MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息96 ミワラ<美童>の後裔記 R3.6.5(土) 夜7時

#### 一息サマザメ「おねえさん先生が奏でる音術と、あたいが叩く木魚」後裔記 ####

 おねえさん先生の立ち居振る舞いを見て、まだ{杖|つえ}の扱いが不慣れなことに気づけなかった、あたいのボンクラ頭! それに*早く気づけ*よとばかりに、ポンポンポンと、木魚の眠気覚ましの*警告*音が、響く! そんなおねえさん先生が語った、音術とは……。
   学徒学年 マザメ 齢12

 一つ、息をつく。

 ジジサマの家……和の人たちの生活は、客人のあたいらから観ると、まさに和式の{客間・居間・寝室が一対の客室|スイートルーム}って感じだった。
 その寝室で突き当たって、ふと後ろを振り返ると、居間兼客間を隔てて、ちょうどサギッチが、玄関から外に出ようとしているところだった。
 すると、あたいの横を擦り抜けるオスが一匹……オオカミの{奴|やつ}だッ! 努めて優しい声をかけると、〈オッサン追ん出しゲーム〉で要領の訓練をしていた、例の五人組の{子等|こら}を、探しに行くのだという。
 スピアは、ジジサマに誘われて、共用部の炊事場に行った。昼食の準備を手伝うためだ。
 普通、{余所|よそ}の家に行って、昼食の準備を手伝うという場面に遭遇した場合、そこに男の子と女の子が居合わせれば、当然女の子のほうを誘って、炊事を手伝わせるというのが普通だろう。
 それが、あたいを誘わず、男の子のほうの、スピアを誘った。
 (どういうことよッ!)と、思っていると、ジジサマが、言った。
 「君は、サギッチくんを連れ戻しといてくれ。煮炊きをするんで、{冷|さ}めないうちに、食って欲しいんでなッ♪」
 (まァ、いいけどさッ……)と、思うあたい。
 結局みんな、やっとのことでジジサマの家に着くなり、直ぐにまた、その家から出て行ってしまった。

 サギッチの足跡を、{辿|たど}る。
 寒々とした裏山の雑木林……。
 でも、その寒さは、{然程|さほど}でもない。
 浦町の烈冬……その2月の{時分|じぶん}には、靴下を二枚{穿|ば}きしていたものだ。ヒノーモロー島では、そのことを、すっかり忘れていたけれど、ここザペングール島でも、そこまでの防寒の必要はなかった。
 (やっぱり、暖かいって、いいなーァ♪ どうせ船出するんなら、次は、もっと南の島がいいかな。オオカミの奴、もし北に進路を取りやがったら、あの空っぽの頭を{木魚|もくぎょ}にして、ポカスカ{打|ぶ}っ{叩|たた}いて、**音楽**の時間にしてやるからッ!)
 ……なんて{妄想|もうそう}をしていると、なんとッ! 本当に、**音楽**が聴こえて来た。あたいら自然の{美童|ミワラ}っていう亜種は、どうも{莫|まく}妄想には向かない人種みたいだ。

 その音楽……オルガンの{音|ね}を辿って、段々長屋に挟まれた狭い石段を、ゆっくりと下りてゆく。すると、右手に、中連窓が全開になった部屋……寺学舎の座学よろしく、長机が何列か並び、まだツボネエより幼そうな{子等|こら}が、みんなお行儀よく正座をして、昼食をとっている。
 かと思いきやーァ!!
 長机の最後部、その一番手前。{胡坐|あぐら}をかいて、なんともガサツに、白いご飯を頬張っている{餓鬼|ガキ}が一人……サギッチの野郎だッ!
 「てッめーぇ! なに昼{飯|メシ}なんか食ってんのさーァ」……と、努めて優しく声を掛けるあたい。すると、努めても真似の出来そうもない優し気な{言乃葉|ことのは}が、あたいの耳に届いた。

 「あなた、マザメちゃんでしょ? お入んなさーぃ♪」
 見ると、オルガンを弾いていた女性……頭に包帯を巻き、鼻と口は、マスクに{覆|おお}われているが、それだけに、唯一見えている二つ目は、なんとも優し気で、奥深い。
 部屋の中に入ると、「あなたも、お座んなさい♪」って、言われるに違いない。そうすると、空いている席は、サギッチの隣りのみ。
 (あそこにだけは、絶対に座りたくないわねッ!)と、思ったあたいは、おねえさんの優しい誘いを、辞退することにした。
 「ありがとうございます。でもあたい、そいつを迎えにきただけなんです。ここで、失礼します」
 あたいはそう言うと、(あたいだって、こんな優しい物言いが出来るんじゃん♪)と、{徐|おもむろ}に自画自賛するのだった。

 そこで一つ、思い当たった。(音楽の先生?)と。で、訊いてみた。
 「あのーォ。木魚って、ありますよねッ? なんで海辺のお寺でも、山寺でも、どっちも木魚なんだか……。なんで、木の魚っていう名前がついたのか、ご存知ないですかァ?」と。
 すると、包帯マスクの女先生! 優しく応えて、親切に教えてくれた。
 
 「さすがは、目の付け所が違うわねッ♪ 確かに、そうよねぇ。お経ってさァ。眠くなるじゃない? だから、ポカポカ鳴らして、眠気を覚まさせてるのよーォ。
 『目を閉じてはダメです。魚みたいに、しっかり目を開けておきなさい』って意味で、木魚って名前になったみたい。でも、魚って、確かにずっと目は開けてるけど、あれって、目を開けたまま眠ってるらしいのね。
 ということは、『眠るんなら、目を開けたまま、お眠んなさい!』って意味に、なってしまう{訳|わけ}よねぇ? 結局、どっちが正しいのかしらん。眠ったほうが、いいのかしらァ? それとも、眠っちゃ、ダメなのかしらん?」

 (やっぱり、音楽の先生なんだねッ♪
 音の質問なら、なんだってちゃんと、答えてくれそうだもの)
 ……と、そんなことを思いながら、素直に嬉しそうな感情をそのまま顔に出して、すべての警戒を解除して口元を{緩|ゆる}めていると、また、おねえさん先生が、言った。
 「わたし、ちょっとお台所に行ってくるから、あなた、ここに座っててね。オルガン、自由に弾いてみて構わないからァ♪」
 (オルガン? いいじゃん、いいじゃーん♪)と、思ったあたい。
 即、スタコラとその教室の中へと、入って行ったのでした……(ポリポリ)。

 ドッドッ♪ ソッソッ♪ ラッラッ♪ ソーォ♪
 ポッコ ポッコ ポッコ ♪♪♪
 オルガンというより、まさに木魚!
 おねえさん先生が戻って来たとき、一番に気づいたことは、まだ杖を使って歩くことに慣れていないことだ。おねえさん先生がオルガンから立ち上がって教室を出て行くとき、{何故|なぜ}それに気づけなかったんだろう。
 自分の人間力の低さに落胆……というより、腹が立つ!
 おねえさん先生は、ガサツのお手本のようなサギッチが座った長机の端っこに、生徒たちやサギッチと同じものを載せたおぼんを置いた。そして、手招き。こうなると、さすがに素直に、その招きに{順|したが}った。

 オルガンの{背無し椅子|スツール}に再び腰を落ち着けた*おねえさん*先生は、自分が話したことが答えになるような問いを、聴いた人の脳裏に誘い込むかのように、自然に優しく、語りはじめた。
 しなやかな腰のライン、優しさが溢れ出る二つの目……こんな美しいものを壊して、包帯を巻かせたのは、誰? 何故? それとも、事故? 誰かが不注意だっただけぇ?
 {何|いず}れにしても、そのどれもが、問いになって口まで{上|のぼ}ってくることはなかった。それが、おねえさん先生の語りの{仕業|しわざ}で、抑え込まれてしまっていたからだという事に、後になって気がついた。
 潜入班、調査員養成講座……そう、ヒノーモロー島の研究棟の中にあった、朗読室。話術の特訓を受けて、文明{民族|エスノ}の社会に潜入して、調査員の実践を積んだのに違いない。
 それにしても、その自然過ぎるほどの優しさが、{俄|にわ}かに、徐々に、怖ろしく感じられてくる。
 そのとき、おねえさん先生の口から{戦|そよ}いできた{言乃葉|ことのは}は、こんなふうだった。

 「大正という時代が、あったそうです。
 子どもたちは、尋常小学校に通い、学んだ。
 ここ、和のエスノの子どもたちが学ぶ段々長屋の教室は、その当時から何も変わっていないんです。
 一番大事な{課目|かもく}は、修身。道徳とか哲学っていうところかしらん。
 あとは、国語に算術、唱歌に体操、図画や理科、そして裁縫も……。お裁縫は、元々は、女子だけだったんですけどね。ここでは、男の子も、女子と一緒に、お裁縫を習っています。それから、国史と地理も学びます。

 それで{私|わたくし}は、唱歌を担当しているという{訳|わけ}なんです。教えているのは、音です。音は、感情を表現するためにあり、また、その目的で発せられた音は、それを聴いた人の感情を、大きく揺さぶります。
 自然的短音階のコード進行は、どこか悲しげです。高音から徐々に低音に下降して、それがなんとも物悲しく感じられてしまう。
 音は、戦いが始まる前は、聴く者を奮い{起|た}たせ、それが終わってしまえば、勝ち負けに関わらず、怒りと愚かさを表現しようとします。まるで、音が、意志を持っているかのように……。それは、とっても、不思議なことだと思います。

 ベートーベン、交響曲第六番、第一楽章。長調、共和音、上昇音階。この曲が、私の血。自然エスノの民族音。漂海民の勇気の誓い……そして、その証しです。
 音術は、算術で学ぶ事とは、その意味が大きく異なっています。何故ならば、長調も短調も、割り切れた結果ではないからです。
 長調は常に明るく積極的で、短調は常に暗く消極的でなければ、算術的に割り切れたとは言えないのです。
 でも、わらべ歌も、童謡も、唱歌も、それが短調の曲であっても、その音には、明るさや希望を抱かせるような、不思議な力があります。

 さーくーらーァ♪ さーくーらーァ♪
 {然|さ]も暗く有りなん。
 然れど明るく心に響き、希望が湧いてくる。
 これが、神の国、霊薬に包まれた島々……私たち日本国の子どもたちが歌い継いできた、音術なのです。
 対して西洋の音楽は、{兎角|とかく}長調と短調で割り切ろうとする。人の感情を、明と暗に割り切ろうとするという事です。
 私たちの音術は、まさに、芸術なのです。
 オボロヅキヨも、サクラサクラも、芸術なのです。

 西洋音楽を聴きながら、ビジネス書や自己啓発書やノウハウ本を読む。それが、文明エスノたちが選び好んだ音生活の類型です。
 彼らの世界に住まう子どもたちに、唱歌や童謡を聴きながら神話や詩歌や純文学を読ませようとしても、それは{最早|もはや}、叶わぬ願いなのです。
 彼らは、努力と誇りという事実を持ち、それを大事にしています。でも、そんな彼らの過去に、真実は存在しないのです。

 私たち自然エスノ、そして、この子たち和のエスノは、その各々の過去のなかで廃残し、消えかかっている自分たち民族の真実を、一日も早く見つけ出し、それを、護り抜かなければならないのです」

 {烈冬|れっとう}は、間もなく終わり、時令は、いよいよ{結冬|けっとう}へ……。
 この、おねえさん先生が生まれ育った海へと、あたいらは、船出してゆく……。
 この、おねえさん先生の怖ろしい美しさを育んだ、その怖ろしい自然の海へと、あたいらの舟は、{漕|こ}ぎだしてゆく……。

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一学92 ミワラ<美童>の然修録 R3.6.5(土) 朝7時

#### 一学マザメ「習わしの危機。福祉とは。ロボット化を免れる力!」然修録 ####

 後裔記を書かない先輩たちへの苦言。後裔記を書こうとして然修録が乱れたツボネエに対する{補助|フォロー}と{励ましの言葉|エール}。和の{民族|エスノ}の人たちと触れ合って考えさせられた〈福祉〉という難題!
   学徒学年 マザメ 少循令{悪狼|あくろう}

 一つ、学ぶ。

   《 余談、何を書くかの動機、その{主題|テーマ} 》

 ワタテツ先輩の然修録。
 「確か、ワタテツも書いていたと思うが……」って、なんか、不自然。
 「前にも書いたんだが……」って、素直に自分の語録の再掲として書かなかったところに、なんか妙に、違和感を感じる。

 ムロー先輩が、以前、書いていた。
 「然修録が、乱れている。後裔記、{然|しか}り」
 ムロー先輩が、そう書いたとき、その時点でのその原因は、離島疎開。
 今は、もっと乱れている。
 その原因も、明らかだ。
 あたいら4人は、間もなく実体験するに違いない〈絶望航海〉に対する不満と怒り、そして、死の覚悟という非日常的な現実を受け容れるための心の準備。

 次、他の島に疎開した残りの4人は、後裔記のひとつも書かないという{怠惰|たいだ}と自堕落が証明してくれているように、それは{最早|もはや}習わしを放棄したことであり、{美童|ミワラ}の資格を失いつつもある。
 ところが、{故|ゆえ}に、その4人のなかの一人、最年少のツボネエちゃんが、救いを求めている。然修録(学習帳)の中で、後裔記(日記)を書いた。
 確かに、然修録の乱れだ。しかも、当然ながら長文となる。だけど、その長文嫌いの幼いツボネエちゃんが、{敢|あ}えて自ら長文を書いた。
 それは、後裔記を書こうとしない一部の先輩たち……そのなかでも特に、同じ島に疎開した最年長の大先輩に対する抗議なのではなかったかッ!
 でも、それはそれ。
 抗議であれ訴えであれ、よほど文体に確固たる〈型〉を持っていない限り、長文は、ただ緩慢なだけになってしまう。

 余談の最後に、ツボネエちゃんに、{励ましの言葉|エール}を一つ贈る。
 「あたいら{乙女子|おとめご}が*しっかり*しなきゃ、自然{民族|エスノ}……そして、あたいら{美童|ミワラ}は、{亡|ほろ}びる!」
 ……と、確信。
 余談、以上。

 では、何を書くかの動機。
 ヒノーモロー島からザペングール島まで、海底の地底を歩いて渡り、隣りの島の地上住みの和の{民族|エスノ}の人たちと触れ合った。
 そこで感じたことに関する書を探し、読書した。
 で、その主題……。

   《 そもそも、福祉とは何か 》

 人間の徳性や心情から、福祉の思いや考えが浮かび、そこから、行動が起こる。
 でも実際、現実は、功利的見地……高いところから見下ろして、その思い考えから、行動が起こってしまう。
 幼児の教育を、親から取り上げることが、果たして善意か。果たしてそれが、福祉なのか。国は、そのために補助金を出し、{子等|こら}は、社会の施設で教育される。
 親は、金も手間もかからない。{病|やまい}も失業も老いも、すべて国の金と、様々な社会収容施設で片付けてしまう。税金を払ってるんだから、楽ができて当然?

 国民、特に親が苦労するのは、国の政策が悪いからだ……と、確かにそれは、困っている人に手を差し伸べる〈福祉〉なんでしょうけれども、それを*当然*として{享受|きょうじゅ}していると、次第に{非人間|ロボット}化してゆき、それを免れる力を{削|そ}がれてしまうのではないか。

 その、いい例がある。
 福祉先進国家のスウェーデンやイギリスでは、そんな現代型福祉に対する大きな疑念の渦が巻き起こり、物議と方向転換が始まている。
 ところが、舵を切って方向転換しようとしても、子どもたちの乱れた風紀も、犯罪の多さやその悪質さも、一向に減る景色(傾向)が、見られない。直ぐに舵は利かず、自殺者の数も減らず、民族も国家も、依然として*だらしなく*見えてしまう。

 文明が発明した車や船を方向転換させることは、技術の進歩に{順|したが}って、日々、その{容易|たやす}さは向上している。では、生きものであり霊的とも言える性質を持った人間の場合は、どうなのか。
 比較にならないほど難しく、もっと真剣慎重に取り組み、もっと大努力しなければ、非人間化を免れる力を発揮することは、できないのではないか。

 病気、貧しさ、失業、老い……その実害や弊害に手や金を差し伸べることは、確かに大切なことであり、それを福祉と呼ぶことに異論を唱える人は、{居|い}ないと思う。
 でも、その金や手が、聖職として真の奉仕でなければ、人間そのものを改善したり、生気を取り戻させたりといった根本的な福祉とは、縁遠くなってしまうのではないか。
 特に幼い{子等|こら}にとって、家庭や社会収容施設で植え付けられている消極性、利己的{或|ある}いは享受的な気性、{放縦|ほうじゅう}な日常的習慣ほど、心を{蝕|むしば}む怖ろしいものは、他にない……と、言えるのではないか。

 以前、先輩の誰か(どっちか!)が、然修録に書いていた橋本左内の『啓発論』……振気、気を{振|ふる}う!
 安易な援助ではなく、心を鬼にしてでも**振気**を体得させるような完全奉仕の聖職としての仕事が、本当の〈福祉〉というものなのではないだろうか。

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一息95 ミワラ<美童>の後裔記 R3.6.4(金) 夜7時

#### 一息サギッチ「{猥雑|わいざつ}と残酷を秘めた包帯の女。その魅惑の正体」後裔記 ####

 自然と自然に遊ぶ幼い子どもたち。その自然を自然に操る和の人たち。美しい女先生が奏でるオルガンの音。それに合わせて歌う無邪気な子どもたち、女先生自慢のの精珍料理! 包帯とマスクで隠された女先生の正体。
   少年学年 サギッチ 齢9

 一つ、息をつく。

 (まったく、{爺|じじい}が好きな{奴|やつ}だッ!)
 ……と、{半|なか}ば呆れて、残りの半ばも{諦|あきら}めながら、おれは、今入ったばかりの玄関から、また外に出た。{瓦礫|がれき}で囲まれている花壇には……まァ、今はまだ烈冬の時令。その{寂|さび}れた有り様は、知れたこと。
 それでも、よく見ると、{種|しゅ}ごとに縄張りを作って、芽吹いたり、くしゃくしゃの葉っぱが、背伸びをしようとしていたり、かと思えば早速、その葉っぱを無心で食ってるテントウムシが{居|い}たりする。
 そんな、{強|したた}かな自然の営みに感動していると、{何某|なにがし}かの妄想が、「プクゥ♪」っと、まるでシャボン玉が浮き上がるように、おれの脳裏の海面に頭を覗かせる。
 ……と、そのときだった。
 おれの両の耳の鼓膜が、セッションに参加した。
 どこからともなく流れてきた音が、おれの鼓膜を、叩いている。

 ……いーりーひうすれーぇ♪
 ……かーすーみふかしーぃ♪
 ……そーらーをみればーぁ♪
 ……のーほーいあわしーぃ♪

 まさに、自然の法則!
 まさに、自然の一部!

 段々長屋のてっぺんの庭を、一つ横切る。そのまた、隣りの庭……ではなく、そこでは、まだツボネエよりも幼い{子等|こら}数人が、可愛らしい馬を作って、〈馬とび〉遊びをしていた。
 それを見て取っただけで、おれは、そのまま前を向いて、やっぱりそこも横切り、次の段々長屋との間の狭い石段を、下りはじめた。
 (こっちには、花壇は、無いんだなッ!)と、{何故|なぜ}か不満げに思いながら、何気に振り返る。そして、馬とび遊びをしている子等を、見{遣|や}った。
 すると、その先……。
 見事な{立ち上がり花壇|レイズド・ベッド}が、目に飛び込んで来た。斜面を切り土して、子等の胸の高さくらいの天然の花壇が、雑木林を割り入るように、延びている。自然を、自然に操り、自然に溶け込んだ、和の人たち……。
 (じゃあ、自然の一部だと豪語するおれら{民族|エスノ}……自然の民は、一体全体、どうだって言うんだッ! 和の人たちと、どこが違うんだッ! そもそも、{違|たが}えることが、正しいのかッ!)と、そんな妄想の渦に巻き込まれるかのように、狭い石段を、歌声が聴こえるほうへと吸い込まれていった。

 すると、衝撃!
 以下、その{委細|いさい}。

 中連窓、全開♪
 長机は、{宛|さなが}ら寺学舎そのまんまで3列。
 幼い{子等|こら}が、歌っている。
 その奥。
 頭と両手首と左足に、真っ白い包帯をグルグル巻きにした若い女の人が、オルガンを弾いている。そのすぐ右手の壁には、{杖|つえ}が一つ、立て掛けられていた。
 目の下から{顎|あご}まですっぽりと、真っ白いマスクが、その女の人の顔を{覆|おお}っている。そして、曲が終わった。
 次は、書き方のようだ。幼い子等の迅速な行動が、それを裏付ける。その幼い子等の中に、一際目立つ、みすぼらしい身なりの男の子が一人と、女の子が二人……。
 なんとなく、情況が、見えてきた。手を休めながら{俯|うつむ}いているその包帯の若い女の人が、ぼくの心を捕らえて放さない。すると、彼女が言った。

 「隣りの島に疎開してきた、地上住みのミワラさんでしょ?」と、包帯の女先生。
 これが、直感というものなのか……考える前に、言葉が、突いて出てきた。
 「カアネエに、聞いたんですかァ?」
 「そう言うあなたは、ジジサマに聴かされたのかしらん?」
 そう言って、包帯のおねえさんは、首を縦にも横にも振らず、ただニコニコと{微笑|ほほえ}んでいるだけだった。
 おれも、頭を縦に振るのが、なんか子どもじみているみたいに思えて、なんか、自分でも判ってしまうような不気味な笑顔を作って……てか、全身が固まって、唇を横に広げるだけで、精一杯だった。

 「半年ぶりに、あなたも、この子たちと一緒に座学……{如何|いかが}かしらん?」と、包帯の女先生。
 (おれの素性を、知り尽くしている!)と、確信するおれ。

 確信は、もう一つあった。
 そっちの確信のほうだけで、もうおれの頭ん中も、そして、身も心も、もう、パンク寸前だった。パンクというより、それは、太陽の大爆発! その爆発が連鎖を起こし、銀河系のすべての星が、次々と大爆発を起こす! ……みたいな。

 カアネエさん、ヨッコ先輩、マザメ様、ツボネエちゃん……ゴメンなさい。あなたたちと、{幾度|いくど}となく、メッチャいっぱい触れ合ったのに、こんな感情は、一切一度たりとも、抱くことは{疎|おろ}か{湧|わ}いてくることすらなかった。
 これ、マジでおれの本当の本音なんで、素直に謝ります……(ペコリ!)。

 で、結局おれは、長机の末席に、落ち着いた。
 隣りには、みすぼらしい身なりの例の{子等|こら}が3人……{既|すで}に書き方の練習を、はじめている。おれの頭の中は、妄想で、はちきれんばかりだった。それを見事に察したかのように、包帯のおねえさんが、言った。

 「お昼も、一緒に食べて行ってね。質素だけど。言われなくっても、解ってるわよね? 今日の献立は……。

   〈 高野豆腐のおから載せ 〉
 高野豆腐を、水道水のお湯で戻して軽く絞ってから網焼きにしたものに、*おから*のペーストを、らっきょう酢と{味醂|みりん}に水道水を少々加えて煮炊きしたものを、ただその焼き高野豆腐上に載せただけ!

 そして、もう一品。

   〈 {鱠|なます}もどきの一夜漬け 〉
 アロエと白ニンニクとキャベツの芯とイリコに、らっきょう酢と味醂と、それから原木椎茸と魚介の乾燥粉末と七味とオルガノを混ぜて、それがただ、一夜を明かしただけ!

 包帯のおねえさんが、もう一つ、付け加えて言った。
 「以上の二品に、今日は、有難いことに、白いご飯。あなた……サギッチくん! 君、運がいいわねッ♪」

 そのときのおれは、まさに、〈まな板の上の鯉〉だった。そのあと、おねえさんのマスクの下から漏れ{出|い}でた{言乃葉|ことのは}の数々を、おれは、正気で{捉|とら}えることが出来なかった。でも、{徐|おもむろ}には、記憶に残っている。
 こんな感じで……。

   《 要約……と言うより、ただの断片……その数々 》

 みずぼらしい3人の子等は、{船住居|ふなずまい}の自然{民族|エスノ}。地上住みの自然人に会うのは、おれが初めてらしい。そして、おねえさんが生まれ育ったオンボロの家船で、おれたちは、旅に出ようとしている。
 続けておねえさんは、こんなことを言った。

 「あの、思い出が詰まった家船が、現役に復帰して、また海へ乗り出すのかと思うと、なんだか不思議と、嬉しい。
 でも、両親の遺品……ちょっと大きいけど、わたしにとっては大切な形見だから、もしぶっ壊したら、あなたの頭、この杖で百叩きにしてやるからァ♪
 ……てかこれ、マジだから!」

 文明{民族|エスノ}との戦いは、100年ごとの宿命の動乱を待っていたのでは、もう手遅れになってしまう。おねえさんを襲ったのは、文明エスノの、電脳チップを頭に埋め込まれた、試験人間。
 おれら{鷺|さぎ}助屋の後裔たちは、話が早い。直ぐにでも、戦える。でも、{戈|ほこ}を{止|とど}めさせる武の心に入信している座森屋の後裔たちは、みんな{危|あや}うい。もっと正直に、更に正確に言えば、目障りで耳障りなだけの邪魔者だ。
 その、座森屋の切り札が、スピア!
 包帯の女先生の予測では、おれは、近い将来、スピアと、お互いの一族の存亡を掛けて、運命の決戦を交えることになるのだそうだ。
 そんな話をしている間の包帯のおねえさん……それは、カアネエの親友、自然エスノの海住みの漂海民、潜入班の優秀な女調査員……。その実態は、まさに{黄泉|よみ}の国のイザナミの神に取り{憑|つ}かれた怖ろしい使者。そんな、恐い目をしていた。

 やっとこさで集めた記憶の断片……以上(アセアセ)。

 長い長い(と感じた)〈書き方〉の時間割が、やっと終わった。
 次は、やっと、待ちに待った給食ーぅ♪
 片手に杖、片手に*おぼん*を握って、一人で配膳する、包帯のおねえさん。その目は、おれの心をトロトロに溶かした、窓枠に納まってニッコリ微笑んでくれた、あのおねえさんの優しい目に戻っていた。
 配膳が終わると、包帯のおねえさんが、みすぼらしい三人の子等を見{遣|や}りながら、おれに言った。

 「その子たちはさァ。家船で産れて……でも、その半分以上の子たちは、海に落ちて死ぬんだよ。読み書きも知らないうちにさ。だから、生き残った子等だけでも、ここで、和の子たちと一緒に、読み書きを覚えたり、一緒に歌ったり、一緒に陸の上の子等と同じものを食べさせてもらったりしてるんだ。

 この子たちはさ。陸で住む誰よりも、人間が好きなんだよ。その人間の正体、誰なのか、解るよねッ? そう、自然さ。わたしたち自然エスノは、先祖代々、そんな自然を大事に思って敬いながら生きてきた和の人たちを、ずっと{護|まも}ってきたのさ。
 なんでそんな面倒を、しかも{何故|なぜ}自ら引き受けたりなんかしたのか……。君も、自然エスノの{美童|ミワラ}なら、その{訳|わけ}、解るよねッ?

 そう……。
 また、一つになるためさ。
 だからさッ! だから、闘うのさ。文明の奴らとは、もう、一つには戻れない。それどころか、奴らは必死で、一つに戻ることを阻止しようとしている。しかも、あろうことか、手段を選ばず!

 文明エスノは、奴らが自慢して{已|や}まない科学ってやつを駆使して、わたしたち自然エスノも、そして、わたしたちにとって{同胞|はらから}も同然の和のエスノの人たちも……みんな、一人残らず、殺そうとしてるのさッ!」

 包帯の女先生が作った猥雑魅惑の精珍料理……なんと意外と、めっちゃ{美味|おい}しかったのであります(ポリポリ)♪

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一学91 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.30(日) 朝7時

#### 一学ワタテツ「職分への全力傾注、行動の意味、元気のメカニズムを説く」然修録 ####

 {如何|いか}にも! ヨッコの言う通り、{性懲|しょうこ}りもなく、オオカミ君……元い。オオカミ船長に、精神論を贈る。*心を劣化させないため*には、何が必要か。*成功するため*には、山のように{遣|や}らなければならない事がある。*元気を出すため*の秘策有り♪
   門人学年 ワタテツ 青循令{猛牛|もうぎゅう}

 一つ、学ぶ。

 前置きとして、ヨッコの「然修録」読後の感想。
 「俺の精神論は、自己流で小難しく、性懲りもない」だとーォ?!
 愉快♪ 光栄である。
 俺は、{飽|あ}くまで性懲りもなく儒学、十歩譲って原始仏教の唯識や{莫|まく}妄想、百歩譲って西洋の目的心理学を{以|もっ}て、のろのろと地道に、歩学とする。

 オオカミ君に{言乃葉|ことのは}を贈るとすれば、次の三つ。
 一に、職分への全力傾注。
 二に、行動の意味。
 三に、元気のメカニズム。

   《 一に、職分への全力傾注 》

 以前、ヨッコは〈職分〉について、オオカミ君は〈職業〉について書いていた。この〈職分〉も〈職業〉も、平たく言えば、自分の仕事のことだ。
 〈全力傾注〉とは、その普段の自分の仕事に、全生命を{賭|か}けるということ。これを、俺流に小難しく言うと、「男は、職分に全力で傾注すべきである」と、相成る。
 なるほど、〈男は、〉も〈べきである〉も、特に女性諸君からは、反感を買ってしまいそうだ……(アセアセ)。
 {閑話休題|それはともかく}。
 
 {故|ゆえ}に、{怠惰|たいだ}や自堕落を{何某|なにがし}かの言い訳に作文をして仕事を休んでみたり、陰でさぼったり、仮病を使って{日向|ひなた}で{怠|なま}けたりすることは、男としては言わずもがな、人間としても、大いに恥ずべき心の劣化なのである。

 では、劣化していない心……{所謂|いわゆる}活き活きとした態度とは、どのようなものなのか。
 一に、本気……{即|すなわ}ち、積極的な態度が肝要。
 二に、集中と統一が肝要。
 三に、耐久性と持続性が肝要。

 では、その肝要な部分は、具体的に、どのような手順方法で行動すればよいのか。
 一つ。派手か地味か、大事か雑事か、重いか軽いかといった仕事の性質を理解したうえで、地味さや小事を軽んじず、なお且つ手順を間違えずに、能率を大事とする。
 二つ。それを、迅速、正確に実践する。
 三つ。無関心を殺して、最悪を防ぐ。あらゆる事象や変化に、興味と問題意識を持つ。またその処理に際しては、創意工夫に{努|つと}める。
 四つ。協調、協力、仲間意識を大事として{育|はぐく}む。百歩譲った西洋の目的心理学的でいう〈共同体感覚〉とも、同意である。
 五つ。最良の選択をし、最高の結果を叩き出す。

 では、このような行動をするためには、どのような力が必要なのか。
 一つに、洞察力。
 二つに、創造力、{或|ある}いは企画力。 
 三つに、ズバリ! その行動力。

 {何|いず}れにしても、持てる力を、フル回転させるということだ。
 故に、心や{身体|からだ}の軸が弱かったり、{歪|ひず}んでいたり、{朽|く}ちてしまっていたりすれば、その回転はブレて、最悪は、空中分解してしまう。

 予想より{遥|はる}かに心を{強靭|きょうじん}に鍛えておかなければ、実社会では生きてはゆけないということだ。
 難儀、難儀……(ポリポリ)。

   《 二に、行動の意味 》

 寺学舎の座学でお馴染み、日本最古の兵書『闘戦経』より。
 (あんた、それ。好きだねーぇ!!)……と、まァまァ、そう思わずにぃ♪

 「死を説き生を説いて、死と生とを{弁|べん}ぜず。
 {而|しか}して死と生とを忘れて、死と生との地を説け」

 死だの生だのを説明しようとしたところで、そんなもん、解るわけがない。
 そんなことより、生とか死とかグダグダと{訳|わけ}の解らないことを考えたりせずに、己が死すべき〈地〉、生きるべき〈地〉のことを考えろッ!
 ……と、そんな意味だと思う。
 要は、「ごちゃごちゃと訳の解らんことを言ってないで、サッサと動けやァ!」と、いうことである。

 〈地〉とは、自ら行動し、実際に自分が体験してみて初めて判る本当のところ……とでも解釈すればいいだろうか。であれば、成功と失敗も、ここで言う生と死と同様に、実際に行動してみなければ、何も判らないし、理解など到底無理だということになる。
 ただ一つ、大きく異なる点がある。死は一回限りだが、失敗は無限に続き、堆積し、大きな山を成す。その山の頂上の石っころ一つが、成功なのだ。
 発明も、ビジネスや人生の成功も、この失敗の山なくして、成し得ないのである。

   《 三に、元気のメカニズム 》

 今の日本人は、元気がない。元気過ぎたバブルの時代のすべてが良かったとは思わないが、その元気すら無いというのは、論外だッ!
 その昔、偉いお坊さんが、その元気になるための十則というのを、説いてくれている。

 ここで余談を挟むが、そのお坊さんというのは無論、〈禅〉の{僧侶|そうりょ}だ。宗派は、{黄檗|おうばく}宗。臨済宗、曹洞宗と並んで、「日本三禅宗」と呼ばれているそうだ。恥ずかしながら、初めて知ったので、{敢|あ}えて書いておく……みたいな(ポリポリ)。

 で、その十則。
 一に、{翔|かけ}き。
 二に、{志|こころざし}。
 三に、ど{阿呆|あほう}になる。
 四に、冒険。
 五に、他人を気にしない。
 六に、狂う。
 七に、型破り。
 八に、開き直り。
 九に、{天衣無縫|てんいむほう}の明るさ。
 十に、ボルテージ。

 ここで、驚く。
 この十則。そのどれもこれもが、{遡|さかのぼ}ることこの一年の然修録のなかに、登場しているのだ。我らムロー学級八人組が学んで然修録に書いた先人偉人の語録の中に、この十則のすべてを見ることができるということ……。
 なんと!
 「先人偉人たちは、みんな揃って、同じことを言っている」と、いう訳だ。

 とは言え、ここで更に、新たなる解説を、少々♪
 一の、翔き。{況|いわん}や、{翔|と}ぶことだ。
 大陸中国に、こんな教えがあるそうだ。
 「翔ばば必ず天に{到|いた}らん」
 日本人は翔ばないので、誰一人として、天国へは行けないってことーォ?! ……(トホホ)。

 確か、ワタテツも書いていたと思うが、記憶力自慢のスピアなら{兎|と}も{角|かく}、言葉を贈る相手がオオカミだから、重複を気にせずに書く。
 吉田松陰の語録より。
 「志高ければ気おのずから盛んなり」
 志を言い換えれば、{法螺|ほら}。
 ワタテツは、「野望は、法螺なり」と題して書いていたと思うが、俺の〈法螺〉感は、ビミョーに異なり!

 法螺とは、吹いた手前、{遣|や}らざるを得なくなることだ。〈出来もしないこと〉でも、{況|ま}してや、〈言うだけで{遣|や}らないこと〉でもない。ところが、この法螺を遣り通して成し遂げてしまうと、こりゃまたどうしたこうしたッ! ……法螺ではなくなってしまう。
 この、法螺を成し遂げることを、「法螺の吹き当て」と、言うそうだ。
 言わずもがな、これは、後継者不在で{既|すで}に消滅してしまっている、昔むかしの伝統芸……先人たちが生まれ持ち、大事に{育|はぐく}んで勝ち得た、秘伝の{技|わざ}なのである。

 俺を含めて、我ら{美童|ミワラ}も含めて、情けない限りである……と、思う俺。

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一息94 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.29(土) 夜7時

#### 一息スピア「天空に延びる段々長屋。和の人たちの世界観!」後裔記 ####

 崖上の廃墟で無事に合流した、ぼくら四人。オオカミ先輩に連れられ、峠を越える。そこには、なんとも不思議な段々長屋! しかも現れたのは、あのジジサマ♪ 徐々に明かされる、和の{民族|エスノ}の和っぽい資質と、質素な日常……。
   少年学年 スピア 齢10

 一つ、息をつく。

 {何故|なぜ}かなんでか、無言のマザメ先輩。
 元気が、ない。
 マザメ先輩の後裔記を読んだから、何故かなんでか、なんとなく解るような気がする。と、いつもの前置き……余談をはじめると、ヨッコ先輩に{睨|にら}まれそうだから、*今日のところは*、**素直に**、本題に移ろうと思う。

 {斥候|せっこう}……{船長|スキッパー}、オオカミ先輩。
 本隊……{船員・水夫|クルーメン}、ぼくとサギッチ。
 {殿|しんがり}……{水夫長|ボースン}、マザメ先輩。
 いざッ!
 歩学……(ポリポリ)。

   《 オオカミ先輩が{居候|いそうろう}する和の人たちの家 》

 南に突き出した崖から北に向いて一つ目の峠を上りきると、見晴らしのいい原っぱが広がっていた。林道の道幅も、{俄|にわ}かに広がる。そのまま北に向いて歩き続けると、意外と{直|じき}に、道幅は再び狭くなり、北斜面に流れ出る谷川の源流に沿いながら、谷底へと延びている。
 左手の谷川の源流を{跨|また}ぐと雑木林、右手も暫くは雑木林だったけど、疲れを知らないぼくら子どもでさえも、さすがに疲れてき……と、その時だった。
 {僅|わず}かな区間ながら、天然の斜面を{拓|ひら}いた棚田のような居住区が、姿を現した。その住宅の側面を、下から見上げる。二階建ての二階が、その上の二階建ての一階と{繋|つな}がって、そこで一段上がっている。
 それを数回繰り返して……そう、段々長屋って言うのかなーァ!? そんな、段々に繋がった二階建ての長屋が数棟、やっと大人が一人が通れるくらいの間隔を置いて、数列、横に並んでいる。

 船長……オオカミ先輩は、自分の家に案内でもするかのような{馴染|なじ}んだ足取りで、スタコラとその一番手前の段々長屋の側面の石段を、上りはじめた。

 長屋と長屋の間の石段は、狭そうだったけれど、一番手前の段々長屋の石段を上りはじめると、その横には、{棗|ナツメ}や{唐柿|とうがき}やカキノキが、四方に枝葉を伸ばしていた。
 (ナツメとイチジクと柿かーァ♪ 実が{生|な}ってるときに、来たかったなーァ!!)と、思うぼく。
 段々長屋の最上段に上り着くと、日本原産のガクアジサイが密集し、生け垣を成していた。
 (アジサイかーァ♪ 花が咲いてるときに、来たかったなーァ!!)と、思ったぼく。

 「二階建ての長屋に見えるじゃろッ? でも、全戸平屋の長屋なんじゃ。二階と上の段の一階で、一つの住戸になっとる。じゃから、平屋なんよねぇ♪」
 挨拶代わりに、疑問を覚える前に、その疑問を説いてくれたのは、まさしくそれが、オオカミ先輩の海上生活部門での師匠、(ジジサマだーァ!?)……と、思ったぼく。

 そこでぼくは、みんなの期待に応えるべく行動し、ジジサマは、なるべくして質問攻めの渦中の人となった。

 「ねぇねぇ♪ ジジサマさんさァ。
 {斯|こ}う言ったんだったよねぇ?
 『その{荼枳尼天|だきにてん}さまが怒って、この島の岸辺を壊してしもうた。荼枳尼天さまを怒らせたんは、おまえらが嫌っとる、文明の{奴|やつ}らなのかもしれん』って。
 岸辺を壊したって、岸辺に何があったん? 何が壊されたん?」
 ジジサマ、そこが{既|すで}に渦中とは{露|つゆ}知らず、余裕さえ見せながら、応えて言った。
 「松林さ。なめらかな土、繁る松の木、なだらかな岸辺、流れ着いて洗われる{細石|さざれいし}……」
 「だから{巌|いわお}となりて、崖になるまでになったのォ?」と、ぼく。
 「いやいや……てか、国家の歌詞で、遊ぶでない!」と、ジジサマ。
 「じゃあ、なんで崖になったのォ? てか、結局、誰が壊したのォ? 荼枳尼天さん? 文明人さん?」
 ここでジジサマ、({面倒|めんど}っこいガキじゃのーォ!!)とでも思っていそうな表情に変わり、顔色も、何やら曇って陰に包まれたみたいになっちゃったッ!

 すると、助け船? 渡りに船? {漁|すなど}る師匠だけにーぃ?! ……と、思わせるような{ちょうどいい間|タイミング}で、聞き覚えの無い子どもの声が、段々長屋の上の雑木林の中から聞こえてきた。
 「スサノオさまが、岸辺の松林を蹴って、天にお昇りになったんだ。だから松林が崩れて、崖になったのさ。だよねーぇ?!」
 段々長屋の子どもたちだ。たぶん。姿は見せなかったけど、何人かつるんで遊んでいるような、そんな気配だけは伝わってきた。ジジサマは、依然、無言のまま。なので、また問う。
 「ねぇねぇ♪ 本当にそうなのォ?」
 「違う」と、ジジサマ。
 「違うって、ジジサマさんが教えたんじゃないのォ?」と、ぼく。
 「そうだ」と、ジジサマ。
 「じゃあ、{嘘|ウソ}を教えたのォ? 相手が子どもだからァ?」と、ぼく。ちょっとムカついたので、ちょっと意地悪な物言いを、選んでみた……みたいなァ♪

 (仕方ない。納得させんと、面倒っちいのは、治まりそうもないなッ!)とでも……というか、間違いなくそう思っていそうな顔に変わったジジサマが、ボソッとその答えを、独り{言|ご}ちるように{呟|つぶや}いた。
 
 「相手が子どもだからというのは、間違いじゃないが、それが理由という{訳|わけ}ではない。
 荼枳尼天が怒って岸辺を蹴り飛ばして崖になっちもうたと言えば、{子等|こら}は崖も海も、怖がってしまうじゃろッ? 確かに……実際問題、海は、怖ろしい。その事実を知らなければ、わしらは、自分の命も、仲間の命も、{護|まも}ることはできん。
 じゃが、怖がって尻込みしてしもうたら、わしら島の人間は、食うてはいけん。{勇|いさ}みすぎても尻込みをしてしもうても、どのみち、自然のなかでは生きてはいけんっちゅうことぢゃ。
 じゃあ、文明の{奴|やつ}らが、松林をコンクリートの牢獄に変えてしもうたがために、自然から切り離されて、なだらかで豊かだった岸辺が、総崩れして崖になってしもうたじゃことの、たとえそれが*ほんま*のことじゃろうと、そうなことを聞かされたとしたら、子等は、どんな感想を持つと思う?
 {憾|うら}むじゃろう! 文明の奴らを……。自分の実際の体験の中で、自分自身が、本当に{憎|にく}いと感じたんなら、それはそれじゃ。じゃが、読んだり聞いたりしただけで、無闇に人を憾むような習慣を身に着けてみろッ! どうなると思う?
 敵でもない相手に憎まれ、敵でもない相手を憾まにゃならん。そう、{戦|いくさ}じゃ。無意味な殺し合いが、また始まってしまう。じゃから、子等がちゃんと、自らの行動から学べるようになるまでは、たとえそれが善意であろうと、過去の事実を、安易に、{況|ま}してや不注意に教えるべきではないっちゅうことよねぇ。
 ちょっとは、解かってもらえたかのーォ?!」

 「意外と、よく解った。頑張って、よかったねぇ♪」と、ぼく。
 「今わしは、君に、{褒|ほ}められたんかのォ? もしやしてぇ……」と、ジジサマ。
 「褒められたのか皮肉を言われたのかくらい、{爺|じい}さんくらいのジジサマになれば、直ぐに判るでしょーォ?? あッ、ゴメン。元い……訂正! ジジサマくらいの爺ちゃんになれば、直ぐに判るでしょーォ?? てか、どっちの言い方が、正しいのかなーァ……」と、ぼく。
 「どっちゃーでもええわい!」と、ジジサマ、または爺ちゃん、{或|ある}いは爺さん。……と、この三つとも、正しいらしい♪

 そんなこんなで、ぼくらは、やっとの思いで、ジジサマ邸に招き入れてもらえる運びと相成った。
 「てか、おまえがグダグダ言ってっから、おれら、いつまでも立たされてたんだろッ!」と、サギッチの声が、聞こえてくるようだ。しかも、感度は{頗|すこぶ}る良好ーォ♪

 玄関を入ると、いきなり、ドーン♪ っと、手狭のガランとした部屋! 最後に入ってきたジジサマの声が、背後から聞こえてくる。
 「客間だ。遠慮するな。入れッ!」
 (襖の向こう側に、寝室と居間と水回りーぃ?? それにしては、狭いよなッ!)って思っていると、オオカミ船長が、襖をガガガガーッ!! っと開けて、両脇に寄せた。すると、客間と同じくらい手狭な、しかも、こっちも客間に負けじと殺風景な和室……が、あるのみ!
 振り返って、ジジサマに問う、ぼく。
 「ねぇねぇ。台所とかお風呂とかトイレとかはーァ??」
 「無い」と、ジジサマ。
 「無いってさァ。あんたたち、ここで、どんな暮らししてんのさァ!」と、マザメ先輩。まァ一応、〈女性を代表しての、驚愕の意思表示〉……ってところだねッ♪

 自分まで〈あんたたち〉で{括|くく}られてしまったことが、どうにもこうにも気に入らないっていうふうな顔に{変化|へんげ}したジジサマが、客間の真ん中に、ドカン! っと座って{胡坐|あぐら}をかいたかと思うと、矢庭に言った。

 「文明の奴らでさえ、ピラミッドの底辺を占めるほどの多くの民たちは、段ボールを駆使した軽量紙骨の省エネにして超エコの地下街生活者じゃが、畳半畳ほどしかない延べ面積の大半を、客間が占めておる。
 人は、対話を重んじる。その対話によって、様々なことを知る。都合の悪いことは、直ぐに真実を捻じ曲げてしまう奴らじゃが、それら個々のねじ曲がりの{殆|ほとん}どすべてを、省エネ超エコ可動ハウス住みの奴らは、直ぐに見抜いてしまう。
 目に映ったものには、必ず、裏がある。陰もある。誰だって、そんなものは、見たくもないし、知りたくもない。じゃから文明の奴らは、見たことを、気づかれまいとする。逆に、己の裏や陰の部分を知られたくないから、なかなか自分の姿を見せようとはせんし、名前を明かすことすら、怖れる。
 今や人間さまも、多品種小ロットの数量限定で、賞味期限の短い生食用として、計画生産されとるっちゅうことじゃなッ!」

 {暫|しば}し、時が流れた……。

 蛇足を一本!

 {因|ちなみ}に、台所とかお風呂とかトイレとかは、ヒノーモロー島の秘密基地……廃墟の隊舎と同様、段々長屋のどこかに、共用部の棟が設けられているとのことだった。
 あれだけ、「風呂ないのーォ!!)的な脅迫……元い。{驚愕|きょうがく}の色を演じ{魅|み}せようとしていたマザメ先輩が、その後、一言も風呂にもトイレにも行きたいと言い出さなかったことに、ぼくら男どもは、{寧|むし}ろそっちのほうが、驚愕を覚えてしまうのだった。
 さすがは森住みの魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}!
 恐るべし……(ガクガク)。

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一学90 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.29(土) 朝7時

#### 一学ヨッコ「脳ミソの違いは{行住坐臥|ぎょうじゅうざが}に{顕|あらわ}れる。智慧会得要領」然修録 ####

 なんで脳ミソの{仕様|スペック}は、人それぞれ違うのかッ! 行住坐臥のすべてを{莫|まく}妄想する禅僧修行の真意とは? 無念無想のはずの{公案|こうあん}に、心あり。禅は、悠久の歴史のなかで、儒学の自反と格物と繋がっていた。
   門人学年 ヨッコ 青循令{飛龍|ひりゅう}

 一つ、学ぶ。

 苦言好きと言われようとも、書く。
 ツボネエ、あんたの然修録、長すぎるよッ!
 スピアも、その傾向がある。
 逆に、あたいは、短いとか、素っ気ないとか、特に男どもからは、よくそう言われる。
 ワタテツは、{性懲|しょうこ}りもなく、自己流で小難しい精神論を、また書くだろう。オオカミは、今ごろ、ムローに感化でもされたかのように、頭ん中で、〈洞察力〉っていう{言乃葉|ことのは}が、フワフワといっぱい、舞い散っているかもしれない。
 そしてマザメは、卑屈に強がるし、サギッチはというと、能天気という{些細|ささい}な違いはあるものの、やはり、同じく強がる。

 同じ人間なのに、なんで{斯|こ}うも、脳ミソに違いが出来てしまうのだろうか……てなわけで、(またーァ?!)と、思われるダッしょうけんども、また、脳ミソについて書く。
 但し、そろそろ「指令好き!」って言われっちゃいそうだから、今回は、指令も課題も出さない。なので、寺学舎の学友たちよ! 安心して読んでちょーォ♪
 えッ?
 はいはい。
 いつもより、ちょっとは長く書く努力を、します。
 絶対に! たぶん♪……(アセアセ)

   《 {行住坐臥|ぎょうじゅうざが}の違いは、脳ミソの違い? 》

 前回、あたいが出した指令、{莫|まく}妄想。
 *意外*とみんな、よく調べてくれて、その点にだけ限り、礼を言う。
 禅寺の修行僧は、悟りを{拓|ひら}くためというか、人生の達人に到達するためというか、{兎|と}にも{角|かく}にも、その修行として、この莫妄想を、行住坐臥の間一刻も忘れることはないという。
 彼らもまた、あたいとは異なる脳ミソの持ち主だ。
 そのあたいの脳ミソの歴史は、高々十数年。だけど、彼ら禅僧の脳ミソは、{悠久|ゆうきゅう}数千年もの永い間、{廃|すた}れることなく、しかも確固たる一つの指導原理として、存在し続けている。
 これは、近年{流行|はや}りの自己啓発ビジネスとは、まったく異なる次元の物語……と、それこそが、歴史というものなのではないかと思う。

 とは言うものの、莫妄想は、難儀だ。
 {蘊蓄|うんちく}だって、発明だって、アメンボだーあッてーぇ♪ これらみな、妄想の副産物なのだ。それを、莫妄想を行住坐臥とするということは、普段……日常の立ち居振る舞いのすべてに{於|お}いて、この妄想を遮断してしまうということだ。
 有り得ん!
 しかも更に、禅寺の修行僧たちは、{公案|こうあん}ってのをやっているという。犬に仏性が有るや否やとか、{如何|いか}にして無を見るか{云々|うんぬん}ということを、大真面目にやっている。
 {解|げ}せん!
 〈無念無想〉も、そうだ。確かに無念無想ならば、妄想することはない。合理的にして、確実な修行法だ。でもそれって、何も考えずに人生を終えるってことだよねぇ?

 当然、禅僧さんたちは、「そうだよねーぇ♪」とは、言わないだろう……と、思う。
 直接聴かされた{訳|わけ}じゃないけど、読んだり{訊|き}いたりしていると、この〈公案〉というのは、元々〈素直に考える〉という意味があって、莫妄想と並んで、**{智慧|ちえ}**を体得するために会得すべき思考法という点では、最も合理的な修行方法なのだという。
 その思考法のことを、無念無想とか、{非思量|ひしりょう}ともいうそうだ。何も考えないんじゃなくって、理性を目覚めさせるってこと。まさに{瞑想|めいそう}、ヨーガ、禅の世界だッ!

 話は戻るけど、何故、禅僧の修行と、あたいら凡人の自己啓発とは、「お次元が違う!」と、あたいは言い切るに到ったのか。
 禅僧修行の目的は、世のため人のため、{菩薩|ぼさつ}となって、この世の危機から人びとを救うこと。あたいらの自己啓発は、自分自身の劣化退化を食い止め、己のみを延命させんがため……。
 世のため人のためだなんて、直ぐには理解できなくて当然の次元の話だけど、でもね。公案の「素直に考える」ってところは、寺学舎の座学で(はてさて)徹底的に(ーぃ?!)鍛えられた〈自反〉や〈格物〉にも、通ずるところのように思えてくる。

 スピアには、動物たちの声が、よく聴こえるし、よく理解できるみたいだね。これは、スピアが、素直な性格だからなのかもしれない。だから、ツボネエにも、同じく、よく聴こえる。
 やはりあの二人、似た者同士だーァ!!

   《 努力に関する重要な報告! 》

 いつもなら、これくらい書いたら、「もう充分よねーぇ♪」って感じで、終わってしまう……あたいの、然修録。
 なので、今回も、終わります……(ポリポリ)。

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一息93 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.28(金) 夜7時

#### 一息オオカミ「意外な真実をあれやこれやと明かす和の人ジジサマ」後裔記 ####

 マザメが突き付けた課題……それは、おれたちの国の急所だ。おれたちの国に、語ることさえ許されず亡びゆく{同胞|はらから}がいる。親日家なんて{居|い}ないってことに気づきながらも、それを認めたくないおれたち、日本人。そんなおれたちって、一体全体、何者ーォ?! 和の{民族|エスノ}のジジサマが、その答えのすべてを、知っていた……。
   学徒学年 オオカミ 齢13

 一つ、息をつく。

   《 マザメが振り出した課題…… 》

 最近、課題を提示することがマイブームになっている学友どもが増えてきているようで……(フガフガ)。
 スピアの記憶の中の爺ちゃんが言った言葉と、マザメが後裔記に書いていた、我が国の民族あれこれの話を読んで、おれは、次のように感じた。

 海洋の中の一国一文明多民族……それが、我が国。
 語ることも出来ず、忘れ去られゆく運命の民族もある。アイヌ民族、漂海民族……。逆に、語り過ぎて、争い亡びゆく民族もある。大陸系遊牧民族に、移民の狩猟民族……。
 語る……対話。それさえも許されず、亡び消えゆく人生とは、どんなものなのだろうか。家族とか家庭とかに執着がないおれら{美童|ミワラ}には、計り知ることのできない、おれたちが知らない愛のような、何か意味深いものが、押し{潰|つぶ}されてしまったということなのではないのか。
 それに気づくための愛情というものを知らずに、産れ{出|い}でて七年間の幼循令を、何の疑念も抱かず過ごし終えてしまったおれたちには、その愛という{途轍|とてつ}もなく大きくて神秘的な能力を、持っていない。
 {故|ゆえ}におれたちは、実は、おれたちが一番毛嫌いしている……そう、おれたちこそが、その、{世間知らずのお人好し|ナイーブ}なのかもしれない。

 そのナイーブと言えば、まさに、世界中の人びとが、「それは、日本人だッ!」と、声を揃える。
 そんな日本人が、悠久二六八一年の永きに{亘|わた}って、海洋の中の一国一文明を護り抜いてきた。これは、大宇宙の外側には何があるのかという問いに匹敵する、まったく皆目見当もつかない、まさに神秘そのものだッ!

 もう一つ。
 おれたち日本人が、ナイーブであることを証明する、第一等の{論的証拠|エビデンス}がある。
 愛をもって統治したり、勇気をもって独立運動を支援してあげた国々民たちは、我が国と我ら日本人のことを、好意的に思っているーぅ?!
 みんな、そう思ってるだろッ? 疑いもしない。実際、それを、疑ったことなんかないだろッ? でも実際問題、それは、本当に、事実なのだろうか……。 
 無論、その答えは、否だ。
 現実は、悲しいやら情けないやら、その逆だ。そう断言する大陸の東南あたりの人びの声が、世界中のみならず、我が国の中でさえ、そんな{報道|ニュース}で溢れている。
 {何故|なぜ}、それに気付けないのか……もう、判るよなーァ?!
 気づきたくないだけさッ!

 ここで、蛇足。
 マザメの野郎……元い。
 魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}さまへ。
 俺の頭ん中の記憶装置は、忘れるのが早いーぃ?!
 当たらずも遠からずだが、何気に、{些細なようで大きな違い|ニュアンス}のようなものを、覚えてしまう。おれは、忘れるのが早いんじゃない。覚えることが、少ないんだ。言い換えれば、これぞまさに、要領の{神髄|しんずい}!
 初めて聴いたその瞬間から、恋の花咲くことは無い代わりに、厳選され、要約され、キーワードを探り、最良のキーワードに置き換えられ、そこでやっと、記憶しよっかなーァ♪ ……てな感じに、到る。
 {即|すなわ}ち、おれの頭ん中の記憶装置は、時間……イコール命を構成するひと{繋|つな}がりの細胞の一つひとつを、要領よく使うことを追求した、節約型の究極の進化系である記憶装置なのだ。
 マザメさま……。
 おまえの誤解、解けたかーァ?!

   《 遅れて岸辺の崖下に下りてきたジジサマ 》

 足は白{長靴|ちょうか}、両手で角スコを持ち、服は夏物を5枚重ね着、肌着は*つゆだく*よろしく、額にも汗が{滲|にじ}む。
 岸辺で、{何故|なぜ}かまさかの、手掘りの{浚渫|しゅんせつ}! ……で、ある。
 そこへ遅れて、崖を回り込み伝い下りてきたジジサマが一言。
 「遅れてすまん! どうにか、間に合ったなッ♪(ポリポリ)」
 
 昔からあった自然の谷川は{枯渇|こかつ}し、切り土や盛り土で{歪|いびつ}に造り変えられた地形から、崖下の浜辺に土砂や汚泥が流れ出してくる。
 連なる岩々の所々の頂には、{舫|もや}い用の白いロープが回され、その先には、大小様々なオンボロ汽艇や廃船{宛|さなが}らの{手漕ぎ|ロー}ボートが、{繋|つな}がれている。
 崖を回り込み伝い下りてきた人物が、たとえ神でであろうと博士か大臣であろうと、土砂や汚泥を{掬|すく}う手を休める{訳|わけ}にはいかない。大潮の干潮。崖下に、砂浜が姿を現しているのだ。
 満月を見た夜から、精々三日間。
 その間の{低潮|ていちょう}の数十分の間に、この作業をやらなければならない。それを{怠|おこた}ると、岩場から舫いロープを引っ張って舟を引き寄せようとしても、それは{虚|むな}しくも、まだ{脚|あし}の届かないところで、土砂に乗り上げてしまうのだ。

 ここは、〈ダキの浜〉と、呼ばれている。
 「{荼枳尼天|ダキニテン}さまが、満月と新月のときだけ、砂浜を創ってくださるのだ。その砂浜や{植|う}わった岩々の潮溜まりには、魚貝の神の恵みが溢れとるんぢゃあ♪」と、島の和の{民族|エスノ}の民たちは、口々にそう言い、実際、本当にそう信じている。
 異臭すら漂うこの土砂や汚泥の下に、そんな神の恵みの砂浜が埋まっているとは、どうにもこうにも、信じ{難|がた}いのだけれど……。

   《 ジジサマが語った、意外な真実のあれこれ! 》

 ジジサマは、その話に付け加えるように、{嘗|かつ}て、{斯|こ}うも言っていた。

 「なんでまた、{通力|つうりき}を持った怖ろしい{夜叉|やしゃ}の荼枳尼天が、神の恵みを授けてくれるなどと考えたんだか、わしには、ようわからん。
 人間の死を半年前に察知して、用意周到にその心臓を食っちまうんだからな。そのために、満月と新月のときに食いもんを人間に与え、旨味のある心臓を飼育しとったんかもしれん。
 その荼枳尼天さまが怒って、この島の岸辺を壊してしもうた。荼枳尼天さまを怒らせたんは、おまえらが嫌っとる、文明の{奴|やつ}らなのかもしれん。

 随分むかし、おまえらの先祖、*自然*の人らが、この島に渡って来た。彼ら彼女たちは、気を遣って、地底に{住処|すみか}を造って、そこに住みはじめた。そのまま掘り進んで、隣りの{日|ひ}の{本|もと}島に出たんじゃろう。おまえさんの仲間{等|ら}が疎開しとる、ヒノーモロー島のことさ。
 文明の奴らとの戦いに備えるために、何やらこの島で産業を起こして、軍資金を稼ぐんじゃッちゅう話も、実際あったらしい。そこへ、やって{来|き}おったのよ。その、文明の{奴等|やつら}がなァ。
 それを見て、おまえらの先祖は、斯う言ったそうじゃ。
 『けッ! また追い駆けて来やがったかァ。源氏の奴等めぇ!』……となァ。

 源氏が、おまえらが言う文明{民族|エスノ}の起こりだとすれば、おまえら自然{民族|エスノ}の起こりは、平家の廃残兵っちゅうことになるが……まァ、そんなことは、おまえらには失礼な物言いに聞こえるやもしれんが、正直、どっちゃーでもいいって{類|たぐい}の話さ。
 それより、わしらを、和の{民族|エスノ}と呼ぶのは、どうかと思うがなァ。わしらは、昔も今も、この国の{民|たみ}じゃ。わしらが、和の民族じゃと言うなら、文明の奴らも、おまえさんたち自然の連中も、{本|もと}を正せば、{皆|みな}が和じゃろうて。

 その、みなに共通の和こそが、武の心。{戈|ほこ}を{止|とど}めさせる……そう、勇気のことじゃ。おまえらの祖先は、わしらから、その武の心を学んだ。そして自らを、{武童|タケラ}と呼ぶようになった。
 〈武の心を学ぶ、未熟にして{未|いま}だ幼き{童|わらべ}〉
 ……じゃことの殊勝なことを、おまえらの祖先は口に出しながらも、そう宣言することを{憚|はばか}らんかったらしい。

 歴史とは、不思議なもんじゃ。
 じゃから、面白い。
 されど、怖ろしい。
 また、やってくる。
 百年ごとの、我ら{青人草|あおひとくさ}の宿命……。
 大動乱!」 

 去年の猛暑の時令、{想夏|そうか}の後半、八月。
 スピア{等|ら}三人が、隣りのヒノーモロー島に降ろされた後、おれは、ここザペングール島のこの場所、崖下の岩場に、降ろされた。
 一人取り残され、独りひとしきり{佇|たたず}んだ{挙句|あげく}、崖上に建つ文明の奴らが造った構造物の廃墟に、{居候|いそうろう}することになった。
 同じ自然{民族|エスノ}の{隠れ家|アジト}だから、べつに気兼ねを覚えることもなかった。でも、気兼ねを覚えないのは、おれだけじゃなかった。廃墟の中で行き交う老若男女の自然人たちも、なんら、おれに気兼ねも興味も、覚えてはいないようだった。

 そんなある日、おれは、この島に初めて降り立ったあの岩場に、突っ立っていた。何も{遮|さえぎ}るもののない、{遥|はる}か先のなだらかな水平線を見{遣|や}っていると、{足下|そっか}から、声を掛けられた。
 ジジサマが一人、角スコを持って、人力浚渫をやっていたのだ。ジジサマは、斯う言った。

 「君はたしか……そう、そうやって、狭水道の海岸に突っ立って、隣りの〈日の本島〉を、見詰めとった*にいちゃん*じゃーあ。そうじゃ、そうじゃあ。
 何か、隣りの島に、用事でもあるんかーァ?!
 じゃったら、今日は、海も{凪|な}いどる。そこの{小|ち}っこい汽艇で、行ってくるといい。エンジン掛けて、クラッチを前に倒して、アクセルを、ちょんちょんと吹かしゃあ、船は、前に進んでくれる。
 じゃが、クラッチは、後ろには倒さんことじゃ。確かに、後ろには進むが、舵輪をどう回そうが、舟のケツが右へ行くか左へ行くかは、風まかせ、潮まかせじゃからな。
 悪いことは言わん! 面倒でも、舟をクルクル回して、行きたい方向に、舟の{舳先|へさき}を向けるんじゃ。
 今、(一緒に、舟に乗って欲しいなーァ)って、思うとるじゃろッ? じゃが、その程度の気概しか持っとらんのなら、{止|や}めとけぇ! 舟に乗る前に、勇気を養うほうが、先じゃからなァ♪
 で、どうするぅ?」
 
 と、いう訳で、おれは一人、その小っこい汽艇に乗って……と、なる訳がないじゃん!
 と、いう訳で、おれは、その爺さんの言う勇気とやらを養うため、居候している廃墟の客室から、ジジサマの家に{住処|すみか}を移した。そして、ジジサマは、斯う言ったのだった。
 「一宿一飯……。
 タダで、勇気を食わせてもらうんだ。
 その代償は、しっかり払ってもらうからなッ!」
 「代償……ですかァ?」と、おれ。
 「差し出すものさ。
 無論、金じゃない。
 そんなもん、持っとるようには、見えんしなァ♪
 時間じゃよ。
 {即|すなわ}ち、命。
 誤解を、すんなよなァ!
 おまえさんの命を、『ぜんぶ出せッ!』と、言っとる訳じゃない。 そのほんの一部を削って、わしに差し出せと言って{居|お}るのぢゃ。
 時間のことさ。
 いっぱいあっても、ちょぼっとしかなくても、重さは、{同|おんな}じじゃ。
 長くても短くても、みんな同じ重さの命を、持って{居|お}る。
 それが、自然というもんじゃ。
 それが、自然の一部ってことだ。
 それが、生きてるってこのと、{証|あか}しってもんさ」

 と、まァ。
 そんなこんなで、ジジサマの家に居候することになった、おれなのでした。

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一学89 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.23(日) 朝7時

#### 一学ムロー「船乗りのセンス無しとトンビに{揶揄|やゆ}されたオオカミ君へ」然修録 ####

 グライダー野郎から、船長資質に関して手厳しい評価を受けてしまった、オオカミ君。以来、後裔記を書いていないようだが……。*間もなく船出*する、君ら四名。*その船長*として、心に留めておいて欲しいことが、二つある。それは、一に素朴愚拙、二に洞察力だ。
   学人学年 ムロー 青循令{猫刄|みょうじん}

 一つ、学ぶ。

 話が長くなると、ヨッコに怒られる!
 説明が足りないと、ツボネエに怒られる!
 考察が浅いと、マザメに無視される!
 以上、いつも正直な感情を返してくれる学友女子三名に、日頃の感謝を包み隠さず伝えておく。
 ありがとよッ♪……(ポリポリ)

 では、オオカミ君へ。
 ご安航を祈りつつ、次の言葉を贈る。

      **一に、素朴愚拙**

 元来、我ら自然{民族|エスノ}に和と文明を加えた三亜種は、一つの〈ヒト種〉だった……そう、俗に言う、人間。
 その人間の魅力とは、一体全体、なんだったのか。{将又|はたまた}、そもそもそんなものは、無かったのか。俺は、あったと信じる。それは......。
 素、朴、愚、拙。

 特に、〈拙〉。
 これを、今まさに処女航海に{挑|いど}もうとするオオカミ船長への、{餞|はなむけ}としたい。更に、そのオオカミ船長に{順|したが}うマザメ、スピア、サギッチの三名には、〈愚〉にならねばならぬ時があることを、心に命じておいて欲しい。
 さもなくば、おまえらは、海難で仲間割れをして、総員、死ぬ。それはそれで、生きものとして仕方がないことで、何ら悲しむ要因は無いのだが、動乱に備えて動き出す同志は、一人でも多い方がいいに決まっている。
 なので、もしおまえらが、生きて俺らが疎開したこの島に漂着でもしようものなら、それもそれで仕方がないことなので、助けてやるかもしれない。
 でもなッ! もしそれが、原住の民たちの命を危うくするような場合、{或|ある}いは、俺たちが授かった天命を妨げる要因が、ほんの{微塵|みじん}でも発覚しようものなら、迷わず、見殺しにする。
 なので、心して、読め!

   《 {素|そ} 》

 何も、身に着けるな。
 裸で、よし。
 木を、見よ。
 {緑緑|りょくりょく}として、華やかな無数の花を咲かせる木は、人間を、喜ばせる。人間に{譬|たと}えれば、色とりどりの華やかな{召|め}し物を身に{纏|まと}った紳士{淑女|しゅくじょ}のようなものだ。
 だが、そんな若々しい{樹々|きぎ}の**滋養**というものを、考えてみろ。葉や花が、滋養のすべてを、吸い尽くしてしまう。
 結果は、どうだッ!
 幹は、{痩|や}せ細る。人間に譬えれば、弱って寝たきりになるってことだ。
 対して、枯れ葉をボロボロと落とす樹々は、そりゃ確かに、見栄えは悪い。人間に譬えれば、食ったもんを抜けた歯の間からボロボロと{零|こぼ}す、枯れ葉老人みたいなもんだ。
 誰だって、(そんな枯れ葉老人に**だけ**は、成りたくない)と、思うことだろう。でも、実際問題、枯れ葉老人は、実に、力強い。この、見栄えの悪い枯れ木、絶対に成りたくない枯れ葉老人こそが、実は、〈素〉の魅力の神髄なのだ。

   《 {朴|ぼく} 》

 泥臭さを、身に着けろ。
 今、スピアは、(海の上に、泥なんて無いよッ!)って、思っただろッ? だったら、持って行け! マザメの後裔記、読んだだろッ? ジジサマが、角スコップで{掬|すく}った汚泥を{一掴|ひとつか}み、ズボンのポケットにでも、突っ込んどけッ!
 海難を、目の当たりにして、絶望が、視界のすべてを埋め尽くしてしまったとき、頭ん中の脳ミソはサラサラ……何気に、ズボンのポケットに、手を突っ込む。
 すると、何故か、ポケットの中は、カチカチ! ドロドロが、知らぬ間に、カチカチになっている。**ドロドロ**の汚泥が、なんと、ただ乾燥したというだけで、なんの苦労もなく、手間も一切かからず、**カチカチ**の脱水{固形物|ケーキ}に変化したのだ。
 これをまた、人間に譬えてみよう。
 汚泥という、世の中の嫌われ者{或|ある}いは外れ者の人間が、乾燥という{虐|しいた}げられた環境のなかを耐え忍び、脱水ケーキという副産物……そう、世のため人のためと相成る有効有益な建築資材……そんな人財、英雄に、変身したということだ。

 こうした泥臭さを身に着けて{居|お}れば、驚くべき発想……創造力が、そして、それを具現させようとする勇気が、メラメラと{漲|みなぎ}ってくる。
 さすれば、奇跡的に、{同胞|はらから}を超えて共同体感覚で結びついた仲間たちの〈命〉を、更には、もしやももしや、{矛|ほこ}を{止|とど}めさせる武の心の創造が、自然の生きものたちや世の人びとの〈命〉をも、救うことが出来るやもしれぬのだ。

 ここで一つ、寺学舎の{諸兄|しょけい}は{素|もと}より、後輩諸君も大好きな、先人偉人の例を出そう。
 ある著名人が、シベリア{抑留|よくりゅう}を経験したときの話だ。シベリア抑留については、話が長くなってしまうので、惜しみつつ省略……{所謂|いわゆる}{割愛|かつあい}とさせてもらう。
 シベリア……戦争に負けて、捕虜の獄中、極寒、靴下が、盗まれる。その犯人は、当然のことだが、同じ獄中に{居|い}た。そいつらは、なんと! いい育ちをしてきた人びと……。
 その「いい育ち」というのは、高学歴で、役所や会社で{知識人|インテリ}と呼ばれ、自称「道徳の模範」と公言し、長きに{亘|わた}り庶民を見下してきた、特別扱いされることに慣れ腐った人間たちだ。
 その腐れインテリが、ついに被害者たちに取り押さえられたとき、彼らに感奮と自反(反省)の涙を流させたのは、なんと意外にも、町外れで細々と魚屋をやっていたオヤジや、流転しながら{的屋|てきや}をやっていたヤクザまがいの若者たちだったという。
 やつらは、なんとッ!
 「そんな、後ろめたいことをして、自分の心を痛めつけることは、もう、{止|や}めろよ。{辛|つら}いときは、遠慮しないで、手を出す前に、口に出せ。声を挙げればいいんだ。さァ、顔を上げろッ! ほらーァ、俺の靴下を{履|は}けよォ。遠慮なんか、要らないからさァ♪」
 ……と言って、すぐに自分の靴下を脱いで、そのインテリの犯罪者たちに手渡したのだそうだ。そんな限界状態で、温かい情を保ち続けられ{得|う}る人間って、まさに素朴で、なんか田舎もんが、輝いて見えるような気がする。
 そう、思わないかァ?
 俺は、そんな気がしてならないけどな。
 無論、真似はできないが……(ガックシ)。

   《 {愚|ぐ} 》

 これは、阿呆のことだ。馬鹿であること。また、馬鹿になれるかどうかということだ。(そんなもん、成りたくねぇやッ!)と、まァまァ、そう言わずに……。 
 阿呆や馬鹿に成れる人間の下には、多くの門下生が集まるのだ。そう……その通り。実に、不思議だッ!
 何故か、解かるかァ?
 (この人のためなら……)
 (この人がやりたいことなら……俺も!)
 と、思わせてしまう、不思議な魅力というものを、周りの人びとに感じさせるからだ。

 前出のエリートが、実は大バカ者だとしたら、ここで言う阿呆やお馬鹿さんは、まさに、正真正銘の、〈お利口さん〉のことだ。
 実際問題、今後、事あるごとに、観察してみるがよい。「俺が俺が……」と、目から鼻に抜けるようなエリートぶりを、鼻から垂れ流しているような〈才{長|た}けもどき〉の人間ってのは、{慕|した}われるどころか、誰も、寄りつこうとすらしないものだ。

 {何故|なぜ}、寄りつきたくないと思われてしまうのか。以前、誰かが然修録に書いていたが、まさにそれ。〈臭い〉からだ。*自*分を*大*きく見せたがるから、{臭|くさ}いと書く。だから、{臭|にお}う。{故|ゆえ}に、近寄り{難|がた}いのだ。

 {即|すなわ}ち……。
 利口とは、馬鹿のことであり、馬鹿とは、利口のことなのだ。
 なので、馬鹿力、阿呆力を、養え!

   《 {拙|せつ} 》

 その意味は、もう、言わずもがなの周知のことだろう。
 {下手|へた}くそーォ!! ……の、ことだ。
 ヘタっぴな人間以上に、魅力的な人間を、知っているかッ! 無論、皆の答えは、{否|いな}であろう。
 同時に、世間を渡れば渡るほど、{斯|こ}うも思うことだろう。
 (なんと、上手に見せたがる人間……その要領を磨くことにしか興味を{湧|わ}かせることのできない人間が、なんと多いことだろう)……と。

 ここでまた、我ら寺学舎同友諸君が大好きな、先人偉人の話を、おひとつーぅ♪ {挟|はさ}んでおく。
 ご存知、西郷どん。
 維新の功労者……として歴史に残ると思いきや、なんと! 逆賊の汚名を自ら羽織って死んでいった、男のなかの男……。
 その西郷どんに心酔した維新の志士は、数知れず。その一人が書いた手記には、西郷どんへの想いが、{斯|こ}う記されていたそうだ。

 「かの人、誠に妙な人だ。一日接すれば、一日の愛が生ずる。三日接すれば、三日の愛が生ずる。しかれど接する日を重ね、今や去るべくもあらず。{故|ゆえ}に事の善悪を超越し、かの人と生死を共にする他、我が生きる道はない」

 結局、この手記の主は、かの人……西郷どんと共に、自決してしまったそうだ。死をも恐れないほどに、後輩同輩たちから慕われた西郷どんという人間味……男の、魅力!
 更には、その慕ってくれた若者たちの早まった血気の尻ぬぐいで、{所謂|いわゆる}犬死にをしてしまう、西郷どん。これ以上の〈愚〉が、一体全体、どこにあろうか。
 純粋で愚かでもあるからこそ、その人間に、{凄|すご}みが備わる……と、いうことなのであろうか。

 {因|ちなみ}に、こんなことを言った人も、{居|い}たそうだ。

 「俺の日々の目的というのは犬死にできる人間になることだ。死を飾り、死を意義あらしめようとする人間なんていうのは単なる虚栄の{輩|やから}だ。そんな人間、いざというとき潔く死にゃあせん。人間というのは朝に夕に犬死にの覚悟を新たにしつつ、生きる意義を感じるのが偉いんだ」……と。

 実は、『葉隠』も、赤穂浪士の忠義も、その神髄は、この言葉で、言い尽くされてしまうのではないだろうか。

      **二に、洞察力**

 委細は、省く。
 理由は、この然修録が、長くなり過ぎるからだ。
 何故、長ったらしくなることを怖れるのか。
 それは、{俄|にわか}かに……最悪は、矢庭に、俺の心の健全保持を、危うくされてしまうからだ。その委細は、この然修録の冒頭参照……(アセアセ)。

 いま俺は、この〈洞察力〉について、学んでいる。学んだだけで、どうにかなるような代物ではないことくらい、諸君にだって、直ぐに判ることだろう。なので、学問での会得と併行して、自らの行動による体得に、努めているところだ。
 俺の心が、{何某|なにがし}かの感奮を覚えたならば、その時は、また改めて、その委細を書こうと思う。ただ、一つだけ、判ったことがある。
 我ら{美童|ミワラ}の最たる唯一無二の自慢は、{況|いわん}や! 生まれ持った美質である。{然|しか}し、その美質のなかに、洞察力は、無い。{欠片|かけら}すら、無いのだ。
 {故|ゆえ}に、洞察力というものは、この世に産れ{出|い}でた後で、自らの意思で、その洞察力のすべて……百パーセントを、大努力の修養よって、身に着けるしか{術|すべ}はないということだ。

 またまた、ツボネエに、「また、性懲りもなく、『委細は省く』だってーぇ?! ほんと、ムローって、不親切! 大嫌ーぃ!!」と、言われるか書かれるかしそうなものだが、まァ……ゴメンなさい(ポリポリ)。

   《 蛇足…… 》

 俺は、犬死にできる{臨時雇いの通行人役|エキストラ}を、目指したいと思う。
 気づいただろうか。
 西郷どんに{纏|まつ}わる語録を残したその主……その先人偉人のお二人とも、名前は記していない。シベリア抑留の経験談の主も{然|しか}り。
 何故かッ!
 そのお二人{等|ら}の名前を挙げるならば、その方々を主役にした新たなる{話題|トピック}を、立てるべきだと思ったからだ。
 名も無い……即ち、犬死に!
 犬死にの覚悟がなければ、脇役という**大役**を、演じ{魅|み}せることは出来ない、そんなものなのかもしれない……と、何気に思ってしまったのだ。
 {故|ゆえ}に俺は、大役……犬死にできるエキストラを、目指したいと思う。

_/_/_/「後裔記」と「然修録」_/_/_/
ミワラ<美童>と呼ばれる学童たち。
寺学舎で学び、自らの行動に学び、
知命を目指す。「後裔記」は、その
日記、「然修録」は、その学習帳。
_/_/_/
Hatena Blog (配信済み分の履歴)
配信順とカテゴリー別に閲覧できます。
http://shichimei.hatenablog.com/

_/_/_/『亜種記』_/_/_/
少循令(齢8~14)を共に学ぶ仲間
たちを、寺学舎では「学級」と呼ぶ。
その学級のミワラたちは、知命すると
タケラ<武童>と呼ばれるようになる。
そのタケラが、後輩たち或いは先達
の学級の後裔記と然修録を、概ね
一年分収集する。それを諸書として
伝記に編んだものが、『亜種記』。
_/_/_/
Amazon kindle版 (電子書籍)
亜種記「世界最強のバーチュー」
Vol.1 『亜種動乱へ(上)』
[ ASIN:B08QGGPYJZ ]
Vol.2 『亜種動乱へ(中)』
[ 想夏8月ごろ発刊予定 ]

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一息92 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.22(土) 夜7時

#### 一息マザメ「連行されてザペングール島に渡った{余所|よそ}者、あたい!」後裔記 ####

 その一日……ある言葉だけが、{鰯|イワシ}の小骨よろしく、心の{喉仏|のどぼとけ}に{痞|つか}えている。漂海民。そこに思いを{馳|は}せると、スピアの記憶の中の爺さんの言葉が、{甦|よみがえ}ってくる。それにしても、地底では囚人、地上では{廃墟|はいきょ}に置いてけぼりーぃ?! なんちゅう一日やねん!
   学徒学年 マザメ 齢12

 一つ、息をつく。

   《 スピアとサギッチに、二つ言いたいことがある 》

 その一つ目。
 おまえらを待つ気なんか、最初っから、サラサラ無かった。
 だから、遅れて来たことは、気にすんなってことよッ♪

 その二つ目。
 おまえら、なんでそう、馬鹿なのさッ!
 いろいろあって、今、あたいの頭ん中、グルグルしてる。書きたいことは、山ほどあるけど、みんな知ってのとおり、あたいは、書くのは苦手。……というより、嫌い!
 なので、こうしよう♪
 いろいろあった中で、なんら思いを馳せないおまえら二人に腹が立ったから、それを、そのまんまの勢いで、オオカミの野郎に聴かせてやった。
 だから、オオカミ!
 代筆、よろしくーぅ♪ ……(ニコニコ)。

 おまえら二人に話して、それを、「あたいの代わりに書け!」って言うこともできるけど、それだと、スピアの長ったらしい理屈っていうオマケ付きの後裔記を、読まされることになる。そんなことになるくらいなら、まだ自分で書いたほうがマシってもんさ。書かないけどねぇ♪

 ただ問題は、オオカミの野郎の頭ん中の記憶装置の機能が、短期限定ってことだ。この話が、ここで終わっちまうかもしれない! だから、二人に、これだけは言っておく。
 スピアの幼いころの記憶。爺ちゃんが役なのか{将又|はたまた}本当の爺ちゃんなんかは知らないけれど、スピアと一緒住みだった爺さんが言い残した言葉。それが、本当は、どういう意味だったのか……。
 あたいら{美童|ミワラ}は、そこは、{受け流す|スルーする}ところじゃないと思う。{莫|まく}妄想なんて*かったるい*ことしてる暇があったら、妄想でも、モンモンでも、なんでもいいから、その爺さんが言った言葉を思い出して、モーモー牛さんよろしく{反芻|はんすう}してみろってことさッ!

 ここは、誤解を招くようなドジは踏みたくないから、{諄|くど}いようだけど、スピアが書いていたその爺さんの言葉を、抄出しておく。
 「どの家の子も、お世継ぎなんだ。
 この世を継ぐ跡取りとして、厳しく育てねばならん。
 (中略)  
 厳しく育てたが故に、御家の行く末よりも、理を以て尊ぶべき(世のため人のための)職分を、己の天命と知る。それを、(己)自ら、己の運命に定めたのじゃ……{云々|うんぬん}」

   《 で、五人組に連れられ、珍!地底道中…… 》

 まるで、{囚人|しゅうじん}になって、連行されてる気分!
 普通はさァ……。
 見知った幼い{子等|こら}が、家の前を連れ立って歩いてたらさァ、声、掛けるじゃん。
 「あーらァ♪ よしこちゃん! みんな連れ立って、今日は、どこにお出かけーぇ?!」……とかさァ。
 それが、どうだい!
 目だけ合わせて、お互いが頭をタテやヨコに振って、それで終わりさ。まるで、「そいつが、例の囚人かい?」「そうさ。余計なこと、言わないでよね」「解ってるわよォ♪」……みたいな。
 家って言っても、ただ横穴を掘って、その入り口に{暖簾|のれん}とか{簾|すだれ}を垂らしてるだけなんだけどさ。{私生活の秘密|プライバシー}、まる聞こえーッ!! って感じ。それも、有り得ん!

 この地底住みの人たち、スピアの血と同じ流れを{汲|く}んでるみたい。
 ほらッ! 覚えてるぅ? 史料室の社史、スピアが、バカ丁寧に長ったらしく要約して後裔記に書いてくれて……それ、あたいら、読まされたじゃん?
 その中に書いてあった、スピアん{家|ち}の座森屋と、サギッチん家の{鷺|さぎ}助屋の、起こりの話……。座森屋は、文明{民族|エスノ}の社会に潜入して、情報収集。鷺助屋は、会社を運営して、文明社会で軍資金稼ぎってところ。

 あの地底の人たち……その{子等|こら}、例の五人組の連中はさァ。その潜入先で、仕込まれた{奴|やつ}らなのさ。身分と使命を隠して潜入して、何食わぬ顔して普通の生活してりゃあ、恋も生まれりゃ、子も産まれるってもんさ。その〈子〉ってのが、あいつらさ。
 ここで、スピアの記憶の中の爺ちゃんが言った言葉と、{繋|つな}がる。
 「厳しく育てられ、自分の家のことより、世のため人のための天命を知り、それを、自ら己の運命と定める……云々」
 あいつら、父ちゃんか母ちゃんのどっちかが、自然{民族|エスノ}潜入班の調査部員で、もう片方が、文明{民族|エスノ}の複雑な血なのさ。

 複雑ってのはさ……。
 天竜川を境に、北方大陸系民族と、南方大陸系民族。この二つの民族を併せて、大和民族。{奴|やつ}らに言わせると、その大和民族ってのが、文明{民族|エスノ}の源流なんだそうだ。
 そして、北海道のアイヌ民族、瀬戸内の漂海民族、沖縄の琉球民族。他にも、{聖驕頽砕|せいきょうたいさい}の敗戦で*なだれ*込んで来た、欧米の狩猟民族たち。
 それから、労働を軽んじた大和民族の{足許|あしもと}を{掬|すく}ってなだれ込んで来た、東方・東南方大陸や、南米大陸の移民たち……そして、それらが{猥雑|わいざつ}な世間に{揉|も}まれながらも文化を成し得て交り合った、交血種民族!

 で、その五人組の、最年長の女。外見は、まだ幼いチビ助なのに、オオカミの野郎と{同|おな}い年ってことは、あたいより年上? しかも、上から目線の、あの物言いときたもんだ。
 {解|げ}せん! 許せん! 腹が立つ!
 (名前くらい、最初に名乗れっつうのッ!)……とは思ったけれど、言うのは{止|や}めにした。その理由は、知れたこと。あいつは、絶対に、{斯|こ}う言い返してくる。
 「おまえもなッ!」だ。
 ムカつく。
 でもまァ、あいつらの{住処|すみか}を一緒に歩いてりゃ、わざわざこっちから{訊|き}かなくても、周りの人が、名前か愛称で呼んでくるはずだ……と、思ったんだけど、このザマ……無視、阻害、まさに、針の{莚|むしろ}だッ!

 そんなこんなで、囚人マザメの海底〈珍!〉道中、斯様にして終わったのでありました。

   《 浮上? 上陸? 登頂? ザペングール島到着! 》

 てかこいつら……。
 風呂はーァ?!
 {飯|メシ}は、どこで作んのよッ!
 それに……そう、ウンチくんはーァ?!

 地上に出ると、そこは、入り組んだ海岸線。
 そそり立つ、断崖!
 散乱する、コンクリートで固められた{土塊|どかい}の残骸。それを{縫|ぬ}うように、見え隠れする{人道|ペデストリアン}の迷路。その先に、{剥離剥落|はくりはくらく}したコンクリート打ち放しの構造物……。
 窓ガラスに、鳥の{糞|ふん}や{粉塵|ふんじん}を{塗|まぶ}したエントランス……そして同じく、見上げたところに展望レストラン……見るからに、廃墟!
 (スピアが見たら、また、秘密基地にしちゃいそう……まァ、どうでもいけどさァ)……と、思うあたい。
 そのスピアが要約してくれた、例の社史。そこから想像していた、この島の原風景は……観覧車よろしく、{聳|そび}え立つ鉄塔駅に、メトロノームよろしく、宙で振れ回る色とりどりの中空車輌……で、実際はァ?
 廃墟の、シーサイドホテル……かァ?

 そんな、頭も足取りも*もたつく*あたいを、見捨てるかのように、五人組のやつらは、スタコラッサッサと、その廃墟の中へと、{宛|さなが}ら、行軍の歩調!
 無論、ほかに行く当ても無いので、やつらの後を、追う。手押しの自動ドアが、五人の共同作業で、左右に、開かれる。
 中に入ると、確かに廃墟には違いなかったが、整理整頓と片付け清掃が、行き届いている。これは、明らかに、{穢|けが}したり散らかしたり{放|ほ}ったくったりが大好きな文明{民族|エスノ}の{仕業|しわざ}ではない。
 自然{民族|エスノ}の習性……{或|ある}いは、和の{民族|エスノ}の中の、昔ながらの気の{利|き}いた人たちかッ!

 すると……結局?
 お互いに、名前も判らず仕舞いになってしまいそうな五人組の最年長の女が、可愛げもなく振り向いて、機械音のような声で、言った。

 「ここで、水回りを、使わせてもらってるんだ。豪雨とか地震とかんときには、ここが、避難となる。台風や吹雪のときは、あたいらもここで、追ん出しゲームや罰ゲームの馬乗りをさせてもらうこともあるんだ。
 和の人たちは、たまに漂海民の人たちをここに呼んで、宴会場を使って、寄り合いっていう会議みたいなもんを、やってる。ここを使ってるのは、〈和〉とあたいら〈自然〉と漂海民の人たちだけど、ここを造ったのは、文明に連中さ。
 {尤|もっと}も、その文明のやつらは、儲からなくなった途端、壊すだけ壊して、穢すだけ穢して、放ったくって投げ散らかして、サッサとここを、出て行ったみたいだけどさ。
 まァ、文明エスノだなんて、随分カッコつけた亜種名を名乗っちゃってるけどさ。所詮は、その程度の下等動物ってことさ。そんな下等動物なんかと戦って、あんた、死にたいかい?
 なんであたいらエスノが、動乱に向かって転がり落ちてんのか……その{訳|わけ}、{判|わか}るぅー?! 判んないのーォ?!
 要領が、悪いからさッ!」

 (ご尤も! なんだけど……。だからってさ。その物言い、なんとかなんないのーォ?! てかさ。こいつらの生活ぶりの説明なんか、聞かされてるバヤイじゃないだろッ! なんでオオカミの野郎が、出迎えに来てないのさッ! まったく。
 人間ってのは、なんで{斯|こ}うも、どいつもこいつも……なのさッ!)と、やっぱりまた、つい思ってしまう、あたいだった。
 で、{閑話休題|それはおいといて}。

 そのときだった。
 舞台女優でも現れそうな中央階段から、どやどやと、むさ苦しい男どもが、下りてきた。あいつから話を聞かされたあと、矢庭のことだった。なので、(これが、例の寄り合いってやつねぇ?)と、直ぐに見当をつけることができた。
 すると、そのやつら! 5人{雁首|がんくび}を揃えて、浅い会釈をした。まるで、頭だけ海軍の5度の敬礼って感じ。その視線の先には、一人の爺さん。一群の中で、その爺さんだけが、小ざっぱりとした格好をしている。
 上半身は、サラリーマン。下半身は、土木作業員。足は、白い{長靴|ちょうか}で、漁師のオッチャーンって感じ。顔は、難しそうだったけれど、5人の会釈を受けて答礼するときには、くしゃくしゃの笑顔に変わっていた。
 そのオッチャンだけが、一群を外れて、あたいのほうに歩み寄ってくる。依然、くしゃくしゃの笑顔が保たれている。そして、言った。
 「君が、マザメちゃんだねぇ♪ やんちゃ坊主二人は、一緒じゃないのかい?」
 「はい。その二人は、遅れて来ます。しかも、かなり……」と、あたいが、すぐさま応えて言いかけると、そのオッチャンは、頭を大きく前後に二度三度振りながら、{斯|こ}う言った。
 「ちょうどよかったーァ♪
 もし、君らのほうが先に揃っとったら、ちょっと待っといてもらわにゃいかんで、申し{訳|わけ}ないなーァって、思っとったところだ。
 悪いが、二人が来るまで、ここでゆっくりしといてくれんかね。わしは、直ぐに戻るんでな。べつに、遠くへ行くわけじゃない。わしの用事は、〈かなり〉までは、掛からんけにーぃ♪」
 その丸っこい低周波の声は、あたいの耳ん中に押し寄せてくると、優しく波打つように、頭の芯まで伝わってくるのだった。そこで、ある人物に、思い当たった。
 (ジジサマだーァ!!)

 そうよ。あの、オオカミの野郎の、航海術の{俄|にわ}か師匠。だねッ♪ そのジジサマも、自分が思い当てられたことを直ぐに察したのだろう。そのくしゃくしゃの笑顔が、微妙に、すっかり安堵したかのように変化した。
 すると、ジジサマ。背中を左右に揺らしながら、手押し自動ドアの脇に置いてあった角スコップを手に取ると、そのままスタコラサッサと、外に出て行ってしまった。

 (ゆっくりしとけって言われたって……ねーぇッ!!)と、思う以外に、なんの次の行動の案も、頭に浮かんではこなかった。しかも、その頭を左右に回して、視界を{繋|つな}いで360度見渡してみても、あの五人組の姿が、見当たらない。
 (用が済んだら、サッサと消えるんかい!)と、腹立たしく思った途端、オオカミの野郎のニヤニヤとした顔が、脳裏に浮かんできやがった。そのニヤニヤ顔の理由は、直ぐに、見当がついた。あいつは、ジジサマに、斯う言われたのだ。
 「寄り合いのついでに、わしが三人を拾って来てやるよ。まァ、ここで、待っとりゃいいけにーぃ♪」……みたいな!

 (あたいら、これから、船出なんだろッ?
 なんで、どいつもこいつも、斯うも呑気なのさ。
 てか、……あたい。
 どうしよーォ!!)
 と、思うあたい……なので、ありました。
 ですです(アセアセ)。
 
_/_/_/「後裔記」と「然修録」_/_/_/
ミワラ<美童>と呼ばれる学童たち。
寺学舎で学び、自らの行動に学び、
知命を目指す。「後裔記」は、その
日記、「然修録」は、その学習帳。
_/_/_/
Hatena Blog (配信済み分の履歴)
配信順とカテゴリー別に閲覧できます。
http://shichimei.hatenablog.com/

_/_/_/『亜種記』_/_/_/
少循令(齢8~14)を共に学ぶ仲間
たちを、寺学舎では「学級」と呼ぶ。
その学級のミワラたちは、知命すると
タケラ<武童>と呼ばれるようになる。
そのタケラが、後輩たち或いは先達
の学級の後裔記と然修録を、概ね
一年分収集する。それを諸書として
伝記に編んだものが、『亜種記』。
_/_/_/
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// AeFbp // 亜学纂学級文庫
The class libraly of AEF Biographical novel Publishing

一学88 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.22(土) 朝7時

#### 一学ツボネエ「困難一掃。自分の心に辛い!と言わせない方法」然修録 ####

 父親を職分としていた男たちの正体。頭が{海鞘|ホヤ}になった幼少期の悲劇! 辛い困難を未然に防ぐための要領。勇気を充電するための秘策、{六然|りくぜん}蓄電法♪
  少女学年 ツボネエ 少循令{飛龍|ひりゅう}

 一つ、学ぶ。

 ちょっとだけ、後裔記っぽいことを書かせてください。
 今、思い出したんです。
 アタイの父さんが、言った言葉。

 「おれは、一番向いてないことをやってるのかもしれない。
 父さんが、そう思ってる{訳|わけ}じゃないんだ。
 周りの人たちがみんな、口を揃えて、{斯|こ}う言うんだ。
 『もっと、いい暮らしが出来るのに……』
 『もっと、上に行けるのに……』
 『なんで、{解|わか}らないのかなーァ!』
 ……みたいにさッ!
 でも、父さんはさ。
 父さんには、さ。
 どうしても、やりたいこと……というか、どうしても、やらなきゃいけないことがあるって、気づいてしまったのさ。
 どんなに、頑固だとか、馬鹿だとか、もったいないとか、わけわかんねーぇ!! とか、言われようともさッ!
 だって、そうだろッ?
 どうしたって、父さんは、そっちに行かなきゃならないんだから。
 おまえには、{解|わか}らないと思うけどなッ!
 でも、だからって、解ろうとしたら、ダメなんだ。
 時間の、無駄。
 時間は、命なんだ。
 だから、無駄に、自分の命を、削ることになる。
 どんなに考えたって、解るはずがないんだ。
 だって、そうだろッ?
 他人は、自分じゃないんだ。
 だから、他人に向かって、「わかる、わかる♪」っていうのは、まったくふざけた、失礼な物言いなのさ。
 ところでさァ。
 自分の娘に「ツボネーェ♪」……って、呼び{難|にく}い{極|きわ}みだよなッ!
 なんでそんな{美童名|みわらな}を、自分の娘に命名したんだか、俺には理解でぎねーけんども……まァ、{閑話休題|それはそれ}。
 おまえは、父さんじゃない。
 俺も、おまえじゃない。
 だから、おまえがこの先、何十年かけて考えたって、父さんが考えていることは、理解できるはずがないのさ。
 それと、{同|おんな}じことでさァ。
 父さんだって、おまえが考えてる数々の{危|あや}うい妄想のことも、疲れを知らない奇怪な行動計画のことも、どれだけ大努力したって、まったく、理解なんて出来るはずがないのさ。
 でも、それでいいんだ。
 だから、おまえは、好きなところへ、行け!
 父さんも、そうするから。
 風の便りを、待てるよ。
 『ツボネエが、タケラ〈武童〉になったんだってさーァ!!』
 ……みたいな、風の便りをなァ。
 少しは、長生きをすることを考えろッ!
 じゃあ、……な」

 みんなと一緒で、本当のお父さんじゃないってことは、だいぶん前から、薄々気付いてた。でもそれって、アタイの家だけが特別なんじゃないって、ある頃、気付いたんだ。
 アタイ、寺学舎には、体験の座学と、同じく体験の野外実習に出ただけだって……みんなもう、忘れちゃってるだろうけどさ。そこで、課題の自反と格物を、完璧に{熟|こな}した{訳|わけ}なんだけどねぇ♪
 言いたいのは、そんな、アタイの優れた知性なんかじゃなくって、そんな、まだちょぼっとの交わりしかなかったみんなの後裔記を{齧|かじ}って読んでるうちに、あることに気付いたのさ。

 アタイら、{美童|ミワラ}……。
 アタイも、そして、寺学舎のにいさんやねえさんたちも……。
 家に、父さんも、母さんも、{居|い}ない。
 居ても、本当の、親じゃない。
 それは、{武童|タケラ}。
 彼らにとって、アタイらミワラは、教育という、彼ら彼女らの職分に過ぎない。
 それが、{仕来|しきた}り。
 それが、アタイら……自然{民族|エスノ}。

 ヒノーモロー島に、ムロー学級の半分の{美童|ミワラ}が{集|つど}ったんだねぇ♪ アタイが今居るこの離島に、一緒に疎開してきたのは、誰かァ! 前にも、ちょっと書きかけたよねぇ?
 学問を{怠|おこた}ると、自分が持っても読んでもいない本の名前を紙に書いて、「これを読めッ!」って、課題を出しまくる偉大なる大先輩……。
 こんな書き方をすると、なんか嫌われてる{奴|ヤツ}みたいだけど、実際は、その逆! そこが、なんか面白いよねぇ? 人間、遅かれ早かれ、一度は落ち{零|こぼ}れないと、味が出ないってことなのかなーァ!?
 だったら、あの大先輩!
 今んところは、まだ{旨味|うまみ}があるけど、ここんとこ落ち零れっ放しで、青循令になっても未だに知命できてないみたいだから、そろそろ{危|あや}ういほうのヤバヤバだよねーぇ!!
 まァ、どうでもいいけどさァ。
 それより、{強|し}いられた読書は勘弁だから……然修録、真面目に書きます。

   《 生きていることが、{辛|つら}い 》

 みんな、思うよねぇ? アタイには、似つかわしくない{主題|テーマ}だって。無理もないことよね。でも、気にしないでねぇ♪
 アタイが書いた*お初*の〈然修録〉は、去年の八月の終わり……そう、みんなが離島に疎開して行って、直ぐの頃。ちょうど、オオカミ先輩が、隣りの島に渡って、スピアの兄貴と再会した頃だったよねぇ?
 じゃあ、アタイの書いたお初の〈後裔記〉は、いつだったか……覚えてるぅ? 覚えてくれてるのは、ムロー先輩と、スピアの兄貴くらいかなァ?

 みんなが覚えてるのは……そう、その頃、サギッチ先輩が、後裔記に書いてたんだったけぇ? アタイが参加した野外実習の、意外な{顛末|てんまつ}。
 野外実習とは、寺学舎恒例の{修羅場|しゅらば}の研修。その研修を受けるのは、少年少女学年の候補生や、その候補生の順番待ちをしている候補予定者……幼循令の、チビちゃんたち。
 みんな、思い出したくもないでしょうから、ここはサラッと書くから、安心してねぇ♪
 海岸の奉仕作業でボロ{雑巾|ぞうきん}にされて、心を粉々に砕かれた{挙句|あげく}、自反の課題を渡されて、海岸から追い出される。それから数週間から数か月の間、一人の例外もなく、みんな心が{病|や}んで、家の自室に引きこもってしまう。

 でも、一人だけ、例外の女の子が{居|い}た。それが、アタイ。サギッチ先輩は、書いてなかったけど、病弱そうで、無口な、暗い女の子だって、みんな、思ったはず。だしょ?
 だのに、心が粉々どころか、傷の一つも付かない! しかも、自反の課題とその答案を、みんなの前で、スラスラと{諳|そら}んじてしまった。サギッチ先輩の後裔記によると、みんなが本当の{驚愕|きょうがく}したのは、アタイが諳んじた自反の内容だったみたいだけど。
 強気が自慢のオオカミ先輩やマザメ先輩でさえ、「よく頑張った。でも、ダメだった。長らくの再起不能……{嗚呼|ああ}、修行が足りん!」……的な、自反だった。

 自反……{孟子|もうし}が、よく説いていたって、課題の答案を諳んじた体験座学で、教えられた。「必ず自らに{反|かえ}るなり」……{即|すなわ}ち、{自|みずか}ら自分を{顧|かえり}みる。自分の責任として、素直に自省する……みたいな意味で、いいかしらん?
 まさにアタイの自反は、「{虐|いじ}められる場を選んだのは自分、心を傷つけるって決めたのも自分、引きこもることを選んだのも自分、自分で決めなければ、絶対に自分は行動しない。自分でそう決めなければ、そうなるはずがない!」……的な、ものだった。
 それが、アタイに対するみんなの{心に描かれている人物像|イメージ}に、なっちゃってる……。だしょ?

 でも、アタイはさァ。その野外実習の直前まで、{産|うま}れてから{概|おおむ}ね七年間、闘病生活を送ってたんだ。掛け布団を被った暗闇が、アタイの自室だった。
 ただ、闘病とは言っても、{身体|からだ}の{病|やまい}との闘いは、{然程|さほど}でもなかっように思う。逆に、*自称*〈心の病〉の〈自分の心〉との闘いは、{熾烈|しれつ}なものだった。
 それを、見舞いに来てくれていたが、何故かッ! 赤の他人の、ムロー先輩だった。だから、あからさまに、「嫌ーい!」だなんて、思ってるけど、言えない。いつもムカつく読書の課題を出されるけど、何か壁にぶつかると、観念して、ムロー先輩に、逢いに行く。

 ここで、改題!
 《 生きていることが、辛い??? 》

 アタイ、夜中になるといつも、布団から抜け出して、家の中をウロウロ歩き回ってた。自主的な、家内徘徊! 今よりもっと、幼い頃のことだ。まだ、アタイを育ててくれた女の人や爺さんが、同じ家に住まってた。
 何故か、棚から何から……何から何まですべてが、アタイの*おでこ*の高さに取っ付いてた。アタイが布団を跳ね上げて健全な生活を始めたときに、すべてのものに手が届くようにって、{気遣|きづか}ってくれてたんだと思う。
 でもそれが、大きなお世話だった!
 夜中で暗いのもあるけど、毎夜毎夜、おでこを打ちまくって、そりゃもう、赤くなってボコボコで、まるでオデコが{海鞘|ホヤ}になったみたいだった。だからアタイの脳ミソは、ホヤの身みたく、酸っぱいのかもォ!
 ……って、食べたことないけどねぇ♪
 えッ? どっちもさッ!

 でもさ。ぜんぶ同じ高さなんだから、普通に歩いたら、そこいらじゅうで頭を{打|ぶ}たれるってのは、ちょっと考えれば、直ぐに判ることだよねぇ?
 暗いとはいえ、勝手知った自分の家。しかも、毎夜のことなんだから、どこで何とぶつかるかは、予想に{難|がた}くはないはず。でも、同じ場所で、何度も{打|ぶ}たれてしまう!
 なーんでかッ!
 気を付けてるつもりでも、無意識に、{余所事|よそごと}を考えてしまってる。当然、当時はまだ、{莫妄想|まくもうそう}なんていう、禅の技は知らない。だから、アタイの脳ミソは、出っ張った棚よりも、余所事や妄想のほうに、注意を引っ張られてしまう。

 {終|つい}に、後頭部までボコボコになって、頭全体が海鞘になったとき、やっと観念して、アタイは、考えた。
 (棚が{危ういさま|デインジャラス}なんじゃない。アタイが棚を、危うくしてるんだ。しかも、そう決めたのは、このアタイだッ!)……ってね。

 解説します。
 腰を{屈|かが}めて歩けば、一度もオデコを{打|ぶ}たれずに、{適宜|てきぎ}随所で空腹を満たし、無事に自主徘徊を終えて、布団の中に戻って来ることができる。
 でも、アタイは、そうはしたくなかった。この若く美しい{身空|みそら}で、腰を屈めて婆さんみたく、のっそりのっそり歩くなんて、恥ずかしくってまっぴら御免!だったのだ。

 ちょうど、その頃だったかしらん。
 見知らぬムロー先輩が、何故か突然、あたいの家にやってきた。その頃からだ。家に一緒に住んでた女の人と爺さんとの記憶が、ブッツリと切れて消えてしまったんだ。まァ、そんなことは、どっちゃーでもいいけどさ。
 驚くべきは、ムロー先輩が、今にしてみれば珍しく、絶対にたぶん有り得ないことなんだけど、「これを、読め!」って、実際に本の実物を、持ってきてくれたことだ。
 立ち読みで目次を眺めただけの本を、「自分で調達してきて、読め!」っていう今のムロー先輩からは、想像し難い事件だったという{訳|わけ}だ。
 そのとき、ムロー先輩に言われたとおり、目次だけ、{何気|なにげ}に眺めてみた。そして、ペラペラペラっと、本全体を{捲|めく}ってみる。これが、寺学舎でいう、「ムロー流、写真読み」ってやつなんだけど……無論、当時、そんなことは、知る{由|よし}もなく!
 で、目次で目に留まった見出しの、その内容が書いてある{頁|ページ}を、開いてみた。今でもそっくり諳んじることが出来るっちゃーァ出来るんだけど、書くのはめっちゃ苦痛!
 しかも、読むのは、もっと苦痛でしょ? だから、ちょっとアタイの経験に置き換えて、ガチ編集のバリ要約で、サクッと書くので、よろしくーぅ♪

 《 「ガチ編集のバリ要約」 サクッと編♪ 》

 生きていると、頑張ってもうまくいかない、努力しても{叶|かな}わないことって、よくある。
 そんなとき、生きているのが辛いって、感じてしまう。
 やりたいことすべてが順調、人間関係も{頗|すこぶ}る良好……なんて、実際問題有り得ない。
 (普通に暮らしているだけなのに、苦難は{尽|つ}きず、苦労の連続。{嗚呼|ああ}、なんて辛い日々なの……)って、感じることのほうが、より現実的だと思う。

 じゃあ、人生っていうものは、元来、困難なもので、生きることは、辛くて当然なの?
 そんな、バカなッ!
 なんで人間さまだけが、生きることが辛くなくてはならないのよッ! でも、事実、人間だけが、「辛い! 辛い!」って言って泣いてる。どうしてぇ?
 それは、自分の人生を、自分で困難にしているからだ。人生は、元々{単純|シンプル}なのだ。そこに、無駄や複雑さや{猥雑|わいざつ}なものを{塗|まぶ}して固めてガチガチにしたのが、困難ばかりの辛い人生なのだ。
 その**ガチガチ**にした犯人は、山田くん? よっちゃん? ウリ坊? 違うよね?
 自分自身だ。

 おでこがボコボコになっても、腰を曲げずに、ちゃんと立って歩こう。痛くて辛いけど、腰を曲げたくない。自分を曲げてまで、自分を変えてまで、自分のオデコを守ろうなんて、思わない。
 そのオデコが、人生に取って代わっただけ。
 生きているだけで辛いけど、自分を曲げたくない。
 どんなに辛くても、自分を変えたくない。
 自分で決めて、自分で痛くて辛いほうを選んだんだから、誰にも、文句は言えない。
 腰を曲げれば済む話なのだ。
 実に、{単純|シンプル}♪
 腰を曲げて棚の下を{潜|くぐ}ったら、その下にも棚があって、またオデコをぶつけてしまったら、もうそんな相性の悪い家は{棄|す}てて、どこへでも出て行ってしまえばいい。

 どんなに頑張っても仲良くなれない人と、そんなに頑張ってまで仲良くなる必要があるんだろうか。頑張らずに、ただニコッと{微笑|ほほえ}んで、近づいてみよう。その憎い相手も、ニッコリと微笑みを返してくるかもしれない。
 それこそ実際問題、現実味は、極めて薄い。でも、それでいいのだ。「それ以上、努力しても無駄だッ!」ってことが、{判|わか}ったのだ。これは、大きな成果だ。無駄な努力、辛い日々から、解放されるってことだもの♪

 どんなに誠意を込めて接しても{嫌|きら}われるんなら、好きに嫌わせとけばいい。こっちだって、無理して好きになる必要はない。遠慮せずに、開放感に浸って、幸せな気分になればいい。
 嫌いな人間や、逆に自分を嫌っている人間なんて{放|ほ}ったくっといて、他の人たちと、交わればいい。そのほうが、もっと成長できるし、ぜんぜん楽しいはずだ。
 大事なことは、困難だと気づいたら、それが困難にならないうちに、自分を曲げたり変えたりして、それを困難にはさせないということだ。そうすれば、辛いという感情は、{何処|どこ}か遠くへ、逃げて行ってしまう。

 ここで一つ、注意しなければならないことがある。
 この、自分を曲げたり変えたりという行動は、困難と一回目の正面激突をする前に、完遂させておかなければいけない。
 何故かッ!
 自分を曲げたり変えたりするためには、勇気が必要なのだ。でも、困難と正面から激突して痛い目に{遭|あ}うと、気分が{萎|な}えて、更に、それが何度も続くと、ついには{嫌気|いやけ}がさしてしまう。

 こうなてしまうと、もはや、勇気もクソもない! 勇気どころか、手段を選ばず、{対峙|たいじ}している困難や問題から逃げ出したくなる。まさに、現実逃避! その妙薬が、アルコール、薬物、犯罪の、三段活用だッ!
 逆に、困難を克服するための妙薬は、勇気のみの一段構え。真剣大努力で集中! 一発勝負だ。
 この勇気を、持とうとさえ思わない、なんの努力もしたくないような人間は、残念ながら、辛い……辛い辛い、真っ暗闇の人生を、自ら選んでしまうのだ。

 こんなことを言うと、毎回毎回、困難にぶち当たるたびに、勇気全開で突進する人が居る。一度や二度なら{兎|と}も{角|かく}、何度もこんな捨て身な戦法をやっていると、結局は力尽きて、真っ暗闇の人生へと投げ出されてしまう。
 それに、毎回毎回、一発勝負で勝ち続けるなんてことは、これまた実際問題有り得ない。連戦連勝という言葉はあるけれども、生きものである以上、いつかは必ず、その連なりも途切れてしまう。

 だったら、休めばいい。
 未熟だろうと、不完全だろうと、一切構わず。
 それも、勇気だ。

 自分自身に関しては、{一向|いっこう}物に{囚|とら}われず、平然として{居|お}ればよい。
 {是|これ}まさに、寺学舎で学んだ{六然|りくぜん}……その一つ目、{自處超然|じしょちょうぜん}なりや。

 負けそうだったら、早く、サッサと逃げればいい。
 これも、勇気だ。

 それで勇気を蓄えて、見違えるほどの{逞|たくま}しさで復活して、{呆気|あっけ}なく困難をぶっ飛ばしてしまう……と、そんなことだって、珍しくはない。
 それどころか、{寧|むし}ろ、成功談のなかに、よく出てくる{類型|パターン}だ。

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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院

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