や小難しい熟語をいっぱい覚えたし、息恒循も小難しいまま読み{熟|こな}し、エセラ君たち後輩に繋いだ。
 だがそれは、繋いだのではなく、残しただけのことだ。
 今、この時代、エセラ君たちに、同じことはできまい。
 それはそれで{虚|むな}しいことではあるが、そこはそことして、それなりの大努力を模索してもらわねばならない。

 我らが祖、イザナキの父君とイザナミの母君の夫婦喧嘩からはじまったヒト種の栄枯盛衰と人口の乱高下は、今や、アマテラスの姉御やスサノヲの兄貴たちの想いを大きく裏切り、分化と退化留まることなく、その分化した亜種ですら、さらなる分化と退化の副産物である変種!の誕生が、{危惧|きぐ}されている。

 嗚呼、なんたる愚痴っぽい前書き!

 では、K2694年、想夏。
 立命期最後の年、エセラ君。
 少循令、鐡将。

 彼の然修録から、はじめよう。

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_/_/_/ 後裔記 第2集 _/_/_/ 第4回

_/_/_/ 後裔記 第2集 _/_/_/
第4回 2024.1.2 配信

   五歳が見た夢

 宇宙人や幽霊との遭遇より、もっともっとびっくり驚く未知の世界がある。
 それが、子どもたちの夢の中だ。

 エセラ、ある日の後裔記。

 また、夢を見た。
 目が覚めたとき、ぼくは、その物語を正確に覚えていた。
 たまに、そんなことがある。
 周りの{武童|タケラ}……大人たちに話すと、いつも{斯|こ}う言われる。
 「すごいなッ!」
 その感嘆の言葉は、夢の内容でもなければ、目覚めてその全容を覚えていることでもなかった。
 それを忘れずに覚えていることに、大人たちはみんな、感心するようだった。
 「じきに、すぐに忘れるようになるさ」
 いつもそう言って、冷めた応え方しかしない大人が、一人だけ居た。
 ぼくが大好きな、婆ちゃんだ。

 夢の中で……。
 バコーン!
 バギッ!
 ドッスーン!
 そして……朝。

 「賑やかだったねぇ。
 また、夢見てたのかい?」

 ふがァ!ふがァ!と鼻を鳴らしながら、決まり文句のような婆ちゃんの朝の挨拶が聞こえてきた。
 「今日は、ぜんぶは覚えてないんだ。
 でも、聴く?」
 「聞かない」……と、これも、婆ちゃんの決まり文句。
 「ねぇ。
 いずみたくシンガーズって知ってる?」と、エセラ。
 「それ、誰から聞いたんだい?」と、婆ちゃん。
 「夢の中に出てきたんだ」と、エセラ。
 「まったく。
 ほんと、おまえの夢だけは、わけわかんないよ」と、婆ちゃん。
 「『生まれてきたのは、なぜさッ♪』って歌ってたんだけど、ぼく、答えられなくて、摘まみ出されたんだ!」と、エセラ。
 「なーんじゃすりゃ!」と、婆ちゃん。
 「涙は心の汗だから、たっぷり流せだって。
 そこでドアを閉められたから、その先の歌詞は、わかんないんだけど」
 「どのご先祖様に似たんだか。
 まったく、この子は!」と、婆ちゃん。
 エセラの夢は、まだ続く。

 「ぼく、{A|アーティフィシャル}{I|インテリジェンス}のパパチャリに乗って、帰ってきたんだ。
 *エベレーター*のドアが開くと、チビ助のロボットたちがわんさか出て来て、そいつらみんな、『急げ!』とか『早くしろ!』とか言い合いながら、最初にエベレーターから出てきたロボットが、『先に行く。おまえらも、早く来い!』って書いたプラカードを持ってて、そいつをぼくの胸に押しつけてくるんだ。
 でも、あっという間に、そのロボットたちはどこかに駆けて行ってしまって、次にエベレーターから出てきた有名な商社の無名な社員風のおにいさんが、ぼくに斯う言ったんだ。
 『さァ。
 ここは、君の家なんだから、遠慮は要らない。
 ゆっくりしていきなさい』
 なんのことだか、さっぱり解らない。
 そう思ってたら、そのおにいさんも、消えちゃったんだ。
 それに気がついたとき、ぼくはもう、エベレーターの中に居た。
 エベレーターなのに、中は階段室になっていて、ぼくは、無我夢中で八階まで階段を駆け上がったんだ。
 八階には、ぼくの部屋がある。
 なぜだか、ぼくは、そのことを知ってたんだ。
 八階の階段室の前の踊り場に出たとき、ぼくは、ハッとたいへんなことに気づいてしまった。
 パンツのポケットにも、靴下のポケットにも、あらゆるポケットに手を突っ込んでみたけど、どこにもないんだ。
 ぼくたち人間にとって一番大事なもの、携帯頭脳だよ。
 ぼくは慌てて階段を駆け下りて、AIパパチャリを置いてあるところまで戻った。
 でも、どうして自分が急いでそこまで戻って来たのか、どうしても思い出せなかった。
 もうそんなことは、どうでも良かったんだと思う。
 だって、ぼくはもう、一階の客室の中に居たんだもん。
 そこでは、ヒト種のいろんな亜種や変種の生きものが、重なり合うように芋虫ゴロゴロをやってた。
 その一等奥で、ぼくの父さんが、{胡坐|あぐら}をかいて座っていた。
 手を組んで、その上に顔が載ってたけど、その顔には、目も鼻も口も、何も書いてなかったんだ。
 『節約も、いい加減にしとかないと、死んじゃうよォ!』って、ぼくは叫んでた。
 すると、父さんが座ってる後ろのエベレーターの扉が開いて、その中にも階段室があるって、ぼく、直ぐに判っちゃったんだ。
 でも、そのエベレーターの中に入ると、階段じゃなくって、{螺旋|らせん}のスロープになっててさ。
 ぼくは、四つん這いになって、八階の自分の部屋まで、上って行ったんだ。
 そこでやっとぼくは、自分の部屋に入れた。
 その部屋からも、音が聴こえてきた。
 それは、おやすみのテーマみたいな音楽だった。
 『熱い心を強い意志で包んだニンゲンたち……。
 あああーァ♪ ああああーァ♪
 ウウウーぅ♪ ウウウウーぅ♪
 ……DAH、DADDAN!』
 みたいな。
 それで……」

 そのときだった。
 婆ちゃんが、吠えた。
 「わかった!
 わかったから、もうお黙り!
 昨日はたしか、裏山の崖っぷちで寝てて、寝返りを打ったら崖から転げ落ちて、それを天照狼に助けられたんだったよねぇ?」
 「違うよッ!
 アマテラスは合ってるけど、そのあとはオオカミじゃなくて、オオミカミだよ」
 「神様も狼野郎も、同じ自然の生きものさ。
 変わりゃあせんようねぇ」と、何を言い返されても動じない、見方によっては可愛げのない婆さんなのだった。
 「ぼく、旅に出るよ♪」と、こちらも動じないというか、{他人|ひと}の話を聞いていないかのような、いつも話が飛びまくる少年、エセラ。
 「なんだろうねぇ、この子は。
 {現|うつつ}の朝くらいは、普通の男の子で居て欲しいもんだわァ。
 ……で、旅に出たい理由、これから言うんだろッ?
 では、どうぞーォ♪」と、婆さん。
 「ばァばが言ったんだよ。
 『飛び出せ!』って。
 『ずっと家んなかばっかに{居|お}るけにが、夢んなかでしか行動できん子になるんよねぇ。
 勇気出して、飛び出してみぃ!』って、ばァばが言ったじゃん!」
 ……と、ほっぺたに不服を全開させて、エセラが言った。
 「あーァ、{言|ゆ}うた言うたァ。
 言うたが、そりゃいつの話ねぇ!
 意味も違わいねぇ。
 誰が『旅に出えッ!』じゃこと言うたねぇ! 
 『出え』いうんは、外で遊んで来いいうことよねぇ。
 おまえは、十言わんと一もわからんのんねぇ!
 ほんに、わけつのわからん子じゃわい」
 婆さんは、そう言ったっきり、家の奥に残されている古めかしい土間の部屋に引っ込んでしまった。

 少年エセラは、考えた。
 外に出ないから、変な夢ばっかり見るのか。
 昔流行った音楽は、どこからぼくの脳ミソに入ってきたんだろう。
 それとも、入ってきたんじゃなくて、生まれたときから元々、ぼくの脳ミソの中にあったんだろうか……と。

 エセラがあまり外に出ようとしない理由は、エセラ自身の事情だった。
 外に出ると{直|じき}に胸が痛みだし、すぐに{蹲|うずくま}ってしまうのだ。
 でも、却ってそれは、少年エセラにとっては、都合がよかった。
 エセラは、家族以外のすべてのヒト種と、顔を合わせたくなかったのだ。
 会うと無意識に、{戈|ほこ}を{止|とど}めさせようとする。
 そんなとき、エセラが、必ず思うことがあった。

 (ぼくは、自然{民族|エスノ}じゃなくて、和の{民族|エスノなんじゃないのか。
 そうじゃないにしても、少なくとも鷺助屋の後裔じゃなくて、和の人たちに近い座森屋の後裔なんじゃないのか。
 どちらでもないとしたら、いつかの時代のぼくらのご先祖さまが、和の人か座森屋の人と*まぐわい*をしたのかもしれない。
 ぼくがまぐわいをしたら、ぼくの子どもは、どんな亜種として生まれてくるんだろう。
 そんなことは、ぼくの子どもが生まれてきてから考えても、まだ間に合う。
 今考えなければ間に合わないことって、なんだろう。
 ぼくの胸の痛みは、仮病じゃない。
 でも、不思議とそれは、ぼくの目的に適っている。
 夢だって、どっこも、変じゃない。
 すべてが、正常。
 ぼくの{身体|からだ}の中にも、AIがあるんだ。
 アブドミナル・アイランド。
 その島でぼくが体験したことが、ぼくの夢の正体なんだ。
 ぼくのお腹の中にも、脳ミソがある。
 アブドミナル・ブレイン。
 音楽だって、正常だ。
 『夢ん中に音楽があるいうんは、悪いことじゃなかろうて。
 悪いどころか、えげつないほどええ美質よねぇ♪』って、婆ちゃんも言ってくれた。
 だからぼくは、己の美質を護るために、旅に出なきゃいけないんだ。
 ぼくが旅に出ることは、世のため人のためなんだ。
 きっと、間違いない。
 絶対に、たぶん……)

 婆さんが好きな音楽は、意外との日本歌謡の懐メロなんかではなかった。
 それは、{A|アルバム}{O|オリエンテッド}{R|ロック}。
 でも、本当に好きなのは、{プログレ|プログレッシブ・ロック}。
 なかでも、婆さん今でもよく聴いているプログレ懐かしのメロディがあった。
 曲名は、「こわれもの」。

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_/_/_/ 後裔記 第2集 _/_/_/ 第3回


   エセラ、五歳

 『ボクは5才』
 そんな映画を観た。
 夢の中で。
 いつもの巻き巻きモニター。
 目が覚めて、{現世|うつしよ}の巻き巻きモニターで、調べてみた。
 あった。
 二六三〇年の「こんにちは」の年、実際に上映されていた。
 ぼくの脳ミソは、どこからその映画を持ってきたんだろう。
 ぼくが、マイナス五十一歳のころの映画なのに……。
 まァ、いいけど。

 {美童|ミワラ}の{七息|しちそく}?
 寺学舎のお兄さんたちが、そんな話をしていた。
 変人の少年が、生まれ持った美質。
 そんな話だったと思う。

 外国人が使っている世界地図を見た。
 ぼくが住まっている浦町から、そんなに遠くないところに、いっぱい島が印刷されている。
 実際に行ってみると、遠いに違いないけど。
 ぼくの周りに魅力的な{物|ブツ}は、一つもない。
 ブツというのは、ヒト種のことだ。
 世界地図に印刷されている島に行けば、面白いブツが、きっとある。
 それを、書いてみたいな。
 もし、どうしても、後裔記を書かなきゃならないんなら。
 もし、ではない。
 書かなきゃならない。
 大人たち……{武童|タケラ}が、亜種記を編むため?
 どうして、そんなものを編むの?
 ぼくらの手袋とか首巻きとかを編んでくれたほうが、よっぽど世のため子どもたちのためになると思う。
 どうやら、世のためでも、ぼくら{美童|ミワラ}のためでもないみたいだ。
 じゃあ、誰のため?
 まァ、いいけど。

 今日も、ブツの大人たちが、騒いでいた。
 「この星が、消えてなくなる。嗚呼、たいへん!」
 それが本当なら、騒いだって、どうしようもない。
 ブツどもは、ただ、恐怖を{煽|あお}りたいだけ。
 原始的な、洗脳手法。
 そんなことくらい、子どもなら、みんな知ってる。
 他人は、洗脳してでも変えたがるのに、自分は、頑として変えたがらない。
 だから、ブツはみんな、変人。
 「自分は、常に正しい」
 「本当の自分は、誰よりも{優|すぐ}れている」
 大人のブツどもは、みんな、そう思っている。
 笑える。
 確かに、子どもたちに笑われる能力だけは、優れている。
 でも、これは、そいつらには言えない。
 否定すると、怒りだすからだ。
 理由は、ぼくらが子どもだから。
 子どもより、自分たち大人のほうが優れてるって、思ってるからだ。
 本当のことを知るって、勇気が{要|い}るんだ。
 勇気がないから、本当のことを知りたがらない。
 まァ、いいけどね。

 ぼくらは、自然エスノ。
 そうらしい。
 ヒト種の下位の、亜種だ。
 他に、ぼくらと同位の亜種は、文明エスノと和のエスノがある。
 和のエスノの子どもたちには、会ったことがある。
 ぼくら自然エスノと和のエスノは、保護亜種と被保護亜種の関係にある。
 ぼくら自然エスノが、和の人たちを護っているらしい。
 問題は、文明エスノの{奴|やつ}らだ。
 奴らは、生まれ持った美質を{棄|す}て、{戈|ほこ}を{止|とど}める心を死滅させてしまった。
 大罪人、世界中の原始ヒト種の敵だ。
 「戈を止める」を一文字で書くと、「武」。
 だから、自然エスノの大人たちは、{武童|タケラ}と呼ばれている。
 そしてぼくら、自然エスノの子どもたちは、生まれ持った美質を守ってるから、{美童|ミワラ}と呼ばれている。
 話が、飛んだ!
 まァ、いいけどね?

 文明エスノの奴ら、心の中の大事なものを棄てまくったんなら、そのまま、空っぽのままにしときゃいいものを、何を考えたんだか……まァ、空っぽだから何も考えられなかったんだろうけど、その空っぽの心に、{A|Airtificial}{I|Intelligence}の貴金属を埋め込んじゃったんだ。
 まァ、いい?……わけないじゃん!
 常に、他人と自分を比較し、他人を{羨|うらや}み、他人を{妬|ねた}み、うじうじして心の中が分裂して、{挙句|あげく}分断、そして激突……結果、他人に八つ当たりして、自滅する。
 そんなバカどもに八つ当たりなんかされてこの世から放り出されたら、たまったもんじゃない。
 まァ……も、クソもない。
 いいわけないじゃん!

 頭に貴金属を埋め込んだ奴らも、文明エスノって呼んでいいの?
 文明エスノとは区別して、ヒト種の下位から除外すべきだと思う。

 今日、閑話休題って言葉を覚えた。
 意味は、「そうそう、ほんでねぇ♪」だ。

 閑話休題。

 AIって、他にもある。
 島だ。
 {A|Abdominal}{I|Island}。
 霊薬が{繁|しげ}る島。
 神霊が{棲|す}まう島。
 アブドミナル・ブレイン……腹脳……ご先祖さまたちの心を持った原始ヒト種が、住まう島。
 そんな島に、行ってみたい。
 まァ、絶対に行くけどねッ♪ 

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_/_/_/ 後裔記 第2集 _/_/_/ 第2回


   エセラの日記

 エセラの十三歳から十四歳のころの物語である。
 彼は今、十五歳だ。
 彼が今どうしているかは、なぜか知りたくない気分もある。
 最後に読んだ少年エセラの後裔記は、まるで、本当の日記のようだった。
 どこかの爺さんが、少年時代のことを懐かしんでいるかのようでもあった。
 そう感じたのは、わたしが爺さんになってしまったからかもしれない。
 こんなふうに、書かれていた。

 なぜか、ずっと忘れていたことみたいに、何かがふっと、頭に浮かぶことがある。
 ぼくが本当にやりたかったことは、人を楽しませることだ。
 人を、幸せな気分にさせる。
 そんな時間を、子どもたちにも。
 ボランティア。
 ひとり、流転。
 ぼくは、一人で、全国を巡っている。
 ぼくはきっと、こう思う。
 これで、いいんだ。
 これで、よかったんだ。
 必ず、そう思う。
 だって、今がそうだから。
 毎夜、ひとりで眠りにつくとき、ぼくはぼくに、いつもそんな言葉を投げかける。
 ぼくはちゃんと、納得してくれているんだろうか。

 ……と、こんな感じだ。
 今、時令にしたがって、その土地土地の風習にもしたがいながら、僅かに生き残った普通の人間たちが、まだこの国で生きている。
 そしてまた、百年に一度の周期で必ず起こる大戦乱期が、またやってくる。
 イザナキの神は人間を生み続け、イザナミの神は人間を殺し続ける。
 イザナキの神は、律儀に決まったペースで青人草……ヒトを、産み続ける。
 イザナミの神は、気が進まないのか、徐々に殺人の手が緩み、百年に一度、その遅れを取り戻そうと、黄泉の国から大号令を出すのだ。
 神様は、世のため人のために何かをさせるために、青人草を生み続けてきた。
 それは、いいことだろう。
 そのいいことするために生まれてきたことを知り、知ったならそのいいことを、素直に誠実に、実践すべきだったのだ。
 無論これは、大きなお世話だ。
 いや、それは、間違いだ。
 後の祭り……。
 いや、それは、嘘だ。

 わたしが、初めて読んだ少年エセラの後裔記は、彼が、五歳のころに書かれたものだった。
 それは、時おり書かれ、彼七歳のころ、早々に挫折している。
 そのころ、この世の乱れが、加速しはじめる。
 そんな折も折、何かの義務感、己に与えられた何か使命のようなもの……そう、己の天命に目覚めたかのように、再び彼は、後裔記を書きはじめた。
 それが、彼十三歳のころというわけだ。

 後裔記を転載すると、「なんじゃこりゃ、おまえもかァ!」と、ズッケロさんに笑われそうだけど、でも、どうしても、そうしなければならないと思う。
 幼い{美童|ミワラ}と、老いた{武童|タケラ}……感性が、違うのだ。
 なので、彼、少年エセラ五歳から七歳までの後裔記を、そうだな、四つか五つ、最小限の編集に留めて、この亜種記に、転載したいのだ。

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_/_/_/ 後裔記 第2集 _/_/_/ 第1回


   まえがき

 

 わたしは、テレブ。
 七十六才。
 {美童名|みわらな}は、サーレ。
 五十八年前、ズッケロさんとペーペとわたしの三人で、{仕来|しきた}りの旅に出た。
 そのズッケロさんが、亜種記を編んだ。
 十四年前のことだ。
 ズッケロさんの{武童名|たけらな}は、イエロダ。
 いずれ、ペーペも、亜種記を編むことだろう。
 ペーペの武童名は、コールポ。
 早くしないと死んでしまうだろうに……まァ、あいつのことだ。
 どうにかするだろう。
 なぜなら、わたしたち三人は、約束したのだ。
 我ら自然{民族|エスノ}の約束は、絶対だ。
 なぜなら、我々自然{民族|エスノ}は、自然の一部だからだ。

 イエロダは、{美童|ミワラ}たちの後裔記を{羅列|られつ}する形で、亜種記を編んだ。
 然修録も、{然|しか}り。
 後裔記と然修録を、交互に並べたのである。
 そうすることが、一番手間が省けると思ったのだろう。
 思ったら、検証する前に、先ずは行動。
 それが、我らズッケロ学級三人の常であった。
 それが、どんな{窮地|きゅうち}を招くか、一番胸に響いているはずのイエロダが、またやってしまったのである。
 早々に、第二版。
 少年少女たちの後裔記と然修録を、大幅に書き直した。
 後裔記は、{云|い}わば日記、然修録は、云わば学習帳である。
 続けて、第三版。
 先ず、後裔記と然修録を、別冊にした。
 さらに、またまた、後裔記と然修録を、書き直した。
 この第三版で、やっと、読むに{堪|た}えるギリギリぎっちょんちょんに達したのである。

 なのでわたしは、最初から、後裔記と然修録は、別冊にしようと思う。
 幸い、ヒト種の分化による内乱は激しさを増し、{美童|ミワラ}たちも闘うほうが忙しく、イエロダさんが編んだ十四年前の{美童|ミワラ}たちに比べると、然修録の数はずいぶんと少ない。
 幕末志士が書いたような難しい漢字や古典的な表現も、すっかり影を潜めてしまったようだ。
 書くなら、今しかない。
 ある少年と出逢って、そう思った。
 エセラ……それが、彼の美童名だ、

 わたしたち三人は、寺学舎に通い、{美童|ミワラ}と呼ばれていたころ、「ズッケロ学級」と呼ばれていた。
 イエロダが編んだ{美童|ミワラ}たちは、「ムロー学級」と呼ばれていた。
 だからわたしも、彼らを、「エセラ学級」と呼ぶことにした。

 最後に、わたしの編集方針を、改めて書き添えておく。
 後裔記は、羅列しない。
 後裔記を諸書として、物語仕立てで編集する。
 然修録は羅列するつもりだが、後回しの別冊とする。

 さァ、物語のはじまりだ。
 マイペースで編みたいし、結果もそうなるとは思うが、ペーペ……元い、コールポのやつ、あやつはきっと、わたしが脱稿するまで、何もしないに違いない。
 わたしがサッサと仕事を片付けないと、ペーペのやつ……コールポが、ヨボヨボのヨレヨレになってしまう。
 それは、我らの約束を{反故|ほご}することに他ならない。
 それだけは、絶対に許されない。
 友との約束は、絶対なのだ。

 もしその約束が、「ヒト種を、絶滅させてはならない」というものだったとしたら、それも約束だから、絶対にそうしなければならない。
 我ら自然{民族|エスノ}の大先人たちよ。
 まったく、難儀な習わしをつくってくれたものである。

 では、本当に、はじめよう。
 物語の、はじまりだ。

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然修録 第1集 No.165

#### 提督外港を眺め{遣|や}る ヨッコ {然修録|165} ####

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。
 門人学年 **ヨッコ** 青循令{猫刄|みょうじん}

 「世界最強の{美徳|バーチュー}!」……かァ。
 ワタテツの顔からは、想像もつかないけど。
 あたい的には、やっぱり吉田松陰かな。
 間違いなく、世界最強の{美徳|バーチュー}だ。
 余計なことは、書かないことにする。
 松陰先生の語録を説いた書を、読む。

 弘化三年、西暦でいうところの一八四六年。
 松陰先生、十七歳のとき。

 題して、「{志|こころざし}を立てる」

 「道の{精|せい}なるとならざると、
 {業|ぎょう}の成ると成らざるとは、
 志の立つと立たざるとに{在|あ}るのみ」

 「精」とは、雑念を交えず一筋に実行し生きるさまのこと。
 「業」とは、己の目指した学問や仕事のこと。

 高い志さえあれば、何事もできないことはないと、十七歳にして言いきっている。
 迫力に、満ちている。

 次。
 題して、「気の{漲|みなぎ}り」

 「{夫|そ}れ志の在る所、
 気も{亦|また}従ふ」

 確固たる志があれば、気力も漲り、勢いも生じてくる。
 続けて{斯|こ}う言う。

 「志気の在る所、遠くして至るべからざるなく、
 {難|かた}くして{為|な}すべからざるものなし」

 強い志と気力があれば、{如何|いか}に目指す目的が遠くにあろうとも到達できないことはなく、如何に困難と思える仕事でもできないことはない。

 そして、斯う題して……。

 「物を{玩|もてあそ}ばず」

 物を玩び
 志を{喪|うしな}ふなり
 位に{素|そ}して行ふ

 ある物を{愛玩|あいがん}し過ぎると、志を失ってしまう。
 現在置かれている立場や地位を基にして、最善を尽くすべきである。

 続いて、『書経』や『中庸』に出てくる言葉を我がこととして、地位や立場といった現実に{居|い}る自分の思いを、次のように{顕|あらわ}している。

 「人生の処し方としては仁を目指し、
 志を錬磨するには正義を貫くことを心掛け、
 治世には{盾|たて}となり城となって国を守り、
 乱世には{爪牙|そうが}となって外敵と戦って国を守る」

 治世とは、乱世の対義、平時のこと。
 爪牙とは、頼みになる家臣のことだ。  

 あたいら{美童|ミワラ}に残された時間は、意外に少ないに違いない。
 {何故|なぜ}、あたいらが置き去りにされたかの理由は、大方のところは{解|わか}る。
 では、何故、{武童|タケラ}タケゾウ組の先輩たちは、その地をイタリアと定め、ワタテツとあたいを、その地に割り当てたんだろう。

 カラッチョーラ提督外港を遠くに眺めながら、サッカーボールを蹴りながら上り坂を駆け上がって行く幾人かの大人たちの歓声を聞き流しながら、夕陽が沈むことと自分が今まさに生きていることの奇跡と危うさを、ただ不思議に思うばかりだった。

 
 第一集 了


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 ミワラ<美童> ムロー学級8名

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 吾ヒト種  われ ひとしゅ
 青の人草  あおの ひとくさ
 生を賭け  せいを かけ
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 ルビ等、電子書籍編集に備えた
 表記となっております。
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後裔記 第1集 No.168

#### 青い家と{血潮|ちしお}色の{若鷲|わかわし} マザメ {後裔記|168} ####

 (青い虫歯の青歯王、ブルートゥース……かーァ!!)
 背後に立たれたことに気づいたのは、そう思ったときだった。
 手遅れ!
 森に住まう美少女のあたいとしては、一生の不覚ってやつーぅ??
 このへんは、雑草が伸び放題だ。
 人間どころか、狼が忍び寄って来たって、その気配は、わかる。
 だのに、真後ろに立たれるまで、一切何も気配を感じ取ることが出来なかった。
 しかも、「防犯上、とっさに振り返る」という基本行動さえ、できなかった。
 まさに手遅れ、万事休すだ!

 幸い、飛んできたのは、{槍|やり}でも鉄砲の玉でもなかった。
 優しい老人の声……。
 高齢だけど、{若気|わかげ}な山小屋のオチャン。
 あの山小屋に着いたときから終始一貫、優しいだけの{爺|じい}さんだけど、一体全体、本当は何者なんだろう。
 そのオチャンが、背後で言った。

 「いくら見てたって、ハーラル一世ゴームソンは、出てきませんよ。
 もっとも、出て来たとしたら、よぼよぼの爺さん幽霊でしょうけどね。
 一〇三六年前に、{亡|な}くなってますから。
 あの青い家に住んでいたのは、青歯王じゃないんです。
 しかも、外は青一色なのに、家の中は、赤一色だ。
 血塗りでね」

 振り返ることもできず、声も出ず!
 ただニコニコ笑いながら(たぶん)、優しい声を掛けられているだけなのに、まるで、両手両足をケツの後ろで{縛|しば}られて{海老反|えびぞ}りになったみたいに、あたいは、両足を突っ張ったまま、上体だけをシーソーのように動かすことしかできないでいる。

 (それにしても、血塗りってぇ?)
 オッチャンが、背後から迫る。
 ついに、あたいの隣りに立った。
 そして、あたいの視線の先と同じところを見{遣|や}りながら、優しい声で話を{繋|つな}げた。

 「七人家族だったんです。
 仲の{好|い}いね。
 爺ちゃんと婆ちゃん。
 とうさんにかあさん。
 お姉ちゃんが二人に、末っ子のやんちゃ坊主が一人。
 {真昼間|まっぴるま}ですからね!
 七人も{居|い}れば、誰か一人くらいは、どうにか逃げて生き延びていても不思議はないんですが……。
 それが、魚を血抜きでもするかのように、七人全員、首、両腕、両{脚|あし}と、骨までぐちゃぐちゃに{断|た}ち切られていたんですよ。
 それで、さっきの家の中の床や壁の色の話ですよ。
 事件の前は何色だったかまでは記録に残されていませんが、事件直後に現場に入った人の記録によれば、まさに部屋中が血塗りで真っ赤に見えたそうです」

 「誰がそんな……」と、あたい。
 自分で聞いても恥ずかしくなるような、絞り出すようなしゃがれた声!
 オッチャンも、笑顔を消して、そして、言った。

 「ザクセンだのアングラだのと、海賊が横行していた時代ですからね。
 町中で{残虐|ざんぎゃく}な光景を見ることも、少なくなかったことでしょう。
 だから欧米では、心理学という学問が早くから確率して、様々な臨床試験が繰り返されてきたのかもしれません。
 それにしたって、あの青い家の事件は、{酷|ひど}すぎる。
 あなたたち{日|ひ}の{本|もと}の国には、犯罪心理学というお役所の専門用語があるそうですね。
 それに当てはめるならば、犯人は、情性欠如者に間違いありません。
 同情、良心、後悔といった人間特有の心の動きが、根本的にすっぽりと抜け落ちて欠けてしまっているんです。
 しかも、この事件の犯人の場合は、それだけではありません。
 差し詰め、背徳症候群ってところでしょうか。
 情性欠如者に加えて、抑制欠如型障害と爆発性の性格を{併|あわ}せ持っている人のことです。
 欧米では、これらの病名に該当するような言葉がありません。
 {強|し}いて当てはめれば、アメリカのB群人格障害でしょうか。
 そのカテゴリーの中に、反社会性人格障害というのが出てきます。
 {何|いず}れにしても、この事件の犯人は、繰り返して犯罪を{犯|おか}す傾向がありました。
 それを断定するに足りる理由が、あったんです。
 自分の利益や快楽のために、平気で人を{騙|だま}すこと。
 衝動的で、カッとなると直ぐに切れて、暴力を振るってしまうこと。
 身の危険に対して、向こう見ずなこと。
、無責任で、良心の{呵責|かしゃく}が欠如していること」

 「そんな……。
 でも、似たような人間は、今の時代、あたいらの国には、いっぱい{居|い}ると思うけど……。
 だけど、そこまでは……。
 誰が、そんな……」

 ……と、あたいは、返答に困りそうな{独|ひと}り言を、ただただ{呟|つぶや}くことしかできなかった。
 オッチャンが、無理に笑顔を作るかのような{歪|いびつ}な顔になって、言った。

 「あなたと同じ年頃の、少女だったんです。
 まだあどけない顔の、美少女だったようです。
 昔の人間は、今の私たちよりも、ずっと腕力が発達していたんでしょう。
 {斧|おの}や、あなたたちの国の{太刀|たち}のような刃渡りの長い包丁を使ったとしても、逃げ惑う七人全員の首と両手両足の骨をたたっ{斬|き}るなんていう芸当は、そう簡単には出来るはずがありません。
 {寧|むし}ろ、本当に発達の差異が大きかったのは、知能のほうだったんじゃないかって思うんです。
 ここをやった少女の知能は、今の時代の大人たちの平均的な知能と比べると、数倍から十数倍も発達していたのかもしれません。
 でもね。
 その後の研究で明らかになったのは、そこじゃあないんです。
 子どもたちは、幼い頃に大人たちにされたことと同じことを、大人になってから、他の大人たちに対して平気でやってしまうんです。
 まだそれだけなら、特例中の特例ってことで済まされたかもしれません。
 でも実際は、犯罪者が、大量生産されるようになってしまった。
 子どもってね。
 悪いことをしても、大人たちからこっぴどく怒られたり、厳しく{躾|しつ}けられたりしなかったら、それが悪いことだって認識することができないんです。
 だから、ここの事件の少女は、他人を何人殺しても、何十人の首や両手両足の骨をぶった切っても、それを悪いとか、申し{訳|わけ}ないとか、{可哀想|かわいそう}だとか、そういった罪の意識を、一切持っていなかったんです。
 だから、親になるって、本当は、たいへんなことなんです」

 オッチャンの後ろ姿を見送りながら、森の{木漏|こも}れ日が徐々に角度を変えてゆく{様|さま}に、今更のように気づく。
 {暫|しばら}くは、その{仄|ほの}かな感動に浸っていた。

 (そんなサイコパスみたいな{同胞|はらから}たちと、あたいらは、戦わなくてはならないのだ。
 あたいらの出番になって、祖国に戻ったときに見えるものは、一体全体、どんな……)

 どれくらいの時間、その場にそのまま立ちすくんでいたのだろう。
 意識が{朦朧|もうろう}として、{座|すわ}り込んだ矢先のことだった。
 何かが天から{降|くだ}り、その天を突き刺すように{聳|そび}え立っている大木の枝に、その何かが{下|お}り立った。

 真っ赤な{血潮|ちしお}色の若{鷲|わし}。

 どこを見るともなく、ただ枝の上に立っている。
 この星の未来を、見{据|す}えているのだろうか。
 果たしてそこに、この星の未来は、存在しているのだろうか……。


 第一集 了
 第二集へと、つづく。  


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然修録 第1集 No.164

#### 薩摩学舎と寺学舎 サギッチ {然修録|164} ####

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。
 少年学年 **サギッチ** 少循令{嗔猪|しんちょ}

 九州の{薩摩|さつま}地方では、戦争が終わる直前まで、どの町でも郷中教育と呼ばれる独特な教育が行われていたそうだ。
 その学び{舎|や}を、学舎と呼んでいたらしい。
 おれら{美童|ミワラ}の学び舎も、同じ*学舎*の名がついて「寺学舎」と呼ばれているので、何やら親しみを感じてしまう。
 激動の修羅場を{潜|くぐ}り抜けた薩摩と、*学舎*という名がついた学び舎という共通点があったのだと思うと、なんだか光栄で嬉しい。

 おれらの寺学舎がある{備後|びんご}という地方だって、それなりに歴史の一端を担ってきた。
 おれたちの祖先は、平家の{傭兵|ようへい}の海賊だけど、寺学舎がある{界隈|かいわい}は、潮待ちで栄えた港として万葉集にも歌われ、朝鮮通信使は、その景勝を{讃|たた}えて「日東第一景勝」なる横書きを残し、室町時代の末期には、一年間だけだけど幕府が置かれ、将軍・足利義昭が実際に住まっていた。
 その潮待ちの港町も薩摩の地も、今となっては遥か遠い祖国……北半球のちっぽけな島国の片田舎に過ぎない。

 寺学舎では、古今東西の偉人の語録なんかを学んでいた。
 薩摩では、言わずもがな西郷隆盛だろう。
 そこで今日は……というか、オーストラリアに置き去りにされる記念にというか、その西郷どんに関する読書をしてみた。

 西郷隆盛没後、西郷どんの語録を集めて一冊の書籍に{編纂|へんさん}したのは、意外にも徳川幕府親藩だった。
 庄内藩が編んだ『西郷南洲{翁|おきな}遺訓集』が、それ。
 「庄内藩」という言葉から連想されるのは、庄内平野。
 山形県の米どころだ。
 薩摩からは、遠い。
 しかも、その庄内藩は、{戊辰|ぼしん}戦争で薩長率いる官軍に抵抗している。
 西郷どんらにとっては、{所謂|いわゆる}朝敵なのだ。
 徳川幕府崩壊を容認しきれない将軍{慶喜|よしのぶ}の意を背負って、{白虎隊|びゃっこたい}で知られる会津藩や奥羽越の諸藩とともに、最後まで官軍に抵抗を続けたのだった。
 最後には、官軍に帰順することになる{訳|わけ}だけれども、その庄内藩が『西郷南洲{翁|おきな}遺訓集』を編纂したという歴史の奇妙が、実に興味深い。

 官軍の総大将だった西郷どんは、戦いに勝って庄内藩鶴ケ岡城下に兵を進駐させるとき、自軍の兵の刀を{召|め}し上げて、丸腰で入場させたんだそうだ。
 戦勝の兵士たちは、激しい戦闘に耐えて勝利し、興奮{覚|さ}めやらぬ状態だから、乱暴{狼藉|ろうぜき}を働く恐れが{大|だい}だ。
 それを未然に防ぐ意図で丸腰ということになった訳で、当然、敗者側の兵士の刀も取り上げるべき……というか、絶対にそうするよねッ?
 ところが西郷どんは、庄内藩の兵士たちの刀を取り上げるようなことはせず、事もあろうか帯刀を許したのだった。
 庄内藩の武士たちが、誇りを失ってはいけないという理由うから、刀は取り上げなかったんだそうだ。
 この西郷どんの予想だにしない{采配|さいはい}に、庄内藩の人たちは{皆|みな}一様に驚いたそうだ。
 そりゃそうだろう。

 その結果、敗者側に必ず残るはずの勝者に対する憎しみが{殆|ほと}んど無く、逆に敵軍の総大将だった西郷隆盛に対する尊敬の念が高まり、ついには西郷どんに{私淑|ししゅく}する人まで現れた。
 特に、庄内藩の若き兵士たちは、西郷どんの教えを直接{請|こ}いたいと、次々に願い出るのだった。

 この戊辰戦争のあと、西郷どんは、新政府で陸軍大将参謀という要職に就く。
 ところが、出来上がった政府は、西郷隆盛自身や多くの若者たちが情熱を燃やし{血涙|ちるい}を流してまで希求していたものとは、かなりかけ離れたものだった。
 失望のなかにあった西郷隆盛は、欧米列強からの侵略を恐れて鎖国している朝鮮への対応を巡って、新政府と対立する。
 そして{終|つい}に、それを機として郷里鹿児島に帰ってしまった。

 新政府で職を得て江戸暮らしをしていた薩摩の士族たちも、西郷どんを{慕|した}い、共に職を{辞|じ}して薩摩に帰郷する。
 すると西郷どんは、彼らが道を誤ることがないようにと願い、薩摩に私学校を創設して、青少年の教育に情熱を注いだ。
 すると、西郷どんの私学校に、庄内藩の青年たちが、西郷隆盛という男を慕って、大挙してやってきたのである。
 それだけではない。
 庄内藩の元の藩主や家老たちまでもが、西郷どんの教えを{請|こ}いに薩摩までやって来たんだそうだ。

 ところが、{俄|にわ}かに問題が起こった。
 西郷先生の{下|もと}で学んでいた若者たちが、次第に、新政府に対して{悲憤慷慨|ひふんこうがい}を募らせていったのだ。
 そして……{遂|つい}に、若い学徒たちが暴発する。
 新政府の弾薬庫を襲い、武器や弾薬を奪い、新政府打倒の{狼煙|のろし}を上げてしまったのだ。

 このとき、西郷どん自身、決起の意図は、まったく無かったと言われている。
 若者たち決起の日……西郷どんは、犬を伴って猪狩りに出掛けていた。
 決起の報を受けて鹿児島に帰って来た西郷どんは、一旦は血気に{逸|はや}った私学校生たちを叱りつけたが、仕舞いには、「みながそうしたいと言うならしょうがない。自分の命を差し上げる」と言って、自ら己の運命を若者たちに{委|ゆだ}ねたのだった。

 西郷隆盛は、負けることを承知で出陣した。
 のちに師団司令部となる熊本城の鎮台を攻め、更に北上を図る。
 しかし、{田原坂|たばるざか}で官軍に{敗|やぶ}れ、鹿児島に戻ると、城山で{最期|さいご}を迎えた。
 この{所謂|いわゆる}西南の{役|えき}に、庄内藩から{馳|は}せ参じて薩摩軍に加わった兵士たちも{居|い}た。
 私学校で学んでいた庄内藩の若者たちの多くも、西郷どんの制止も聞かず、従軍してその多くが命を落とした。
 庄内藩の士族たちが、{如何|いか}に西郷隆盛という男に心酔していたかの{顕|あらわ}れである。
 負かした相手をそこまで心酔私淑させるとは、なんたる度量の大きい男なのであろうか。

 海洋の中の一国一文明一民族……我が祖国、{日|ひ}の{本|もと}。
 そこには、西郷隆盛庄内藩の若き兵士たちのよに、本当に素晴らしい*ヒト*たちが{息衝|いきず}いてきた。
 そんな尊い血筋の{欠片|かけら}さえも誰ひとり知る者など{居|い}ないだろうと思われるこの最果て異国オーストラリアに置き去りにされて、一体全体おれは、何を学べばいいのだろうか。
 タケゾウ組の{武童|タケラ}たちは、存亡の危機から日の本の国を救うため、祖国へと帰って行った。
 今おれが{居|い}る島は、南半球にあって、大陸のように広大だ。
 しかも、原住民のアボリジニーの人たちを征服したヨーロッパのアングラだのザクセンだのという海賊の後裔たちで{溢|あふ}れている。
 おれたちの祖先だって、平家軍の傭兵とはいえ、元を{糺|ただ}せば海賊団だ。
 この国の人たちとも、何か通ずるものや、{某|なにがし}か学べるものが、きっと少なからずある{筈|はず}だ。

 おれたちにも、必ず、出番がやってくる。
 おれは、この異国の海賊団の島で、{武童|タケラ}になる。
 そして、出番を待たずして祖国に帰って、必ず*日の本*を一つにしてみせる。

 南半球は、今日も{烈冬|れっとう}の寒さだ。 

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後裔記 第1集 No.167

#### 薪ストーブが映し出すもの オオカミ {後裔記|167} ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 学徒学年 **オオカミ** 齢14

 柄じゃあないけぇ。
 ……美しすぎて、{性|しょう}に合わん!
 ここ、スウェーデンのことである。

 スピアとテッシャンは、話しはじめると、止まらなくなる。
 それもまた、性に合わんのよーォ。
 で、……だ。

 北欧のバカンスが終わり、長期休暇の後半を楽しんでいる欧米の旅行者たちを横目に、トラックの助手席に乗り込んだ。
 ヒッチハイクと言いたいところだけど、テッシャンの知り合いかそのまた知り合いみたいな人が運転する4トントラックで、アイヒキだかスコッチパインだかスウェーデンパインだか、なんかいろんな呼び方をしてたけど、要は、硬い松の木の集成材やらなんやらを運んでいるそうだ。
 {因|ちなみ}に集成材というのは、割れを防ぐために、3層に貼り合わせた丸太とか角材のことらしい。

 バカンス明けの仕事始めでストックホルムを出発したトラックが行きついたのは、西部のヨンショーピン空港にほど近い、風光{明媚|めいび}な森と湖の一角に拡がる大きな工場だった。
 そこで造っているものが、これまた興味深い。
 おれら子どもが大好きなアスレチック遊具だ。

 ポンと工場の中に降ろされて、意外とおろおろもせず、一人で工場の中を散策していると、「オオカミくーん♪ 君、オオカミくんだよねぇ?」と、背後から声をかけられた。
 直ぐにオッサンと{判|わか}るその声の主は、これまた直ぐに東洋人と判る体系をしていて、丸い顔に丸縁の薄グレーの{眼鏡|めがね}をかけている。
 その顔が、無警戒にニコニコと疑いのない好感百パーセントの親近感を{醸|かも}し出しながら、それを{載|の}せている体が、だらしなく突っ立っていた。
 テッシャンからか、トラックのオッチャンからなのか、どちらとも判然としないけれども、どうやら、おれに関するあれこれは、話が通っているみたいだった。
 あれこれというのは……まァ、{一言|ひとこと}で{云|い}えば、一人で行動したかっただけの我が{儘|まま}百パーセントの{俄|にわ}か{仕来|しきた}りの旅である。

 よれよれのスーツを着ているので*だらしなく*見えた東洋人のオッチャンだけど、誘われるがままに、後をついて工場の中を散策していくうちに、ご当地の言語らしきたぶんスウェーデン語に英語、それから日本人だと判らせる{流暢|りゅうちょう}な日本語で、行き交う人たちと親しそうに言葉を交わす様子を眺めているうちに、次第にだらしない{心象|イメージ}は消えていった。
 いくつかある工場の建屋の一つから、見るからに天真爛漫そうなオバチャンが出て来た。
 直ぐさま、だらしない風のオッチャンが、東南アジア系らしき言葉で声をかける。
 するとそのオバチャン、どかどかとオッチャンのほうに駆け寄って来て、「なんちゃらパランタガヤーン♪」みたいなことを言って、大笑いしながらオッチャンの背中をバシッ!と、力いーぱい叩いた。
 どうやらこのオッチャン、この工場の中では、有名人らしい。
 実態がどうであれ、日本人が海外で有名で、バリバリとコミュニケーションを{図|はか}っている{様|さま}は、実に実際、現実的に素晴らしい事実だと思う。

 まだ{白夜|びゃくや}の{名残|なごり}で、日が長い。
 工場に降ろされたのは、午後の早い時間だったと思う。
 それが、あっというまに夕方である。
 太陽は、まだ{燦燦|さんさん}と頭上から照りつけている。
 有名人のオッチャンが、言った。
 「バンゴハンはねぇ。
 そう、スンズ湖で食べればいい。
 コテージの前に{停|と}めてる{手漕ぎ|ロー}ボートが自由に使えるから、スンズ湖の小島を探検してもいいし、プレイルームに行けば卓球台が置いてあってさァ、遊び相手も直ぐに見つかるよ。
 バイキング形式だけど、美味しいものがいっぱい揃ってるしね。
 今日は、そこに泊まればいいよ」

 おっちゃんがそう言い終わると同時に、おれは、全身で同意を{顕|あらわ}したが……その直後、矢庭に話は引っくり返された。
 オッチャンが、言った。
 「あッ、やめた!
 これから、輸出部長の家に行ってみよう♪
 部長の家もそうだけど、スウェーデンの家は、{日|ひ}の{本|もと}の家を研究して、こじんまりとして意外と小さい家ばっかりなんだ。
 養子縁組をした世界中のいろんな国の子どもたちが{賑|にぎ}やかに{騒|さわ}いでいてちょっと騒々しくはあるんだけど、真冬でも暖房が{要|い}らないくらい{温|あった}かな雰囲気なんだ。
 無論、暖房が要らないっていうのは、話の{譬|たと}えっていうか、冗談だから。
 誤解しないように、お願いねぇ♪」
 (そんなもん、子どもだって、誰も誤解なんかしねーよッ!)と、心の中で思いながら、その日は朝からずっと、そんな調子で{為|な}すがままの一日で終わるのだった。

 輸出部長と、エリアマネージャーと呼ばれているオバチャンと、だらしない風の日本人のオッチャンの三人に連れられて、おれは、勧められるがまま、自家用車らしきワゴン車の助手席に滑り込んだ。
 (助手席だと、ガイドを{聴|き}きながら、周りもよく見えるからだろう)と、{何気|なにげ}に意味無さげにそんなことを思うのだった。

 オバチャンは、輸出部長の奥さんらしかった。
 話は、おれたちを乗せた輸出部長一家の愛車であるVOLVO……940エステートの話に及んだ。
 一九九〇年製で、後ろがハッチバックになっている。
 後部座席の後ろの荷室には、自家用なのか商用なのかよく判らないくらい、公私混同状態でいろんな荷物が積み上がっていた。
 ハンドルを警戒に{捌|さば}きながら、輸出部長が言った。
 日本語が達者だったけど、時折、だらしない風のオッチャンが、必要のない通訳で口を挟んでくれた。
 輸出部長がまだ子どものころ、{日|ひ}の{本|もと}製の*外車*が家にあったそうだ。
 でも、新車で購入したその車は、直ぐに{錆|さ}び錆びになって、どこかに売ったか廃車になってしまったそうだ。
 スウェーデンでは、長い長い冬季、滑り止めのために、路面いっぱいに塩を{撒|ま}くんだそうだ。
 塩のシャーベットの上を走ることを想定していない輸入車は、日の本の車に限らず、どこの国のメーカーの車だって、そりゃ錆びるだろう! ……みたいな話である。
 それが今では、ボルボのタイヤを止めているでっかいボルトは、日の本のメーカーから輸入しているそうだ。
 (スピアたちが疎開したあの島……ヒノーモロー島の{ヒノーモロー・ガター・ビーアコ|HGV}社のことかなーァ)と、{何気|なにげ}に思った。
 でも、口には出さなかった。
 もしそうだとしても、「それ、戦費稼ぎのために{造|つく}ってるんですよねーぇ♪」なんて軽口を叩きでもしたら、悲劇の幕を開けることにもなりかねないからだ。
 大人にせよ子どもにせよ、余計なことは口に出さないのが一番だ。
 ……で、そのボルト。
 なんでも、ダクロリート{鍍金|めっき}って言って、メッキの層の中にアルミのフレークが積み重なっていて、錆び{難|にく}いんだそうだ。
 確かに、日本人が造っていそうな臭いが漂ってくる。

 そんなこんなで、{俄|にわ}かに賑やかになった車中から降り立つと、こじんまりとしたスウェーデン建築の民家へと招き入れられた。
 家の中では、五人の子どもたちが、楽しそうな声を響かせていた。
 三人が東南アジア系、そしてアフリカと中国が一人ずつ。
 連中の歳は、そうだなァ……おれが、もしこの家の家族に加わったとしたら、ちょうど六人兄弟の真ん中へんになるかなって感じかな。
 大人たちが腰を下して{一息|ひといき}ついたところで、輸出部長の奥さんのエリアマネージャーが、何気に{独|ひと}り{言|ご}ちるように言った。

 「思いは、あなたの先輩の{武童|タケラ}と同じ。
 一つにすること。
 いいえ、ちょっと違うわね。
 一つになろうとすることなのよ」

 我らが祖国の{武童|タケラ}たちが一つにしようとしているものは、亜種だ。
 でも、スウェーデン知命した大人たちが一つにしようとしているものは、人種だった。
 おれは、何気にそう思った。
 その矢先……こんどは、だらしない風のオッチャンが、おれの方に向き直って、なんだか改まったような顔つきで、話しかけてきた。

 「ちょっと、自信を喪失してるみたいじゃないかァ。
 でもそれは、違うと思うなァ。
 みんな、向いていることに集中して、そこで腕を磨いて役に立てばいいんだよ。
 君やマザメくんやサギッチくんは、シャープに{喋|しゃべ}ったりドンドン動き回ったりして他の五人を助けることが多い反面、直感や霊感で動くところが大きいから、{斑|ムラ}も多いし行き詰まる場面も多々ある。
 でもなァ。
 そんなときに助けてくれるのが、他の五人の能力っていうか、個性なんだよね。
 友情っていうのは、知らず知らずの間に、綿密なアルゴリズムを作り上げてくれているものなんだよ。
 文明人にとったら、直ぐに電脳のことが頭に浮かぶだろうから、アルゴリズムって言ったって、精々*算術*くらいのもんだろうけどさ。
 でも、君ら自然{民族|エスノ}は、違う。
 君らのアルゴリズムは、{呪術|じゅじゅつ}だ。
 算術を更に進めて、学問によって会得し、実践によって体得する能力ってところかなァ。
 文明{民族|エスノ}は、てめえらが開発した電脳チップに、今や{亡|ほろ}ぼされようとしている。
 {何故|なにゆえ}か。
 文明の{奴|やつ}らの武器は、強火だ。
 それに対して電脳人の武器は、弱火なんだよ。
 生みの親である文明人を、グツグツ、グツグツっと、弱火でじわっとじっくり、煮詰めてゆく。
 恐ろしい奴らなのよ。
 電脳人っていうか、あの、チップ野郎どもは……」

 部屋の片隅で物静かに{佇|たたず}んでいる薪ストーブが、スウェーデンの長い冬の一家{団欒|だんだん}を、今まさに映し出してでもくれるかのように、ひっそりと{据|す}わっていた。
 どうやら、{日|ひ}の{本|もと}の歴史に明るそうな、この家の家父長……その輸出部長が、だらしない風のオッチャンの言葉を継いで、ぼそっと{呟|つぶや}くように語った。

 「心ある文明の人たちは、追い詰められて、急速にその数を減らされていった。
 元々長きに{亘|わた}って追い詰められて、{既|すで}に少数派になっていた和の人たちや自然の人たちは、暫くの間、{放|ほ}ったらかしにされてたってことだろうね。
 和の人たちや心ある文明の人たちは、競うことと、目には目を!の当然のヒト属存立のために不可欠な基本を禁じられ、その意志も能力も、心や肉体から{削|そ}ぎ落されてしまったんだな。
 当然、自滅を{尋|まね}くことになる。
 敵が、{得手|えて}とする算術で攻めてくるならば、先ずは、その算術で打って出て、敵方の随所に{隙間|すきま}を作る……。
 油断させるってことだね。
 本当の勝負は、それからなんだ。
 算術に集団心理と暗示を加味して、この星のすべての生きものが連合して、呪術を仕掛ける。
 その戦いが、これから始まる。
 主役は、君たちだ。
 ぼくらは、あの世からエールを送ることくらいしかできないだろうからね」

 テッシャンたちタケゾウ組の五人は、無事に日の本に着いただろうか。
 生きて、また逢いたい。
 ここの、温かい七人家族とも……。

 _/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/
 ミワラ<美童> ムロー学級8名

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 吾ヒト種   われ ひとしゅ
 青の人草   あおの ひとくさ
 生を賭け   せいを かけ
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 ルビ等、電子書籍編集に備えた
 表記となっております。
 お見苦しい点、ご容赦ください。

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